第6話寝坊

 朝だ。

 僕はぼーっとする頭のまま、ベッドの上で目を擦る。

 

 服飾ギルド長の屋敷を訪ねたのが昨日。クロウは僕とディノスを兵舎前で降ろすと、城に向かって馬車を走らせていた。きっとウェルス侯爵に顛末を報告するに違いない。それから指示が飛んでくるとするれば、今日か明日には指輪探しだ。

 

 僕は印章官であって警吏じゃないんだがな。

 そう思いながら背伸びをする。壁掛け時計を見上げ、悲鳴を上げた。


「八時だやばい!」


 ディノスとの毎朝の集合時間の約束が八時だった。

 僕は寝間着を脱ぎ捨て、箪笥から上着とズボンを取り出す。アワアワしながら着衣をすませ、魔法士の制服を羽織る。ブーツを履いて部屋を飛び出た。

 

 兵舎の玄関ホールまで駆け出すと、ホールの柱にもたれ掛かり、僕を待っていたディノスが居た。

 窓から朝日が降り注ぎ、彼のダークブラウンの髪を明るく輝かせていた。彼だけ浮き出て見えたおかげで、玄関ホールにはディノスのように護衛騎士が何人か居たが、すぐに彼を見つけることができた。


「はぁ、はぁ、すまない、寝坊した」

「……」


 謝る僕。恐る恐るディノスの顔を見れば、驚きの表情だ。

 そして「ふふふ……」と笑う。

 彼の手が僕の頭に伸びる。そして後ろ髪を梳いた。


「寝癖がついてます。まだ時間はありますから、身だしなみを整えてから、いらしてください」

「あわぁあああ」


 僕は両手で顔を覆う。

 恥ずかしい。どう考えても僕の方が年上なのに。


「その様子だと、朝ご飯もまだでしょう? 途中のパン屋で何か買って行きましょう」

「そうする」


 僕は顔を押さえたまま、部屋に戻り水魔法を使って髪を整えることになった。

 身支度を調えた僕は、ディノスと共に兵舎を出た。

 王城に向かう途中で、焼きたてのパンを売っている店に立ち寄った。

 バゲットに野菜を挟んだ物を買って、かじりながら歩く。

 時間が無いから仕方が無い。大口でパンを食べてしまう。


「喉を詰まらせますよ」

「大丈夫だ。問題ない」


 ディノスの心配をよそに、さっさとパンを食べてしまった。

 手についていたパンくずを払い、息を吐けば朝日に照らされる城がまぶしく見えた。

 登城する官吏や兵士に交じって、僕らも衛兵が立つ門を潜る。

 通い慣れた通路を通って、石材倉庫の鍵が保管されている守衛室に向かう。

 顔見知りになった守衛から鍵を預かり、倉庫の扉を開けた。

 

 石材倉庫が僕の執務室のようになって久しい。

 石材管理部の部屋に、一応僕の机もあるけれども、あそこは月に一回の事務作業くらいでしか使わない。僕の仕事のほとんどは魔石の仕分けだからだ。

 だから石材倉庫の隅にある机で、一息つくのは自然なことだった。


「はぁ、落ち着いた」

「それは良かったです」

 

 僕が息を吐けば、笑いを堪えながらディノスがそう言った。

 元々ここには一つの机と一脚の椅子しかなかった。だがディノスが来たので、守衛にお願いして椅子を追加してもらった。

 その椅子に座り、僕の隣で優雅足を組む彼に言う。

 

「君は寝坊しないのか」


 嫌みを込めて言えば、ディノスが少し考え込んだ。


「そうですね。寝坊した記憶はありません」

「嘘だろ。人生において一回や二回はあるだろ」

「朝はすんなり目が覚めますので……寝坊した記憶が思い出せないんです」


 体質か。体質なのか。悔しいぞ。

 僕は朝が弱い。とくに冬の朝はいつまでもシーツに包まっていたい。

 そんなことも、この涼やかな顔をしている男には無いのか。


「それは羨ましい限りだな。今度から迎えだけじゃなくて、僕を起こして貰おうか」


 悔し紛れにそう言えば、ディノスが「それはいいですね」と笑った。


「貴方の側に居られる時間が長くなります」

「…………」


 天然のタラシだ。僕は沈黙する。

 彼の側に居たら心臓がいくつあっても足りないぞ。

 ドキドキする心臓に舌打ちすると、僕は椅子から立ち上がった。


「さあ仕事だ、仕事! 昨日から仕事が溜まってるんだ。終わらせないと」

「分かりました」

 

 強引に話を切り上げた僕を笑いながら、ディノスも椅子から立ち上がった。

 ちなみに執務時間というのは厳密には決められていない。

 だいたい朝の九時頃から、城の鐘が午後五時を知らせるまでだ。仕事に片がつけばそれくらいで帰ることが許される。

 

 まあ、仕事が終わらなければ、城の鐘が幾ら鳴ろうとも帰れないわけだけど。

 昨日は午後一杯ギルドに行っていたから、仕分けすべき魔石が溜まっている。

 

 同僚達の姿は見えない。だとすれば僕らがやるしかないだろう。

 皮の手袋と麻袋を掴んだ僕。手慣れた手つきで木箱の箱を次々と開けていくディノス。

 さて、今日も働くか。

 魔石に手を突っ込み、一等級の魔石を探し始める。

 僕とディノスが魔石の仕分けを初めて半日。またしてもフラリとクロウが現れた。


「明日は朝から番頭の家に行くぞ。兵舎に馬車を寄越すから今日みたいな寝坊するなよ」


 彼はそれだけ言い残してまた消えた。

 僕は思わずディノスを見る。


「なんでクロウが今朝のことを知ってるんだ?!」

「さあ。ですが、あの場には私以外の護衛騎士が居ましたからね……」

 

 僕は頭を抱えた。護衛騎士の情報網からどこまで広がっているのか恐ろしい。

 

「本気で君に起こして貰わないと駄目かもしれないぞ、僕……」


 それはそれで噂になりそうだが、寝坊よりはマシな気がしてきた。


「セレストが望むのであれば」


 にっこりと笑うディノス。この笑顔に溺れたら、僕自身がどんどん駄目になっていくような気がしてきた。


「いや、もう少し頑張る」

「それは残念です」

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