第17話 召喚された五人 

 ……。



 ……。



 闇の底で黄土色の洸に包まれたと思った瞬間、ケントの感じていた浮遊感は消失した。


「ちっ、油断した」


 ケントは舌打ちして、跳ねるように立ち上がった。

 雨に濡れた不快感は残っているが、体に痛みは無い。


「あの汚物野郎、やりやがったな……」


 廃墟にいた〈男〉が床に体をぶつけた瞬間、そこから始まった床の崩壊に巻き込まれた。


 形容しがたい浮遊感に捕まって逃げる事ができず、仲間と一緒に穴の底に落ちる羽目になってしまった。


「それにしても、あのボロ屋敷の下にしちゃ、また随分と上等な場所じゃねえか」


 壁一面をヒカリゴケの発するような淡い光が覆い、照明が必要無いくらいに周囲を見ることができる。

 〈幻想的〉や〈神秘的〉という言葉がぴったりとはまりそうな光景であり、山奥にある廃村に残っていた、崩れ落ちそうな屋敷の地下とは思えないような場所だった。


 事実、天井を見上げればそこも隙間なく光が覆っており、ケントが落ちてくるような穴など見当たらない。


「さて、神隠しにでも遭ったかね」


 スマホは圏外になっているが、リュックも装備も残っている。

 そしてケント以外の生徒会兼山岳部のメンバーも、所々に倒れているのが確認できた。


「おい、起きろララ」

「う、う~ん、あと十分」


 ケントが右足の爪先で小突くと、ララは丸まってお約束のような反応を返してくる。

 叩き起こそうかとケントは考えたが、騒がれるよりはこのままの方が良いかと結論を出し、もう一度だけ小突いて放っておく事にした。

 

「ホントにこのボケ野郎は、っと」


 ララから少し離れた所には、ユキが転がっていた。

 仰向けの状態で倒れており、その大きな胸が呼吸に合わせて上下を繰り返している。


 ギャル風に纏められたガーリーなコーディネートと、西洋の血を感じさせる素の美貌。


 ララとは比較にならない色気を放っており、普通の男なら堪らずに襲い掛かっていたかもしれない。


 が、ケントは鼻を鳴らして放置した。


「さて、ハルとアスカはどこだ?」

ひどっ! まずはあ~しの心配じゃないの!?」


 がばっと起き上がったユキがケントに抗議してくる。


「命に別条が無いのは視りゃわかる。ついでに狸寝入りしてたのもな」

「え~、あ~しは本当に気を失ってたんだよ~? ケントっちは冷たいな~」


 ユキは唇を尖らせ、右手で取り出したスマホをくるくると回す。


「ケントっちならあーしのおっぱい触っても大丈夫だよ~?」

「はっ、喧嘩場けんかば鹿は死ぬだけだろ」


 喧嘩で油断した奴は百パーセント負ける。

 ましてや女と乳繰り合うような馬鹿は言わずもがな、だ。


 ケントがわらい、ユキが微かに口角を上げる。

 

「で、ここは何処かわかるか?」

あ~しもさっきまでマジで気絶してたからね~。拘束も無いし、装備も取り上げられてない」


 軽やかにユキがスマホを回す。


「なら異世界召喚だったり?」

「はっ」


 馬鹿らしいとケントが鼻で笑う。


「お前らならともかく、俺を召喚して意味あんのかよ?」

「え~、あ~しがお妃様になって、ケントが召使いってありじゃないかな~?」


「くく、なら召喚した奴はド級の外れを引いたってわけだ。亡国RTAスタートってな」

「あはは、ぶっ殺すよ?」


 少しマジな殺気を放つユキを無視して歩く。


(何も無い静かな場所だ。そして、ああ、気に入らない場所だ)


 アスカは大の字になって転がっており、その傍らにはハルの姿があった。


「おいアスカ、起きろ」

「やあケント。ここはあの世への入口かい? いや~、この感触はもしかしたら天国まで来ちゃったって事かな?」


 ハルの臀部を左手で揉みながら、アスカは気の抜けた声を掛けてきた。


「  。バカ言ってんじゃねよ、赤点生徒会長」


 ケントは誰にも聞こえない程度の舌打ちをして、軽く足を踏み鳴らす。

 そして左手をポケットに入れて、冷めた目でアスカを見下ろした。


「あれあれ~? ねえケント、ここってあの廃屋の下かい?」

「よく見ろスカボケアスカ。天井に穴なんて開いてないだろうが。ここは俺の知らないどっかの場所だ。それとハル、お前もいい加減に起きやがれ」


「……あと一時間はそっとしておいて欲しいわ」

「だよね~」


「おいおい特大バカ二人、温厚な俺でも流石にキレるぞ」


 この場所の気配が変化していくのをケントは感じる。

 だべっている時のような緩んだ空気が、徐々に張り詰めたものへと変わっていく。


(成程な。試合の前半が終わってのインターバル。一点リードの折り返し。気合を入れての後半戦開始って所か)


 ケントは強くアスカを睨み付ける。

 しかしアスカの黒い瞳は、虚空の何処かを映していた。


「ようこそ! 運命の導きにより我が祈りに応えた、偉大なる宝玉の勇者達よ!」


 突如、女の声が空間に響き渡った。


 光が強まり、残っていた薄い闇が完全に消える。

 壁一面に施された幾何学的な紋様が露わとなり、ケント達のいる場所の下へと繋がる、無数の管の存在もまた見えるようになる。


 そして虚空から現れた十数人の騎士達が円陣を成し、ケント達はその包囲の中に閉じ込められてしまった。


「こいつはまた、随分と豪勢な不審者どもだな」

すごっ。あーし、全身鎧の不審者なんて初めて見たって感じ」


「「控えろ」」


 騎士達が強く、おごそかに言葉を発する。


「「栄光あるトギラ王国の第一王女、【白明の杖】殿下の降臨なるぞ」」

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