第8話休日
官吏には休日はあるが、護衛騎士はどうなのだろうか。
その疑問はすぐに解決された。
護衛騎士に休日はない。
たとえ僕が休みだろうが、護衛騎士は護衛に徹するらしい。
それが仕事だと言われれば、僕には何も言えなかった。
だが、僕が私服なので、ディノスも私服だ。帯剣はしているが。
とはいえ、どう見てもディノスの私服の方が高価な生地を使った高い服だ。僕の方は洗いざらしの平民服なので、二人で並ぶとどうしてもちぐはぐな感じになってしまう。
そんな僕らを、奇異な目で見る人がいる。
そりゃ確かに気になるよな。僕だって気になると思う。でも仕方ないんだ。僕は印章官で彼は護衛騎士なんだから。
「君も大変だな。どこに行くにもついて行かなきゃならないんだから」
「そうでもありませんよ。市場も楽しいものです」
僕の休みの日。朝から市場に立ち寄った。
市場は賑やかで、料理を売っている露店が点在していた。
どこの露店で朝ご飯を買おうか悩みつつ、背後のディノスに話しかける。
「そう言えば君はどこに住んでいるんだ? 子爵の屋敷かい?」
貴族たちは自分の屋敷から出仕することがある。
僕のような平民も、自分の家から出仕することは可能だが、片道二時間くらいかかるような立地なので、大概兵舎に入ることになる。
「近衛騎士団の兵舎ですね」
「案外僕の兵舎と近いんだな」
「はい。ですが、出来ることなら同じ兵舎で寝泊まりしたいところです」
「その心は?」
「少しでも長く護衛が出来るので」
「仕事熱心と言えば良いのか、心配性だといえばいいのか」
僕が呆れたように言えば、微笑して受け流すディノスだ。
「お、旨そうな焼き鳥だ。今日は焼き鳥にしようか」
「いいですね」
僕は焼き鳥の串を六本買った。三本をディノスに渡す。
「これは僕からのおごりだ。命を助けてもらったしな」
「あれは任務のうちですから」
「いいんだ。焼き鳥三本分の命と思って受け取ってくれ」
「安すぎませんか」
苦笑しながらディノスが串を受け取る。
「貴族にとっての平民の命なんてそんなもんだろ」
皮肉を言ったつもりは無かった。それが事実だと思っていたからだ。
だが、ディノスの眉間に皺が寄った。
「そんなことを言わないでください。私にとっては平民も貴族も関係ありません」
「……それはすまなかった」
「いえ、分かってくださればいいんです」
叱られてしまった。
僕はしおらしく焼き鳥にかじりつく。塩味と鳥の脂が口の中で混じり合って旨かった。
旨い旨いとバクバクと食べていれば、僕の隣で上品な食べ方で、それでも器用にディノスも串焼きをかじっていく。
彼が元平民だったというのは本当なんだろうが、こうも食べ方に差があればやはり出自を比較してしまう。
いつもの癖で鶏肉に齧りついたが、もう少し僕も綺麗な食べ方になりたいものだ。
食べ終えた三本の串を見ながら、僕は決意する。
うん、次回からだな。次回から気をつけよう。
朝食を食べ終えた僕らは、王都の南地区にある孤児院を目指して歩いた。
ダグロス王国の孤児院は、主に貴族たちのお布施で成り立っている。「貴族の精神」とやらを示すのに丁度いい対象だそうだ。
毎年それなりの寄付が寄せられるというが、それでも各地区の孤児院に分配する頃には、なぜか運営費がギリギリになるという。
どこかで運営費がちょろまかされている可能性が高いんだろうけど、それを正す権限は僕には無い。
確実に寄付が運営費として使われるためには、孤児院に直接出向くしかなかった。
「ここが僕が居た孤児院だよ」
僕はディノスに紹介する。街外れの丘の上にある孤児院だ。下位貴族の屋敷だったものを買い取ったと聞く。
屋敷の裏側には、沢山の洗濯物が干されていた。なびく洗濯物の間から、一人の老婦人が現れた。
「あらまあ。誰かと思えばセレストじゃない」
「グロリア院長、久しぶり」
僕を育ててくれた養母とも言える人。グロリア=フィノン院長だ。
元々男爵令嬢だったそうだが、紆余曲折を経て孤児院の院長を務めているという。その紆余曲折部分は女の秘密よ、と教えてくれない。
「まあまあ。素敵な殿方と一緒ね。ついに結婚の報告かしら」
時々呆けるのは、年のせいじゃないと思いたい。
「なんで結婚なんだよ! 違うよ。僕の護衛騎士だよ」
「騎士様? セレスト、貴方いつの間にそんなに偉くなったの?」
「印章院に勤めたって説明したじゃないか……」
「お城に勤め始めたとは聞いたけれど、騎士様が同行するようなお仕事なの?」
「そんな感じだよ」
僕たちの目の前までやって来たグロリア院長は、ディノスを見上げ微笑んだ。
「ようこそいらっしゃいました騎士様。セレストのことをよろしく頼みますね」
「お初にお目にかかります、レディ。私はディノス=クロスターです。以後お見知りおきを」
爽やかな笑顔とともに、胸に手を当て会釈するディノス。
グロリア院長の頬がぽっと赤くなった気がした。
「まあ、こんなおばあちゃんに丁寧なご挨拶いただけるなんて。嬉しいわ」
まるで少女のように喜ぶグロリア院長。やっぱりディノスは天然のタラシだ。
ディノスを見上げ、目を輝かせるグロリア院長を見ながら、僕はため息をついた。
「変わりないようで安心したよ。冬支度の準備の時期だと思って、少ないけど」
僕はズボンのポケットから金貨が入った袋を手渡した。
「……いつもありがとう。大切に使わせてもらうわ」
グロリア院長はその袋を大切そうに手で包み込み、少しだけ泣きそうな顔をした。
本当は受け取りたくないんだろう。
巣立った子供にいつまでも孤児院にこだわって欲しくないと思っているに違いない。でも、資金繰りは切実な問題で。
そんな気持ちがあるんだろうなとは思うが、僕は彼女に無償の愛というものを教わった。
この世には見返りを求めない、素晴らしい感情があるのだと知れただけで、この場所を守ろうと思うには十分な理由になる。
「あ、セレスト兄ちゃんだ! にいちゃーん」
孤児院の玄関から、少年が三人飛び出してきた。
「わあ、兄ちゃん、婚約者連れてきたの?!」
「まじかよ。兄ちゃんやるぅ」
「マリアにも教えてやらなくちゃな」
口々に勝手なことを言ってくれる。俺は最初にやってきたケリィの頭を小突いた。
「勝手に結婚させるな。彼は婚約者じゃない!」
「えぇー、だってセレスト兄ちゃんが誰かを連れてくるの初めてじゃん。マリアが言ってたもん。一緒に連れてきた人が婚約者だって」
「お兄さん、本当にセレスト兄ちゃんの婚約者じゃないの?」
「セレスト兄ちゃんはお買い得だよ。魔石鑑定士だったし、お城にも務めてるから、食いっぱぐれないよ」
ディノスに群がるリノとマルクスを引き剥がす。
お前達はどこでそんな言葉を覚えてくるんだ。
ディノスも驚いた顔でリノたちを見下ろしていた。子供とどう接すれば良いか分からないと言った顔だ。
「お前ら離れろ。彼は僕の護衛騎士で仕事中だ! 仕事の邪魔をするんじゃない」
「えぇー、本当に婚約者じゃないのかよ」
「でもかっこいいよね。セレスト兄ちゃん面食いだからいけるんじゃない?」
「そうだよね。兄ちゃんとならお似合いだ」
好き勝手なことを言う少年らの口を塞ぐ事が出来ない。まとわりつくケリィを引き剥がしながら「いい加減にしろ」と僕はわめいた。
「こらこら、そこまでよ。お客様の前で騒ぐのはよくありません。ケリィ、リノ、マルクス、日課のお勉強は終わらせたの?」
グロリア院長の言葉で、子供達がピタリと動きを止めた。視線が彷徨う。さては勉強の途中で抜け出してきたな。
「お前達、しっかり勉強しないと、僕のように立派な大人になれないぞ」
「そうよ。セレストのようにお城で頑張って働ける道もあるのですから、勉強を頑張りましょうね」
グロリア院長は子供達の背中を押す。子供達も仕方なくと言った風に、孤児院に戻った。
「また遊びに来てくれよな兄ちゃん。そっちの騎士様も」
「じゃあね、兄ちゃん」
「じゃあね」
嵐のような時間が過ぎた。一息つくと、隣で固まっていたディノスも息を吐いていた。
「すまなかった。うるさい奴らで」
「いいえ。その、すみません。子供に慣れていなくて」
「あれだけやかましいのは中々いないよ」
「ふふふ、みんなセレストに会えて嬉しいのよ。こんなところで立ち話もなんでしょう。中に入って?」
「いや、もう僕たちは帰るよ。用事は終わったし」
「まあ、お茶の一杯も用意させてくれないの?」
グロリア院長がそう言う。だが、そのお茶一杯も貴重だった時代を僕は知っている。今もそう変わらないはずだ。
「実はこの後に他の用事があるんだ。院長、すまない」
「そうなの。それは残念だわ」
僕はグロリア院長に別れの挨拶をして、孤児院を後にした。
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