twinkling 6|神崎★★★★★★★


 打ち上げられた宇宙船は成層圏を脱した。神崎は確信する。まだ見ぬ目的地へと向かうために、宇宙にいることを。


「…ひかりさん」

「違いますかね?」

「僕も同じことを考えていました」

「え、神崎さんも?」

「はい、ひかりさんが思い出してくれたおかげで、僕の仮定は仮定ではなくなりました」

「それって、もしかして、」

「最後まで聞いてくれますか?」

「もちろんです!そのために来たんですから!」


(その割にはパンケーキとベリベリのやつを貪るように食んでましたね)という言葉は飲み込み、神崎は話し始める。


「結論から言います。お兄さんに教えてもらったきらきら星、それは、金星です」

「金星…」

「はい。この時期の金星は『宵の明星』として、午後七時頃には、西の空で一際輝いてたはずです。一番星です。それなら、晴れている限り、毎日、見つけることができます。お兄さんはそれを『きらきら星』として、ひかりさんに教えたのだとおもいます」

「宵の明星の金星が、一番星で、きらきら星」

「はい。きらきら星がお願いを叶えてくれると言うのは、もしかしたら、流れ星にお願いをすることと、一番星を見つける子どもの遊び、幸せを呼ぶ星などの別々の話を、お兄さんなりにまとめて出来上がったものかもしれません」

「お兄ちゃん、そうだったんだ…」


 猫が鳴く。


 店員が、空になっていたグラスに水を注ぎに来る。ピッチャーはかしゃかしゃと小気味良い音を立てながら、グラスを水で満たしてゆく。グラスの表面にできた水滴を布巾で拭う配慮が、心を軽くする。輪切りの檸檬を含んだ水は、さわやかな香りと、ほのかな甘味を感じさせてくる。店員は、帰り際、食い散らかし…空いた皿を片付けて行く。程よい距離感とさりげない配慮が行き届いているこの喫茶店を選んで良かったと神崎は思った。


「実は、きらきら星のことで、気になっていることがあるんです。直接的には関係がないかも知れませんが、お話ししても構いませんか?」


 神崎はひかりを見つめる。

 ひかりはそれに応じる。

 音のない言葉が交わされる。


「きらきら星が宵の明星として知られる金星だったなら、それにまつわる日本神話があります。」

「金星にまつわる神話?」

「ええ、日本神話では金星を天津甕星アマツミカボシと呼ぶことがあります。」

「アマツミカボシ…ですか?」

「そうです。天津甕星アマツミカボシは、日本神話に登場する星神です。先日、僕の本家が天照を祀った神社であることをお話ししましたが、日本という国の由来は、古事記や日本書紀に書かれている通りです。ご存じでは…」

「ないです」

「ですよね」

「ですよね?」

「あ、いえ、」

「なんか、神崎さん、ちょいちょいマウント取りにきてますよね?」

「あ、いや、そういうつもりはないんです……すいません、この手の話になると、こう、周りが見えなくなる節があるようで」

「まあ、いいんですけどね。それで、なんでしたっけ?」

「ああ、はい、その古事記や日本書紀、えー、つまり、最も古い公文書みたいなものですね、によると、日本という国は、すでにあった国を天照アマテラスの子孫に譲ることで誕生します。『国譲り』というやつです」

「へー」

「興味ないですね」

「あるとは、言えません、そこは」

「もう少しだけお付き合いください」

「仕方ないですね」

「ん?なんだか、いま、逆マウントをとりに来ていますか?」

「気のせいでしょう!」


 猫が鳴く。


「まあ、このような経緯で誕生した日本ですから、全国の神社の頂点に天照アマテラスがいるわけです。天照アマテラスは太陽神です。天を照らす神」

「はい、神社女子でもないわたしだって、天照アマテラスの名前って知ってますもん。けど、そんなすごい神様だったなんて知りませんでした」

「ええ、そうなんです。だけどですよ、」

「だけど、なんですか?」

「これから神である太陽が現れるのに、一際輝いている星があったらどうおもいますか?」

「え、どうおもうって、きれいだなぁとか」

「まあ、現代に生きるわたしたちなら、そうおもうのが普通かもしれません。でも、飛鳥時代や弥生時代が現代だった人々は、太陽に背く邪な星だと感じて、不吉な兆しと捉えていた」

「そう言われると、これから何百年とか、何千年後とかには、わたしたちが生きている現代のことも、同じように古びちゃってる方が自然ですよね」

「ええ、でしょうね。ですから、日本書紀では、天津甕星アマツミカボシを邪神と見立てて討伐したと記されています」

「倒されちゃうんだ」

「はい、『国譲り』と『天津甕星アマツミカボシの討伐』はセットです」

「ファーストフードみたいですね」

「………(食いもんばかりだな)」

「あ、神崎さん、いま、こいつ食べものばかりに例えるとおもったでしょう!」

「いーえ、この神崎、けっ、けっ、けっしてそのようなことはっ!」

「まあ、よかろう」

「お、恐れ入ります…」


 猫が鳴く。


「でも、神崎さん、その天津甕星アマツミカボシが金星なんですよね?」

「ええ、そうです」

「そしたら、お兄ちゃんが教えてくれたきらきら星は、良くない星だったんです?」

「いえ、いまお話ししたことは、あくまでも、古代の公文書の記載に過ぎませんから、大分偏りがあると言わざるをえません。そもそも、天津甕星アマツミカボシの由来も俗説も複数あります。その名前が純粋に表しているのは『天の威のある星神』です」

「ちょっと意味が…」

「あー、今風に言えば、『いかついあんちゃん』みたいなですかね」

「よりわからなくなったというか…」

「と、とにかく、実際は邪な存在ではなく、ひときわ明るく輝く星を神格化したものが天津甕星で、それが金星であって、時代の変遷とともに『一番星』や『きらきら星』と言われるようになったのでしょう。そして、人々は、いつしか、日没後、闇がこの世を覆うなか、夜空に燦燦と光り輝く星に魅せられて、願いをするように、願いを叶えてくれるような信仰や伝承が広まっていった。そして、ひかりさんのお兄さんは、亡くなる間際、最後の力を使って、小さな命のロウソクを燃やして、彼がきらきら星と信じていた宵の明星である金星に最後のお願いをしたんだと、僕は考えています」

「きらきら星に、最後のお願い…」

「はい」

「神崎さん、」

「なんでしょう?」

「兄は、お兄ちゃんは、何をお願いしたんでしょうか?」

「それは…そこまで僕にはわかりません」

「そう…ですよね…」

「でも、ひとりだけ、知っている者がいます」

「え?」

「正しくは、一匹、ですが」

「それって…」


 猫が鳴く。

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