last twinkling|ひかりがひかる★★
*
「それで、僕にお呼びが掛かった訳ですね」
『頼られ神』を守護にもつゆえに、有無を言わさず『頼られる者第二号』に当確した神崎は、鼻梁に人差し指をあてる。
「はい〜、そういうことですぅ〜」
下手初号機のパイロットのひかりは、ごま摺りに余念がない。
「頼まれなくとも、こちらから打診するところでしたが」と神崎はさらりと言ってのける。
「と申しますと?」ごま摺り名人が問う。
「先日、わざわざお呼び立てして僕の仮説をお伝えしたときから、この件については、職務を超えて最後までお付き合いするつもりでしたから」
神崎の言葉に対して、おもわず「なんと言う事でしょう!」と叫びだしそうになるのを、ひかりは堪えた。危ないところであった、われ。
「でも、それは業務とは関係なくなりませんか?」
「もちろん業務ではありません。一個人の趣味……お手伝いできることはないかとおもいまして」神崎の眼鏡が妖しく光り出す。
「ほほー」ひかりの目が謎解き少年の目となる。
「な、何か、も、問題でも?」
「そんなことあるわけない、じゃ、ない、ですかー!むしろ、してやったりです」
「してやったり?」
「あ、間違えました、ええと、おもふ壺です!」
「おもふ…壺?」
「あれ、違いますか?」
「ともかく、僕も同行して良いという理解であってますか?」
「ます!です!それです!」
「国語、得意って言いませんでしたか?」
「……記憶にございませぬ」
「ふむ、ひかりさんは、わすれんぼーさんでもあると」
神崎はいつもの真っ赤な短いボールペンでメモ書きを素振りをみせる。
「ん?それってメモする必要ありますか?」
サササと動く神崎の手元を凝視するとCARAN D'ACHEと刻印されている。読めん。嫌な予感はしたが、一度気になると確かめたくなる性分である。わたし。撒き餌する。
「あの〜、いつも神崎さんが使ってるそのボールペン、良いですね」
パクリ。
ギュンッ。
「ひひひひひ、ひかりさん、CARAN D'ACHE《カランダッシュ》を、ごごごごご、ご存知ない!?」
手応えを感じる。ものすごいやつ。神崎魚、ちょろ過ぎないか?
「なんですか、それ、空ダッシュ??」
「カランダッシュ、です、お間違いなく!」
「すすす、すいますん、せん!」
滑り神が近くにいる気がする。嫌な予感は瞬く間にひかりを覆う。
「少しご説明してもよろしいですか?いや、説明します」
「…よろしくおねがいいたします」
後悔先に立たずとはまさに。滑り神よ、鎮まりたまへ。
「CARAN D'ACHEはスイスのブランドです。名前はロシア語で「鉛筆」を意味します。元々は鉛筆メーカーだったんですね。この美しい六角形の由来です。一見、短くて書きづらいとおもわれて敬遠されがちですが、使ったことのない文房具人はもぐりです。これほど握りやすく、丁度良い重みがたまりません。これを知った日から、僕の文房具人生一変しましたからね!」
神社男子=文房具男子、これ、あるあるなのかもしれない。苦手な数学の知識を総動員して導き出された答えに、ひかりは我ながら納得する。
「よ、よくわかりました。ありがとうございました…」
「ちなみにこの色はGirl In Redっと呼ばれ…」
「あ、あ、あ、あーーーーーーーっ!」
ひかりはカンフーの達人のような声をあげる。むろん、手は手刀の形だ。何だったら、交互に振り下ろしてやるかともおもったが、寸止めした。
「どうしましたか?」冷静な声で神崎がいう。
「や、なんか、あの〜、ゆ、昨夜みたカンフー映画が突然降臨した感じが…」
「もしや、
「あ、あ、あ、あーーーーーーーっ!」
「
「あ、あ、あ、あーーーーーーーっ!」
「
ひかりは雄叫び、神崎は雀躍した。空を覆う厚い雲は二つに割れ、光の階段が地上へと降り注がれた。気がした。
「あんたたち、大丈夫??」
-273.15℃の声がする。絶対零度だ。ひかりと神崎はその場にフリーズする。声を発するための分子運動が完全に停止する。ついでに思考も停止した気がする。した気がしただけで、思考は取り繕う言葉を探し始める。しかし、何も見つからなかった。森下さんは自席に着くまであかりと神崎を視界にロックオンする。蛇に睨まれたマングース状態だ。あれ、何か違う気がするサァー。
神崎が咳払いをひとつする。
「それでは、ひかりさん、僕も同行するということでよろしかったでしょうか」
置いてかないでよぅと、ひかりも後に続く。
「よろしかったです。よろしく、よろしかったで、おねがいします」
一号・絶対零度が吹雪く。
「何がよろしかったでお願いしますよ、説明しなさい」
ごーっごごごごーっ
ひゅ〜うひゅるるるぅ〜
第二号・神崎は、いま一度鼻梁に中指を当てがう。
「つまりですね、来たる十二月十五日の日没、この神崎も同行し、何が起こるのか起こらないのか確かめさせていただく、ということです。ちなみに、これは、案件ではありませんので、僕個人のプライベートな行動です。あくまでも」
「です!です!」
必死に追い縋るが追加情報ゼロの説明しかできぬひかり。きっと、吹雪の中に語彙を落としてきたのだろうと、己に言い聞かす。
「つまり、神崎さんが、プライベートで、例の日時に立ち会うわけね。それでも、何もなかったら良いけど、もし、何かが起こった場合の責任の所在は?」
吹雪は勢いを増す。現在の視界は、ほぼゼロメートル。白色の闇だ。(おい、おい、おい、天照の何ちゃら男子、どうにかしてくれー)
ひかりは神頼みする。
「僕が取ります」
吹雪が止んだ。視界がパァァーと開けた。そこに神…いや神崎がいた。
「です!です!」
おい、吹雪は止んだぞ。落とした語彙を拾いにゆけ、わたし!ゆく気満々だが、一歩も動き出さぬ、わたし。ぬぬぬ。
「オーケー。普段、案件のことでは鉄壁の冷静さと判断力で子どもたちの盾になってきた神崎さんがそこまで言うのなら、余程のことなんでしょう。任せるわ」
「ありがとうございます。恩にきます」
こうして話はまとまり、わたしたち三人と一匹は、十二月十五日、つまり、わたしの誕生日に!例の鳥居の場所へ行くこととなる。
……はずだった。
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