第14話 夜の密会

「瀬川さん⁉」


『はい。仙谷様の貞操の恩人、瀬川です』



 あまりにも意外な相手で思考が一瞬停止したが、すぐに和奏宅でのことを思い出す。


 そう、瀬川さんの横をすり抜けたとき――。



「後ほど連絡いたします」



 あの時はとにかく和奏から逃げることが最優先になっていたから、意識外からのこの一言を理解する余裕すらも無かった。


 それに――――。



「なんで瀬川さんが俺の電話番号を知っているんですか」


「…………まぁ、そんな細かいことはどうでも良いではありませんか」


「割と重要だと思うんですけど」



 和奏から教えてもらったとは考えにくいし、俺の個人情報管理についての悩み事が増えただけ。



「それで、用件は何ですか?」


「話すべきことがあるので、今から会えますか?」


「今から……ですか」


「はい、夜暮公園でお願いします」



 その言葉で切られる電話。


 どうやら俺に「行かない」という選択肢は無いらしい。


 夜暮公園と言えば、俺と和奏の家の真ん中とは言わないが、ほとんど同距離にある公園だ。


 和奏宅での瀬川さんの行動を鑑みるに、和奏を連れてきたり、俺を連れ去るなんてことはないだろうが、一体何を話してくれるのか。


 

 寝間着から無地の白シャツにスウェットズボンに着替え、今にも外出をしようとしていたその時、俺は気づいてしまった。



 莉子に勘づかれてはいけない。



 俺が帰って来た時、莉子は少しおふざけ交じりに声をかけてくれていた。


 しかし、実のところはとてつもなく心配しているし、俺の説明に納得もしていないだろう。

 

 だから、風呂も入り終わった後、しかもこんな夜中に俺が出かけるなんて言えば、それこそ「一緒に行く」なんて言い出し始めるかもしれない。


 コンビニに行く程度ならば俺も止めはしないが、今回は瀬川さんと会う都合上、莉子はいない方がいいと何となく思った。


 

 というわけで、バレずに外まで出なければいけないのだが……。



「例の和奏みたいに二階の窓から出入りするようなことはできないしな」


 

 仮にできたとしても、靴無しで公園まで向かわなければいけなくなってしまう。


 というわけで、まずは玄関まで向かわなければいけない。


 

 自室のドアをできる限り音がしないようにそーっと開ける。


 

「……廊下に敵影は無しか」



 こういうのって何歳になっても少し興奮してしまうんだよな。


 スパイごっこやら追跡ごっこなんかは子供心を大いに刺激するものだ。


 

 ふと隣にある莉子の部屋を見てみれば、ドアの下の隙間から光が漏れている。


 つまり、莉子は部屋にいる可能性が高い。


 もし莉子が一階にいたとしても、「喉が渇いたから飲み物を飲みに来た」とか言って誤魔化すことができるだろう。


 

 そういうわけで、俺はこれまたできる限り音をたてないように階段を下りていく。


 どうしても、ぎしっぎしっ、という軋み音が鳴ってしまうが、それは妥協するしかない。



 一階に降りていくと、リビングに電気はついていたが、莉子の姿は見えなかった。


 トイレにいるのか、自室にいるのか、いずれにせよ外出チャンスだ。



 素早くスニーカーを履いて、ゆっくりとドアを開ける。


 少し冷たい風が額をなでるが、緊張のせいでかいていた汗に当たって寒かった。



 ドアノブに手を掛けながら閉め、息を整える。



「……よし、行くか!」



 家を出るまでに時間をかけすぎてるのもあり、公園に向けて走り出す。


 何度か角を曲がると、ベンチと滑り台、ブランコが置かれているだけの小さな公園にたどり着いた。


 そして、ベンチには女性の姿が一つ。


 もちろんこんな時間に一人で公園にいるのは瀬川さんしかいないのだが、服装は夕方頃に見たメイド服ではなく、若っぽいオシャレでラフな格好。



 そんな瀬川さんは俺を自分の横に座るよう手で促すと、涼やかな声で一言目を発した。



「かなり時間がかかったようですね」


「すいません。家のことでいろいろとあって……」


「妹さんにバレないように出てきた、そんなところでしょうか」


「…………よくご存じで」



 俺に妹がいるというのは、和奏から話として聞いたことがる、で説明がつく。


 でも、俺が莉子に隠れながらここに来たというのを知っているのはおかしい。



「安心してください、私は仙谷様の敵ではありません。先ほども申し上げた通り、私はあなたの『恩人』でありますし」


「確かにあの時は助かりました。けれど、あまりにも――」


「不審な点が多すぎる……ですよね?」


 

 自分の言いたいことが全て読まれていることに若干の恐怖を覚えて、顔が引きつってしまう。


 それを見てなのか、瀬川さんは少し不気味に口角を上げた。

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