第5話「あの、花村さんって…ゲームとかお好きなんですか?」
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## 桜吹雪の彼女 第五話
金曜の夜7時。駅前のイタリアンレストラン。
田中は、人生で一番緊張していた。目の前には、昼間と同じ銀縁メガネをかけた花村佐知子が、メニューを真剣な眼差しで眺めている。
昼間の「ベヨネッタ事件」以来、田中の中で花村佐知子は「ポンコツ可愛い先輩」から「正体不明のSっ気魔女(?)」へとジョブチェンジしていた。
「ハイヒールで踏まれたいの?(笑)」という言葉が脳内でリフレインし、平常心を保つのが難しい。
「あの、花村さんって…ゲームとかお好きなんですか?」
当たり障りのない質問から始める。
「いえ、嗜む程度です。弟がやっているのを、たまに後ろから見ているくらいで」
(後ろから見てるだけでアレをマスターするのか…!?)
田中の背筋に、冷たい汗が流れた。
食事が運ばれ、緊張しながらも和やかに会話が進んでいく。彼女は、仕事中の完璧な姿とは違い、時折はにかんだように笑ったり、美味しいパスタに目を輝かせたりと、年相応の可愛らしい一面を見せてくれた。
(なんだ、やっぱり普通の可愛い人じゃないか…)
田中が少し安心しかけた、その時だった。
店内のBGMが、ふとクラシック音楽に切り替わった。どこかで聴いたことのある、荘厳で少し不気味なメロディ。
その瞬間、花村の動きがピタリと止まった。
「この曲…」
彼女が、何かを恐れるように小さく呟く。
「どうかしました?」
「いえ…なんでも」
しかし、彼女の様子は明らかに普通ではなかった。顔から血の気が引き、フォークを持つ手が微かに震えている。
田中が心配していると、突然、彼の頭の中に直接、甲高い電子音が響いた。
**《ピコピコピーン!》**
「うわっ!?」
思わず声を上げる田中。
**《緊急クエスト発生! 緊急クエスト発生!》**
**《ターゲット:『嘆きのガーゴイル』が出現しました》**
**《討伐を推奨します》**
「な、なんだ今の声!?」
田中が混乱して叫ぶと、花村がハッとした顔で彼を見た。
「……あなたにも、聞こえるんですか?」
「え、聞こえるって…この声、花村さんが?」
「違います! これは…『システム』からの…」
花村が言い終わる前に、レストランの窓の外で、何かがガラスにぶつかる鈍い音がした。
見ると、街灯のポールの上に、石でできた醜い悪魔――ゲームやファンタジー映画で見たことのある、ガーゴイルが止まっていた。その目は赤く輝き、明らかにこの世の生き物ではなかった。
「そう……」
花村は全てを悟ったように、静かに立ち上がった。
そして、自分のハンドバッグに手を入れながら、田中を見据える。その瞳には、昼間の悪戯っぽい色気とは違う、真剣な覚悟が宿っていた。
「私の正体、気になりますか?」
田中は、目の前の非現実的な光景に言葉を失いながらも、必死に頷いた。
花村は、ふっと息を吐くと、その唇で真実を紡ぎ始めた。
「私の家系は、代々この世界と隣り合う『魔界』のバランスを監視する役目を担ってきました」
「ま、魔界…!?」
「そう。そして、私はその役目を継ぐ者」
彼女はハンドバッグから、銀色に輝く、装飾の美しい二丁の拳銃を取り出した。それは、昼間のピストルポーズとは比較にならない、本物の凄みを放っている。
「――しがない、しがない**『魔女』**なのです」
彼女がそう言った瞬間、店内に突風が吹き荒れ、テーブルクロスやメニューが宙を舞う。
しかし、それは桜吹雪ではなかった。
風が止んだ時、そこにいたのは経理部の花村佐-知子ではなかった。
完璧な事務員のスーツは、光の粒子と共に消え失せ、代わりに現れたのは、身体のラインが露わになる、艶やかな黒のレザースーツ。銀縁メガネは、蝶の形を模したミステリアスなマスクに変わっている。
その姿は、まさしく田中が昼間に口にした、あのゲームの主人公そのものだった。
「さて、と」
変身を遂げた彼女は、ハイヒールの踵で床をコツリと鳴らし、妖艶に微笑んだ。
「少し、残業してきてもいいですか?」
田中が口をパクパクさせている間に、彼女はレストランの窓を蹴破り、ガーゴイルが待つ夜の街へと華麗に舞い降りていった。
**《ピコピコピーン!》**
再び、田中の頭にだけ響く電子音。
**《チュートリアルを開始します》**
**《あなたは魔女の『契約者』に選ばれました》**
**《サポート役として、魔女の戦闘を補助してください》**
「……え、俺もぉ!?」
田中の悲鳴が、高級イタリアンに虚しく響き渡った。
どうやら今夜のデートは、ディナーだけでは終わらないらしい。
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