第27話 校門での邂逅
夕暮れの風が髪を揺らす。
石畳を踏みしめるたびに、私のヒールの音が門前の広場に響き、周囲のざわめきをすべて飲み込んでいく。
校門に立つのは一人の庶民――スコール・キャットニップ。
……ふん。
やけにそわそわと落ち着きなく立っている。
ジャケットの裾を直したり、靴の紐を見直したり、額を拭ったり。
挙動不審もいいところね。
それでも、目に映る姿は、どこか必死に整えようとしているのが分かる。
(……庶民なりに努力してきたのね)
一瞬だけ、胸の奥に小さな笑いが込み上げる。
だがすぐに打ち消した。
違う、私は笑ってはいけない。
こいつは私を――あの夜、辱めた男なのだから。
「お嬢様……!」
沙希が焦った声を上げる。
さっきまで鬼のように睨みをきかせていたのに、私が歩みを進めると慌てて一歩下がり、訴えかける。
「なぜ、このようなものと会う約束を……!?」
「……沙希。少し落ち着きなさい」
私は視線を前に向けたまま、低く告げた。
「私が決闘で負けた以上、彼はただの学園の生徒ではないことは分かっているでしょう?」
「しかし……ッ!」
歯ぎしりが聞こえる。
再び、私を庇うように前へ出てスコールを睨み付ける沙希。
彼女の忠誠はありがたい。
けれど――今は私が主導権を握らなければならない。
(……怖い? 私が? まさか)
胸の奥をざわめかせるのは、怒りではなく……別の感情。
あの夜、感じてしまった屈辱と快楽がない交ぜになった、どうしようもない動悸。
吐き気がするほどの苛立ちと、背筋を這うような甘い震え。
「……」
私は一層優雅に歩を進めた。
スカートの裾がひらりと舞い、香水の香りが風に混じる。
一歩近づくたびに、彼の視線がわずかに泳ぐのが分かった。
(……ふん、やっぱりね)
彼は庶民。
私と目を合わせることさえまともにできない。
それが当然。
私こそが高みに立つ存在なのだから。
「スコール・キャットニップ」
透き通った自分の声が、門前に静かに響いた。
その瞬間、彼はびくりと肩を震わせ、情けない声で返事をした。
「は、はひっ!」
……っ。
思わず笑いそうになる。
けれど私は表情を崩さない。
令嬢たる者、感情を露わにしてはならない。
「約束通り、今からあなたの指示に従います。たしか“デート券”でしたか? 正直、そういったことは今までしたことがありませんので……エスコートしていただけると助かるのですが」
そう言いながら、内心では煮えたぎっていた。
(“助かる”ですって? 違う、これは復讐の機会よ。私を辱めた罪、必ず返させてもらう)
……なのに。
言葉を口にした瞬間、彼の顔が赤くなり、目を丸くして慌てているのを見て――。
(な、なによ……! その顔……!)
胸の奥がちくりと疼く。
どうして。
どうして私がこんな庶民に意識を乱されなきゃならないの。
後ろで沙希が再び口を開いた。
「お嬢様、本当にこんな男と――」
「沙希。下がりなさい」
ぴしゃりと切り捨てる。
彼女の視線が私の背中に突き刺さる。
鬼気迫る表情。
……分かっている。
彼女にとって私は“決して傷つけられてはならない存在”なのだ。
けれど、これは私の戦い。
私はあえて令嬢の笑みを浮かべ、目の前の庶民を見据えた。
「では……行きましょうか」
その時。
彼が差し出した腕に、私は一瞬ためらった。
庶民の粗野な、下らない手。
なのに、ほんのわずかに胸が高鳴る。
(くっ……何を考えているの、私!)
だが、私はヴァレンタイン家の娘。
誇りを胸に、優雅に、その腕に手を添える。
石畳を踏みしめ、門を越える。
庶民と令嬢。
誰もが息を呑み、振り返る。
この瞬間から始まるのは――決闘の続き。
私の反撃。
そして……。
(今日こそ、私が主導権を握るのよ。絶対に……!)
それなのに、胸の鼓動は速くなる一方だった。
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