twinkling 6|神崎★★★
*
日曜の午後とあって、町は粗雑な喧騒を脱いでいる。静かさと賑やかさのなかに芽生え始めた活気が、少しの倦怠感を含んで満ちてゆく。神崎は、このひと時が好きだ。光の子らがおもいおもいに反射し、軽やかな空気の分子が行き交い、目覚めた香りが宙で踊る。商店街は音楽を奏でる。さしずめ協奏曲第一番ヘ長調といったところだ。鈍麻していた感覚がここちよく刺激される。
草臥れた駅舎。高い故郷の空。見慣れた稜線。日常を離れ、しばし耽る。
真鍮の呼鈴の音とともに喫茶店のドアが開く。
広くない店内で神崎を見つけるのは容易だったらしく、神崎の席にひかりが近づいてくる。
「すいません、お待たせしちゃいましたか?」
グレージュのダッフルコートにインディゴブルーのジーンズを合わせたひかりが告げる。
「いえ、わざわざ来ていただきありがとうございます」
神崎は、普段とは雰囲気の違うひかりに戸惑いながら言葉を返す。
「や、こちらこそです。何だか、お仕事増やしてばかりで申し訳ないです」
「いえ、完全に僕の趣味なので問題ありません」
「そう言ってくださると助かります」
「ところで、ひかりさん、その大きなバッグは何でしょう?」
「あ、これですか、猫用キャリーバッグなんですよ」
「猫用?」
「はい」
「ということは?」
「はい、ジンジャーも連れて来てます、あ、ここ、そういうのダメでしたかね?」
「ほう、ジンジャーくんも。多分、よほど騒いだりしない限り大丈夫かとおもいます。以前、同じようなお客さんを見掛けましたから」
「あ、良かったぁ」
「しかし、なぜまたジンジャーくんを連れて来たんですか?」
「えっと、それが、うーん、どういう訳か、ゆきこが言ったんです。ジンジャーが一緒に行くと言ってるって。それで、今日に至ります」
これから神崎が語る内容を知ってか、ひかりはジンジャーを連れて来たようにおもえる。いや、知っているのはジンジャーの方かと、神崎は考え直す。君が、私の仮定している存在なら。
「ひかりさん、お呼び立てしたお礼にご馳走しますので、何でも注文してください」
「え、良いんですか??」
「もちろん。それなりに時間もかかるかとおもいますので良かったら」
「わーい、じゃあ、お言葉に甘えて遠慮しません!」
ひかりは店員を呼ぶと、特性ふわふわホットケーキ・ダブル(バター増し)と、店長おすすめこだわりコーヒー(コスタリカ産)を頼んだ。どうやら、この娘は遠慮を知らないようだ。
「失礼ですが、普段からそれくらい食べるんですか?」
「えーと、ええ、ですね、食べます。やせの大食いってやつです。あは、ひかれちゃいましたかね?」
「いいえ、ひきません。1ミリたりとも」
「良かったです。ひかれたら、今後会うたびに、ひかれているぞわたしと兜の緒を締めて会わなければならないところでした」
「はい?」
「はい」
「まあ、良いです」
「神崎さんは食べないんですか?」
「ええ、昼は食べないことが習慣になりました。仕事柄、食べるタイミングがどうしてもバラバラになります。そうすると身体のリズムが崩れてしまうんです」
「ああ、そっか、神崎さん、いつも対応でとっても忙しいですもんね…なんか、近頃は、うちのことで色々とご負担をお掛けしてます」
「いえ、お気になさらず。ところで、お願いしたことは調べていただきましたか?」
「あ、はい、調べました!神崎さんの言った通りでした!だから、すごいびっくりしたんですよー。でも、どうしてわかったんですか?」
「やはりそうでしたか、うん、なるほど、そうか。では、これから、僕が推測した話をします。あくまでも、仮説です」
「わ、なんか凄そう。わたしついて行けるか自信ないです」
と言うと、ひかりはなぜか腕まくりをして、フォークとナイフでふわふわのホットケーキを切り始めた。神崎は、なぜこのタイミングでと訝しんだが、聞いてはならぬ気配を感じ、そっとしておくことにした。
「では、先日、GHでお話しした内容は覚えてますか?」
「えーっと、たしか、伊勢神宮に天照が祀られてて、冬至の太陽ライン?の神社がどうとかで、鳥居からパラレルな宇宙に行ったとか行かないとか、です」
「なるほど」
「なんかすいません…」
「いえ問題ありません」
ひかりは、バターとシロップをたっぷりと浸したホットケーキの一塊を口に頬張る。神崎は、再び、なぜこのタイミングかと訝しんだが、ひかりの眼光が妖しく光っていたため、そっとしておくことにした。
「では、補足しながらその続きを説明します。ついて来れなくなったら言ってください」
「はひ」
頬張りながらひかりが答える。
神崎はそっとを継続する。
「まず、この画像を見てください」
「はひ」
神崎は、ひかりの口にお冷を流し込んでやるという強い衝動を感じる。抗いがたい衝動。祟り神だ。おお、祟り神よ鎮まり給えと祈祷しながら、コーヒーをひと口啜る。
ずずず。
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