twinkling 6|神崎★


 __全国の児童相談所が受理した相談件数は、尚、二十万件を超えて推移しています。児童虐待防止法改正を受けて、東京都は特別区に児童相談所を設置することを決めました。


 端正な顔をしたアナウンサーが告げる。神崎は、溜息をつく。実数はもっと多いし、児相が幾つあっても足りないよ、と心の中でアナウンサーの言葉を修正する。最近は、緊急対応を迫られる案件が頻発している。その中でも、神埼の担当する子どもが措置されているGHでの案件が目立つ。淹れたての珈琲の香りが鼻腔へと迷い込む。複雑だがゆたかな香りが一時、神崎の心を和ませてくれる。自然と呼吸が深くなる。ふぅと、ひと息吐き出す。珈琲を飲み込むと、神崎は自宅を出る。向かうは、目下、最優先案件の、あのGHだ。



「つまり、こういうことですか?」

 GH常勤職員であるひかりさんの話を聞き終えると、神崎はひとつ前置きをして続ける。


「散歩の途中で猫……ジンジャーくんが山道へと迷い込み、ゆきこさんがそれを追った。途中、ジンジャーを追ったゆきこさんと離れたなぎささんからひかりさんへ連絡が入り、ひかりさんはなぎささんと合流した後、ジンジャーくんとゆきこさんを探すため、けもの道へと分け入った。しばらく歩いて開けたところへ出ると、そこには古びた鳥居のようなものがあった。すると、その向こうから、ジンジャーくんを抱えたゆきこさんが現れた、これで合っていますか?」


 神崎はひかりに確認する。


「あ、はい、その通りです」

 常勤職員のひかりが答える。神崎は、頭の中で可能性を洗い出し、あり得るであろう現象を形づくる。


「つかぬことをお伺いいますが、ひかりさん、神明神社というのはご存知ですか?」

「神明神社って、すいません、何でしたっけ?」


天照アマテラスが祀られている神社のことです」

「ああ、それなら、すこし分かります。確か古事記とかに出て来る人ですよね?」


「ええ、正確には、神様です。天照アマテラスは太陽の神様とされています。神明神社は、ざっと数えただけでも全国に五千の社があります。含まれないものも数多くありますので、総数は不明です」

「ああ、そうなんですね、すごい神様ですね」


「ええ、伊勢神宮はご存知ですよね?伊勢神宮は内宮ないくうと呼ばれて、公には、そこが神明神社の総本山とされています」


「はい、知ってます!一生に一度はお伊勢参り、て言いますもんね。一生一緒に居てくれやみたいな」


「……なんですか、それ?」

「あ、すいません、気にしないでください」


 気不味い沈黙になりかけたので、神崎は心中で禊三神にすべり神の厄祓いを祈願しながら説明を続ける。


「で、問題の、そのジンジャーとゆきこさんが迷い込んだ場所ですが、鳥居のようなものがあったんですね?」

「はい、錆びて、塗装?がぼろぼろに剥がれ落ちてて無惨な姿でしたが、鳥居でした、たぶん」


「なるほど」

 神崎はスマホでマップを見ながら逡巡する。画像にして、定規で直線を引いてみる。ビンゴだ。その画像をひかりに見せながら説明する。


「ひかりさん、これを見てください。赤線を引いたところです。これは、太陽ラインと呼ばれる地域を結んだものです。中心のここは伊勢神宮です。そこから東西に線が伸びているでしょう?」

「ええ、あ、ここが伊勢神宮か。」


「そうです。で、伊勢神宮から東に伸びる線上に鹿島神宮や香取神宮があります。これは、冬至の太陽の動きと一致します。」

「はい」


「で、拡大してみます。ほら、ここです。まさに、このGHの近くを通っているのが分かるでしょう?おそらく、ジンジャーくんと、ゆきこさんが居たのは、この線上の場所ということになります。で、そこには、鳥居のようなものがあったと言いましたね?」

「ええ、それは、わたしも見たので間違いないです」


「鳥居は、本来、神域と俗界を分ける結界の役割を担っています。近々、確認してみようとおもいますが、おそらく、その先には小さな祠が、それか、それに類似するものが存在しているはずです」

「祠…ですか?うーん、かねり暗かったので、そこまでは確認出来なかったです」


「いえ、大丈夫です。

ここからの話は僕の推測です。あくまでも。そのつもりで聞いて欲しいのですが、ゆきこさんとジンジャーくんは何らかの相互干渉によって、この世界とは違う世界、それは、この世界がある宇宙とは別の宇宙にある世界へと時空転送されたのだとおもいます。そこで、ひかりさんのお兄さんと出逢った。分かりますか?」


「へ?…あ、えっと…さっぱりわかりません」

「ですよね」

「あ、いや、わたし、物理と数学が大の苦手でして…すいません」

「ですよね」

「ですよね?」

「あ、いや、口が滑りました」

「口が滑った?」

 祓いきれなかったすべり神が残っていたようだ。口が滑ったのは、恐らく、そのせいに違いない。禊三神、我を守りたまえ。


「いえ、こちらこそ、何だか説明が下手ですいません」

「いえいえ、聞き慣れないだけですので、大丈夫です。神崎さんの考えを教えてください」

ひかりの言葉で、神崎は滑りかけた体勢を立て直す。禊三神の御利益に違いない。


「量子物理学という視点で見ると、宇宙は一つではないことが予測されているんです。そうではないと辻褄が合わない。それどころか、私たちが生きているこの世界の宇宙でさえ、何次元であるかも分かっていません。ひとつの仮説として、私たちを含めたこの世界は実際には存在しておらず、高次元の情報が投影された幻に過ぎないとも言われています。ええと、ここまでは、分かりますか?」


「……正直に申しますと、漁師(リョーシ)さんのくだりから、ちんぷんかんぷんです……」

「…ですよね」

「ですよね?」

「あ、すいません」

「いや、こっちが、なんかすいません…」

「ええと、ほら、よく子ども向けのアニメなんかで、パラレルワールドって出てきませんか?」

「ああ!それなら分かります!こないだ観た映画も、せっかく親友になったパラレルワールドの友達と別れて、もとの世界へ戻らなきゃならないやつで、号泣しちゃいましたもん」

「ええと、ひとまず映画の感想は置いておいて、イメージ出来ましたね?」

「あ、はい、出来ました!」


 神崎は胸を撫で下ろす。

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