第8話 Sister's Heart
「今日さー、数学の先生が珍しく怒ったんだよねー」
「うん」
私の愚痴に対しての反応は気の抜けた「うん」だけで終わってしまう。
いつものお兄ちゃんなら、逆に質問してきたり、深々と頷きながら聞いてくれているのに。
なんだか今日は、まるで幽体離脱でもしているかのように斜め上を向いてポケーってしてる。
絶対に何かがあったんだ。
ちなみに、誰のせいでこうなっているのかはもう知っている。
あの
お兄ちゃんのスマホのロック番号は私の誕生日だから、すぐに解除できる。
本当にお兄ちゃんは私のことが好きなんだから。
私だってお兄ちゃんのことが…………いけない! 本題から逸れていっちゃうところだった!
今はお兄ちゃんにデレている場合なんかじゃない。
私のお兄ちゃんが赤の他人の手によって危険に晒されているんだ。
そのためにも、まずはどこかに飛び立ってしまっているお兄ちゃんの魂を身体に戻してあげなければ。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん、聞いてる⁉」
「え……あ、ああ。聞いてるよ」
「嘘つかないでよ。お兄ちゃん心ここにあらずって感じだったもん」
お兄ちゃんはいつもこう。
私をできるだけ傷つけないように、こうして嘘をつく。
でも、その嘘をつくだけでお兄ちゃんは罪悪感を感じちゃうから、目が泳ぐんだよね。
私はずっとお兄ちゃんだけを見ていたからなんでも知っているんだよ。
そうだ、お兄ちゃんの魂をここにとどめるために話を繋がなければ。
「お兄ちゃん、今日なんかあった?」
むむ、反応が悪い。
思い出したくもないほど嫌なことなのか、それとも、私には言いづらいようなことなのか。
お兄ちゃんのことを考えたら、前の方が嫌だけど、私に後ろめたい気持ちを持たれているのはもっと嫌だなぁ。
「嫌なこと?」
「わからないんだ。あれが嫌なことだったのか」
どういうこと?
お兄ちゃんと三室戸 和奏の間で何があったのか皆目見当がつかなくて困惑してしまう。
でも、私はお兄ちゃんの妹だから、こういう時はスマートに対応しなきゃいけないんだ。
私がお兄ちゃんに寄り添ってあげないと。
「なるほどねー。もしかして、その何かをどういう風に受け止めればいいかわからなくて悩んでいたの?」
「細かいことで言うと他にもいろいろあるが、大方そんなところだな」
どうやら、これは本当のことらしい。
名探偵・莉子はすぐに分かりましたよ。
三室戸 和奏に迫られたお兄ちゃんはそういうのに慣れていないから戸惑っているんだよね。
お兄ちゃんは鈍感さんだから、どうせあの女の気持ちにも気づいていなかったんでしょ?
好きでもない男を家の前まで毎日迎えに行くわけがないのに。
「お兄ちゃんがそんなに悩むなんて珍しいね」
「そ、そうか?」
すっとぼけるお兄ちゃん。
「うん。私ちょっとだけ嫉妬しちゃうもん」
「そんなこと言われてもな……」
これは本心なんだよ、お兄ちゃん。
お兄ちゃんには私のことだけを考えて生きていてほしい。
どこの馬の骨ともわからない女に、お兄ちゃんが必要以上に頭を使うなんて許されていいわけがないし。
「昨日のラーメンを食べてる時のお兄ちゃんはまだ楽しそうだったよ?」
「そうだな、昨日のラーメンな……」
ほらその顔。
私が一番嫌いな顔をしないでよ。
全部わかってるの。
後ろめたいんでしょ?
「ねえ、お兄ちゃん。なんでもいいの。辛いことがあったら私に相談して? お兄ちゃんが苦しんでる姿なんて見たくないよ」
これも本心なんだよ、お兄ちゃん。
お兄ちゃんは「莉子が楽しければそれで」ってよく言うけど、私はお兄ちゃんが楽しそうにしてないと楽しくないんだよ?
でも、この想いはなかなかお兄ちゃんに伝わらない。
「莉子、ありがとうな。でも、これは俺自身で解決しなきゃいけない問題なんだ」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫。本当に行き詰ったら、ちゃんと相談するから」
嘘。
ほらまた目が泳いでる。
お兄ちゃん、心臓が痛いんだよね。
私には全部聞こえているんだよ。
だから余計に納得なんかするわけがない。
本当は無理やりにでもお兄ちゃんから聞き出したいけど、そうしちゃうとお兄ちゃんを傷つけちゃうかもしれないから。
「ごちそうさま、莉子。美味しかったよ」
見ると、それはもう綺麗に料理が平らげられていた。
いつの間に…………。
お兄ちゃんに料理を褒められると、とても幸せな気分になる。
だって、お兄ちゃんのために作っているんだからね。
「うん! 洗い物は私がしておくから、お兄ちゃんはお風呂に入ってきて!」
「いつも任せっきりで悪いな」
「謝罪より感謝でしょ? それに、お兄ちゃんにやらせたところで、お皿を割られるのはわかってるし」
「酷い言い草だな」
うん、やっぱりお兄ちゃんはこうじゃないと。
苦しみ悩む姿は似つかわしくない。
私のお兄ちゃんを守るためにそろそろ動きださないといけないね。
振り返って、お兄ちゃんがお風呂に向かったのを確認する。
「ねぇお兄ちゃん、私だけを見てよ……」
誰にも聞かれないようにポツリと零したこの言葉は、水の音とともに流れ落ちていっちゃった。
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