インバウンドの魔王様~勇者、静岡で美少女魔王の召使いになる~

蒲原二郎(キャンバラ・ディロウ)

第1章 魔王城死闘篇

第1話 魔王との死闘~だけど、かわいい魔王様~

「うぐっ!」


 勇者ヴェルギリウスは、魔王による魔法攻撃を受け、仰向けに倒れた。


 長い旅路の末、ようやく魔王城にたどり着き、魔王と対決したのだが、現実は容赦なかった。


 魔王の持つ底知れない魔力に、勇者パーティーは健闘しく、追い詰められた。


「ル、ルオーラ」


 ヴェルギリウスは残ったわずかな力をふり絞り、転移魔法を使った。


 唯一無事な魔法使いを、城外に逃がすためだ。


 僧侶もドワーフの戦士も、すでに魔王に殺されていた。


 ヴェルギリウスもまた、今や残酷な死を待つだけの身となっている。


「惜しかったな。勇者よ」


 静まり返った城の大広間に、魔王ドルパンゲダスの足音だけが響いている。


「エルフの娘を逃がしたか。噂通りの紳士ではないか。なあ、ヴェルギリウスとやら」


 悠然とした足取り。余裕すら感じられる落ち着いた声音。


 勝者と敗者の、明確な差がそこにあった。


(これまでの鍛錬も努力も、すべて無駄だったのか……)


 ヴェルギリウスは激痛の中、暗い、無機質な城の天井を仰いだ。


 やがて、足音はすぐ近くで止まった。


 若い勇者は息も絶え絶えだったが、悔し紛れに笑みを作り、長年追い求めてきた魔王を見上げた。


「ヴェルギリウスか。それは仮の名だ。俺の本名は、望月雄太もちづきゆうた。静岡から来た、日本人だ」


 魔王は、顔にかかる髪をかき上げ、小首をかしげた。


「シズオカ? ニホンジン?」


「そうだ。日本人だ」


「まあいい、雄太とやら。人の身でありながら、お前の戦いぶりは見事だった。敵ながら惚れ惚れしたぞ。なんなら本当に惚れそうになる程だった」


(あれ? これは、幻……?)


 雄太は我が目を疑った。


 つい先ほどまで、生きるか死ぬかの死闘を演じていて気付かなかったが、魔王の正体は、可憐な美少女だった。


 魔族らしく、瞳は真紅で、頭の左右にいかめしい角こそ生えているが、見た目は人間とさして変わらない。


 パッチリとした目に、薄い唇。整った鼻梁の、均整の取れた顔立ち。


 大きな胸を強調した、タイトめのファッションなど、むしろその辺の貴族の娘の古めかしいドレスより、余程おしゃれに感じられるくらいだった。


「ふふふ」


 雄太はあまりのイメージの違いに、思わず失笑した。


 それを聞いて、魔王が怪訝そうに顔を覗き込む。


「何がおかしい」


「いや。まさか、魔王の正体が、こんなにかわいい女の子だとは思わなかったものでな」


「何だと? 私をかわいいだと? 貴様、もう一回言ってみろ」


「かわいい」


「もう一回だ」


「かわいいよ、魔王様」


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