第30話 クレーンと令嬢の矜持
「……こちらです」
スコールが私を導いたのは、透明なケースにぬいぐるみやらお菓子やらが山積みにされた奇妙な機械だった。
上部には銀色の金属アームがぶら下がり、まるで捕食者の爪のように左右へ動いている。
(な、なにこれ……!? 処刑装置……?)
ガラス越しに目が合った大きな猫のぬいぐるみがにやりと笑ったように見えて、思わず息を呑む。
いや、ただの裁縫された布切れよ。布切れに違いない。
「これがクレーンゲームです。アームを操作して、狙った景品を掴むんですよ」
彼が優しく説明する。
私は呆然と口を開いた。
「……ぬいぐるみを……掴む?」
「はい。うまくやれば持ち上がって、取り出し口に落ちるんです」
……。
(なにその無駄な労力……!!)
ぬいぐるみなんて市場に行けば山ほどあるでしょう?
それをわざわざ機械で掴む?
庶民というのは、どうしてこんな回りくどいことを……?
「くだらないわね」
口から思わず感想が漏れてしまった。
だがスコールは口角を上げ、妙に自信ありげに笑う。
「まぁまぁ。やってみれば面白いかもしれませんよ」
そう言って彼は懐から小銭を取り出し、投入口に落とした。
カチリと音が鳴り、アームがガタガタと動き出す。
「よし……そこだ!」
レバーを必死に操作し、アームがぬいぐるみの上に降りる。
しかし――
スルリ。
掴んだはずのぬいぐるみは、まるであざ笑うかのように滑り落ちた。
「ちょっ……おかしいな……」
再挑戦。二回目。
またもやスルリ。
「ち、違う! これは慣れの問題だから……!」
三回目。今度は少し持ち上がったが、揺れた瞬間にぽとりと落ちる。
「……取れてませんわね」
冷淡に告げてやると、スコールの肩がびくりと震えた。
額には汗、口元は引きつり、必死に取り繕っている。
「ま、まだだ! 本番はこれから……!」
ふふ。実に見苦しい。
「……貸してみなさい」
私はすっと前に出た。
背後から取り巻きや護衛の視線を感じる。ここで失敗すれば、きっと明日から笑い者。
ならば――完璧にやってみせるまで。
優雅にコインを投入。
指先でレバーを押さえ、慎重に操作する。
右へ……左へ……目測をぴたりと合わせる。
「……そこ」
ボタンを押した瞬間、アームが静かに降下し、うさぎのぬいぐるみの耳を挟んだ。
ガシリ、と確かな感触。
持ち上がり――
カチリ。
取り出し口へ、すとん。
「……取れましたわ」
「えええええええええええ!?!?」
スコールが叫んだ。
あまりの声量に、近くの客が振り返るほど。
「な、なんで!? 俺は三回もやってダメだったのに!?」
「思ったより単純でしたわね。力加減を見極めれば難しくはありません」
私はあくまで涼しい顔で、ぬいぐるみを抱き上げる。
周囲から「すげー……」「令嬢やべぇ……」とざわめきが起きる。
(ふん……当然よ。わたくしに不可能など存在しないのだから)
スコールは唇をわななかせていた。
「ぐぬぬ……じゃ、じゃあ今度こそ俺が……!」
再挑戦を始める。
――十秒後。
「…………」
取り出し口は空のまま。
「…………」
彼は硬直していた。額から汗が滴り、指先は小刻みに震えている。
「……また、失敗ですわね」
「ち、違うんだ! 今のは……今のは機械の調子が……!」
必死に言い訳をしているが、背後で取り巻きたちがクスクス笑っているのが聞こえた。
あの沙希なんて、完全に「この愚民め」と言いたげな目をしている。
(ふふ……やはり所詮はただの庶民。あなたの土俵でも、結局はわたくしの勝利よ)
そう、勝利。
ただのぬいぐるみ一つを掴んだだけ。
それなのに胸が高鳴るのは、なぜかしら。
「……悪くありませんわ、このクレーンゲームとやら」
私はぬいぐるみを抱き、優雅に笑みを浮かべた。
だが心の奥で、ほんの少しだけ――次もやってみたいと思ってしまったのは、秘密にしておく。
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