第12話 赫き炎は夜空に瞬く

 カナンが息を飲む気配を感じた。

 ま、俺も同じ気分だ。


 深刻に、きつい煙草とストロング缶が欲しくなる。


『生憎ともう手持ちが無くてね。遊ぶならまた今度にしてもらえないかなお嬢さん?』


 まだ魔力はある。

 カナンが止めてくれたお陰で、使わずに済んだ分が残っている。


 しかし、だ。


 岩山を軽く吹っ飛ばせるだけの炎をぶつけたとしても、目の前の魔法使いの女、いや、人造人間を自称する人型の怪物に勝てるとは全く思えない。


「あらあら、〈最高の魔法〉君はつれないわね~。でも私も昂っちゃってさ」


 女の右手に手品のように十字鍵が現れ、それが指で上に弾かれる。


「テン・ストラテジー解封」


 十字鍵の体積が一気に膨れ上がる。

 虚空で女の魔力を吸いながら形を変え、女が右手に掴んだ時には生物のような形状フォルムを持つ、不気味な槍となっていた。


「これ強制だから」

『強引な女は嫌いじゃないぜ。が、デートのムードを考えないのは、淑女としていただけないな』


 女が口元を綻ばす。

 透明感のある清楚な笑みから、毒々しい香水の気配が漂ってくる。


「そんな事言わないでさ。一発やりましょうよ」


 女が槍を軽く振るった。

 風を切る澄んだ音が響いた瞬間、暗闇の大地が揺れ、噴煙のような土埃が舞い上がった。


「ね?」

『やれやれ、困った子猫ちゃんだ』


 お道化た口調で引きりそうな顔を誤魔化し、過呼吸気味な内心を紛らわせる。


(「イフリート」)


 カナンの声が頭に響いた。


(『何だ?』)

(「こういうの、どうかな?」)


 カナンが作戦を語る。


(『……酷い博打だな』)

(「うん」)


 反対意見を出そうにも、俺にはもう玉砕確定の特攻くらいしか思い付かない。

 

(「大丈夫だよ。イフリートの炎の中にいたらノミエの魔法は消えちゃったからさ」)


 ………………………………くそ、強がりを言いやがって。

 

(『了解だ。タイミングは?』)

(「ボクがイフリートに合わせる。任せて」)


 すぅ、はぁ。 


『仕方ない。悪い子猫ちゃんにはお仕置きが必要だ』

「あら?」


 今日の今の台詞せりふ、生き残ったら絶対に忘れてやる。

 

『おじさんが相手をしてやる。生意気な口を忘れるぐらい、良い声で鳴かせてやるぞ』

「あはっ♪ ええ、ええ! そうこなくっちゃ!!」


 女が喜色に満ちた声を上げた。

 白磁のような頬は薄い紅に染まり、強烈な美酒の酒精のような色香が漂ってくる。


 ったく、本当にこの体で良かったぜ。

 これを生物なまものの男が耐えるなんて無理だ。


(「イフリート?」)

(『大丈夫だ芋娘』)


 俺は正気だ。


(「もうっ! 後で本気でするからね!!」)

(『ああ、後でな』)


 生き残る。

 それからだ。


(『行くぞ』)

(「うん」)


 試合のような〈始めの合図コイントス〉は無い。

 

赫光かくこう!!』


 俺の全身をあかの炎に変えて、最大出力の爆炎を後ろへと解き放つ。

 音の壁を突き破って飛翔し、全てをぶつける為に狙うのは、唯一人の怪物

 

「情熱的ね!!」


 突き出された槍の先が俺の右目に迫る。

 

―― ああ、適確な狙いだ。


 〈緑〉の力はこの右目で制御している。

 これが砕かれたら俺の力は暴走し、大爆発するだろう。

 

 当然俺は形を保てなくなり、カナンは空中で無防備となる。

 そして槍の一突きでカナンを殺されれば、俺もまた消える。


「残念だわ。お仕置きされたかったのに」

『そうか』


 俺の体が消える。

 虚空にカナンが放り出される。

 

 赫い光が夜の闇に輝く。

 しかしそれは、暴走した俺の炎ではなく。


「なっ!?」

「仕手猿飛流・火座」


 大鷲の姿を解いて炎となった俺が、カナンの両手の中に集束する。

 カナンが欲し望んだ、〈刀〉の姿となって。


切蒲火きりたんぽ!」


 極低の凍気を纏った槍の穂先が虚空を切り、煌々たる炎の刃が女の右腕を斬り飛ばす。


「え!? カナンちゃん!?」

 

 女と交差したカナンがその身を回転させ、〈刀〉に残った炎の全てで女を薙ぎ払う。

 

―― 空と大地を震わす爆音が響き、白色の爆光が闇を吹き飛ばした。


「や、やった」

『おう! 最高だぜカナン!!』


 カナンが重力に捕まり、下へと落ちていく。


『最後の一発だ! 踏ん張れカナン!!』

「うん!」


 カナンがその両手を、胸の前で合わせる。

 落下の冷たい風切り音の中、カナンの静かな呼吸だけが俺の中へと響く。


「【風拍ふうはく】」


 押し戴くように広げられたカナンの両手の間に、小さな風の魔法が現れた。


『よしっ』


 俺の意識が風の中へと入った。

 カナンの魔法は一瞬で形を変え、大鷲の姿へと成る。

 

『このっ』


 風の翼をはためかせ、体勢を変える。

 頭を地面へ、俺の背中をカナンの方へ。


 速度を調整する。

 風の音が変わり、土の匂いが混じる。

 地面が近い。

 

『っしゃあ!』


 背中で掬い取るようにカナンの体を俺の上に乗せた。

 そしてカナンに加わっていた力を逃がすように、土の上を滑るように飛翔する。


「ありがとう、イフリート」


 カナンの言葉が、俺の心に触れたのを感じた。

 真っ黒な〈何か〉が、少し溶けたような気がした。


 ……俺は。


『ふっ、俺は最高だろ?』

「うん!!」


 大地に翼を打ち付け、空へと舞い上がる。

 白い月が照らす星空の中を翔ける。


 ここはゲームの中かファンタジーの世界か、それともあの世なのかはわからない。

 しかしそんな事を考える必要もないくらいに、現実的リアルな実感が今もある。


 この夜の風の匂いも、瞬く星々の輝きも。

 そしてこの世界で出会った少女の言葉が持つ、炎とは違う温かさも。

 

「あ、ねえイフリート、あそこに灯りが見えるよ」

『お、ほんとだ。かなり距離があるのに、よく見付けられたな』

「ふふん。どんなもんだい」


 この時間がいつまで続くか、いつ終わるのかはわからない。

 だが例えまほろばの夢だったとしても、もうしばらくは見続けてもいいかと考える。


『村だったら儲けものだな。よし、ちょっと様子を見てみるか』

「うん!」


 夜風の流れを掴み、闇の中を旋回する。

 そして彼方に見える光を目指して、俺は魔法でできた風の翼を広げた。


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