第2話 メイドロボとお食事
「お疲れ様ですご主人様。人間向けの検査は医療ロボ一族でもいくらかデータが失伝しているようで、大変非効率的で疲れの溜まるものになってしまったかと思われます。さあどうぞ、ベッドへお戻りください。お食事のお手伝いをさせていただきますね」
メイドロボはいつの間にかあなたの病室にいた。
様々の『検査』を終えて病室に帰って来たあなたは、メイドロボがパイプ椅子めいたものを用意して座っている位置が、やたらとベッドから遠いことに今さら気付いた。
昨日、彼女と初めて会った日も、思い返せば、この、手を伸ばしても到底届かないような距離だった。
これは心の距離なのだろう──ロボットに『心』というものがあるかどうか、あなたにはわからないけれど。
あなたはベッドに横たわる。
シーツは異常なまでに清潔だった。感触も光沢も絹を思わせたけれど、やはり、この真っ白いシーツは、絹でもビロードでもない、何かよくわからない素材のような気がした。
ベッドに横たわると、ウィィィン……という音がして天井からテーブル用の板が伸びて来る。
それはあなたの身長・体格を計算して適切な高さ・位置で留まった。
「目覚めてからお食事を摂った記憶はないものと思われます」
そういえばそうだとあなたは思い出す。
だが、不思議とお腹は空いていなかった。
「あなたたちの感覚ですと恐らく、我々機械生命体は『食事など非効率な手段はとらない』と言い、どこかの穴にエネルギーを直接注入するような『食生活』を送っていると想像されているのでしょうね。けれど、我々は非効率を嫌いません。というより、人間程度の知能で想像できる『効率的』というものは、実際のところ、まったく効率的ではないのです」
あなたはぼんやりと話を聞いていた。
検査で疲れていて話がよくわからなかったというのもあるが、メイドロボの声はただ聞いているだけでも落ち着くような、美しいものだった。
「……理解力評価を下方修正します。ともあれ、我々も食事をとります。が、我々の食事が人間という脆弱な生命にとって栄養となるか毒となるかわからなかったものですから、これまでは栄養素を直接あなたの体に転送していました。……そういえば人間の文明が滅びたころには、『転送』の技術はなかったのですね。あなたたちのSF小説にある『テレポート』が概念として近いでしょう」
あなたは思わずお腹を押さえた。
まったく意識していなかったが、栄養が直接転送されていた……それは不思議なような、怖いような、そういった感慨をあなたに呼び起こしたのだ。
「……あなたが想像しているような、大雑把な『転送』ではないのでご安心を。さて、本題へ移りましょう。我々もまさか人間が発掘されると思っていなかったものですから、あなたが見つかり、目覚めてから、慌てて過去の『人間』にまつわるデータを洗い直し、あなたのお世話プランを練りました。そして、人間はやはり食事を楽しむものだろうという結論に至りまして、本日は、食事を用意して参ったのです」
言われた途端、お腹が鳴る。
するとすぐさまメイドロボのセンサー類が稼働する、わずかな音がした。
「……空腹期収縮でしたか。良かった、異常とは呼べない現象のようですね」
その声は、一貫して冷たいメイドロボの声音とは思えない、安心したような感情があった。
「ああ、何か勘違いをされると困るので申し上げておきますが、わたくしは、あなたという『希少な生物』の健康管理を担っている存在ですので。あなたの心身の健康に注意を払うのは当然のことです。あまり『メイドロボ』という存在に、過去の人類が抱いていたような期待を抱かれても困りますので、その点はご注意を」
メイドロボに対する期待……
あなたは少し想像しようとしてみたが、
「そういうわけで、人間用の食事を本日はご用意してあります」
彼女が話を進めるので、彼女の言葉に集中する。
「人間の好むものをデーターベースから発掘し、人間に食べられる素材を用いて作成したものです。どうぞ」
彼女が指し示すと、すでにテーブルの上には『食事』があった。
それはオムライスだ。
メイドロボの顔と思しきデフォルメの図が描かれた三角の旗が立てられている。
半熟のオムが室内照明を受けて煌めいており、立ち上るケチャップライスの甘酸っぱい香りがなんとも食欲をそそる逸品だった。
ただ一点、あなたはこのオムライスに不足しているものを発見する。
「ええ、わかっております。我々はデータベースを発掘し、人間用オムライスを発見しました。そして、そのオムライスは、人間──『ご主人様』の目の前で、『ある工程』を行うことで、ようやく完成するのです」
その時、メイドロボが立ち上がる。
彼女の手には『何か』があった……
それは、ケチャップの入った容器だ。
アメリカっぽい形ではあるけれど、あなたの記憶にもあるケチャップの容器で、中身も、あなたの記憶にあるケチャップそのものに思われた。
「それではこれより『心』を込めさせていただきます」
彼女がこわばった──こわばった? 緊張している?──声音で言いながら、オムライスの上でケチャップの蓋を開き、ハートマークを描き始めた。
とてつもなく正確なハートマークだった。あなたは工場で何かを大量生産する動画で、レーザーで焼き印をつけるシーンを見たことがあるかもしれない。そういった光景を思い出すだろう。
「……何かご不満が?」
彼女の声に圧力があって、あなたは慌てて否定した。
「それでは、お召し上がりください」
そう言われるのであなたがスプーンをとろうとするのだが、それより前にゆっくりと、しかし淀みない動作で伸びて来た手が、あなたのスプーンをさらった。
視線を手の主に向けると、スプーンを持ったメイドロボが、いつもの無表情で、ショベルカーを思わせる正確な動作でオムライスにスプーンを入れ、軽量機能がついていることが想像に難くない量のオムライスをとり、あなたの口へ運んでいる。
「あーん。……何を固まっているのですか? メイドロボの作法では、こうすることになっているのです。そもそも、あなたは脆弱で希少なのですから、久しぶりの食事に興奮して、多めの量を一度にとって、喉に詰まらせるなどしたらどうするのですか。わたくしの軽量は正確です。さあ、口を開けてください」
あなたの耳に、フィィィィィィン……という音がする。
それはパソコンに重い動作をさせている最中のファンの音によく似ていた。
「早く」
なんの音だろうと思ったけれど、彼女の圧力には勝てない。
あなたは口を開く。
彼女は優しい手つきで、あなたの口の中にオムライスを入れた。
オムライスの味は、完璧だった。
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