The beginning of|あかり★★★★


 サクは、名前とは裏腹に、陽気で、身のこなしが軽く、何でも器用にこなし、そして、よく喋った。表向きの仮面では。仕事柄、同じような人間を多く見てきたが、それらの人間とはどこか違った。色彩豊かではあるが、一個の部品が足りずに出来上がった完成品のような印象を抱かせた。不良品。仮面の下にあるもの、そこに惹かれた。


 ママな太客の連れだけあって、富か、権力か、もしくはその両方がある組織の人間なのだろうということは、すぐに分かった。日向であるにせよ、陰日向であるにせよ、それらは社会の絶対的な共通言語であった。たとえ、共同幻想に過ぎなくとも。



 サクは自分に目を掛け、あかりは朔を求めた。



 互いの干からびた愛情は水分を欲していた。乾くことのない飢えを満たすための相手と機会を虎視眈々と探していたのだ。素性などはどうでも良かった。危険な人物であろうと、傷つくことが分かっていようと、近づくことを禁じ得る柵にはならなかった。ふたりは逢瀬を重ねていった。





 ひかるは手の掛からない子だった。

 最初こそ、不慣れな子育てに手こずっていたが、発育も良く、体は丈夫だった。元気過ぎることを除けば、特に、気になることはなかった。育児など、得意な園に任せておけば良いと思うようになっていた。手を掛けない分だけ、しっかりと愛情は薄れて行った。ひかるは、コウの消えない傷跡の象徴であった。コウへの執着は、朔への依存に変わって行った。


 あかりは、サクが手懐けている女のひとりに過ぎなかった。複数の花から花粉を集める稀種の蜜蜂がいるならば、朔が、それであった。花粉かごには、様々な花の代わりに様々な人工的な香水の香りが付着していた。巣に持ち帰った花粉荷ビーポーレンは、貯蔵庫ではなく、収集棚に無造作に収めれるのだろう。サクが食むことなく、酸化してゆく花粉荷ビーポーレン。腐敗すれば取り替えるだけの花粉荷ビーポーレン。不要になれば棄てられるだけの花粉荷ビーポーレン。あかりは、そのひとつだった。勘づいてはいたが、あかりがサクに依存すればするだけ、朔は離れた。物理的にではなく、精神的に。あかりは、金と性を搾取するだけの存在へと堕ちていった。取り替えるだけの花粉荷。一度だけ、ほかの花粉荷を見かけたことがあった。容姿に始まり髪型、纏う衣服の種類、醸し出す雰囲気まで、自分と瓜二つだった。



 降り積もる雪が街を覆った二月、

 再び、あかりの月のものも消えた。



 妊娠したことをサクに伝えると、汚物でもみているかのように苦々しい顔を向け「堕ろせ」と命令された。あかりが拒否すると、頬をぶたれ、髪の毛を鷲掴みされ床に押し付けられた。朔は、片手で器用に煙草を取り出して口に加えた。火を付けてひと口吸った後、煙と共に同じ言葉を吐き出した。そして朔のDVが始まった。痣は、値下げされた烙印の代わりとなった。


 それでも、あかりは朔に縋った。

 朔に捨てられれば、あの穴が剥き出しになる。穴は治癒できないほどに傷つけられた場所だ。表面を覆う瘡蓋の下の傷は癒えてなどいないのだ。これまで癒せないまま生きて来たのだ。じゅくじゅくと血が滴る生傷のままあるのだ。剥がされれば、また、満たされぬ飢餓感と絶望と痛みを抱えることになる。あかりには分かっていた。

 それでも縋るほかなかった。


 次第に、朔は、姿を見せなくなっていった。姿を見せるのは、直接、金を受け渡すときだけになった。それでも、朔を繋ぎ止めておくためならばと、あかりは金に頼った。気が向けば、朔は、あかりを抱いた。熱い体温の目合りではなかった。冷徹な束縛に近いものであった。繋がるためのものではなく、繋がりを逸した行為だった。そのように自分が傷つけられることで、あかりはほかの痛みから目を背けることができた。それでも十分だった。はずだった。





 四季の移ろいに反して、街が賑やかな色で着飾り始めた十二月、あかりは臨月を迎えた。そして、ふたりめの子を産んだ。女の子だった。


 朔は、認知もしなければ、我が子を抱くこともなかった。ふたりの子は仲良くあかりの戸籍に並んだ。実父の欄も仲良く空白であった。保健師から支援センターを紹介されたが、行くことはなかった。朔の暴力、凌辱、搾取、拘束は常態化し、あかりは、その都度、凍結と解凍を繰り返した。記憶は、ところどころ、古びた8ミリフィルムのように切り落とされ、どこかへ捨てられた。いつ終わるともしれない嵐のなか、あかりに出来ることはなかった。ただ、大木の朔に縋るほかに。たとえそれが、根の腐った見せかけの姿だったとしても。虚栄心も、歪んだ自己愛さえも持てぬあかりには、自らを投影するには足りた。時折、与えられる甘い汁は、やはり、甘かった。強い苦味も含んではいたが、それは無視した。だから、迎合という生存戦略を選んだ。無意識的に。





 サクがひかるに手を挙げるようになったとき、あかりの自我の最後の一片が、音もなく崩れた。崩れた自我はふたつに分裂し、みっつ、よっつと増えていった。やがて、記憶も薄れるようになり、時間の感覚が消えた。あかりは、もはや、闇のなかを生きていた。いや、それを生きていると呼ぶには、あまりにも壊れ過ぎていた。



 あかりは知った。

子を産んでも親になれる訳ではないことを。


 あかりは知った。

子を産んでも母性が芽生える訳ではないことを。


 あかりは知った。

子を産んでも愛情が湧いてくる訳ではないことを。


 あかりは知っていた。

何よりも愛されたいのは自分であることを。


 あかりは知っていた。

すべてはその代償行動に過ぎないことを。


 そして、あかりは知っていた。

けして満たされることはないということを。





穴は塞がることなく、ただ、そこにあった●

あのときと同じまま。         ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・

                   ・


                   あ

                   か

                   り

                   は

                   穴

                   へ

                   落

                   ち

                   て

                   い

                   っ

                   た

                   。


      記憶は、


 そこ、


             かしこに、



    散らばっ




           た

              。



   。

                  。


            。

            雨

           粒

          の

         よ

        う

       に

      。


   ぽ

   た


           ぽ

           た


                  ぽ

                  た

                  。


  。




           。

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