一ノ巻 その三 ―忍び、戦端へ―

 紫絃しづるは部隊の先頭に立ち、森の中を疾走していた。


 後方には三人が、つかず離れず周囲を警戒しながら続く。


 目的地は、隕石の落下地点――甲ポイント。


 もう一か所の乙ポイントには、別部隊である『うし』が向かっている。


 距離を考えれば、ボクたち『』のほうが先に到着するはずだ。


 紫絃は目的地への最短経路を確認しながら跳躍し、木の枝から枝へと軽やかに飛び移る。


 その身の動きとともに、数刻前のやり取りが脳裏によみがえった。


 ――棟梁からの召集に、八人の忍びが集まった。


 全員が里でも上位に数えられる実力者であり、魂機兵アニマを授かっている。


 恐らく、先ほどの天蓋護結界プロテクション・フィールドを突き抜けて飛来した隕石の調査だろう。


 伝承にある天蜴人リザーディアン出現の可能性は極めて高い。


 棟梁がうなずくと、副官が一歩前へ出て口を開いた。


「全員、揃ったな。迅速な集結に感謝する。此度の招集は他でもない――先程飛来した隕石の調査だ。我々は天蜴人の再出現と見ている」


 八人の忍びが静かにうなずいた瞬間、場の空気がぴんと張り詰めた。


 天蜴人――それは三百年前、この惑星ジアース全土を巻き込んだ天蜴人大戦リザーディアンウォーで人類を滅亡寸前まで追い込んだ種族である。


 奴らは突如、天から現れ、目的も告げずに人々へ襲い掛かった。


 その素性も本拠地も、未だ不明のまま。

 

 だが当時の賢者たちが開発した天蓋護結界によって増援を遮断し、人類は辛くも天蜴人をジアースから駆逐することに成功した――そう伝え聞く。


 三百年の時を経て、奴らは再び結界を突き抜ける術を得たのだろう。


「今回、二つの隕石が確認されている。しかし、天蓋護結界の反応はその十五倍――三十個の物体が連続して衝突していたことが判明した」


 副官が続ける。


「技術の発達、あるいは突破手段の確立によって、試験的に三十の兵を送り込もうとしたのかもしれん。結界を超えられたのは、結果として二つだけだったのだろう」


 忍びたちは黙して聴く。


「これより部隊を二つに分ける。甲ポイントには『子』隊、隊長は紫絃。乙ポイントには『丑』隊を配置する」


 副官はそれぞれの部隊編成を告げ、目的地の座標、移動経路、通信手段の詳細を説明していく。


「今回の主目的は天蜴人出現の確認だ。出現が確認された場合、魂機兵の使用を許可する。この八人であれば遅れを取ることはあるまい。だが、無用な犠牲を出すな。場合によっては撤退も考慮せよ」


 副官は咳払いを一つし、少し表情を曇らせた。


「それと……落下地点の位置から見て、『王国』側の調査隊が到着する可能性が高い。状況によっては、彼らのほうが先に現地へ着くかもしれん。戦闘が発生した場合は援助を、情報交換も積極的に行え。出資者様でもあるからな……まぁ、頼んだぞ」


 その言葉の最後に滲む苦笑を、紫絃は聞き逃さなかった。


 忍びが感情を表に出すことは稀である。

 

 それだけ厄介な案件なのだ。


「それでは――散ッ!」


 副官の号令と同時に、八つの影が煙のように姿を消した。


 やがて静寂が戻ると、棟梁と副官の二人だけが残る。


「……いよいよ、我々の時代に来てしまいましたな」


「あぁ。彼らには苦労をかける。願わくは――先達からの準備が、十全であったことを祈るのみじゃ」


 棟梁の言葉は静かに闇へ溶けていった。

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