第16話 あの日から20年

「大雅、優輝ちゃんとこ

早く行ってやれよ

後は任せろ

俺のMCで会場全体

爆笑の渦に

巻き込んでやるから』


「ありがとう匠

ありがとうみんな」


歓声がまだ遠く響いている中、匠がマイクを置いた大雅の背中を叩いた。


「最高だったぞ、大雅。行ってこいよ、父ちゃん!」


そのときだった。


「おーい、大雅くん!」


ステージ裏の通路に、水色のクラシックなミニクーパーが停まっていた。

降りてきたのは、ジオラマフィルターズのドラム・北条仁と、ギター・新堂直人。



「大雅くん、聞いたよ。双子なんだろ? すげぇじゃん。とりあえず早く乗って!免許とったばかりだから道迷わないように急ぐけど」


「ジン、大丈夫だよ。うちの病院だからさ、道案内も完璧だよ。信号も裏ルートで抜けよう!」


「……まじかよ、恩人ばっかりだな。ありがとう」


ミニクーパーは夜の東京を滑るように走り抜ける。

信号が青へと変わるたび、大雅の鼓動も高まっていく。


新堂病院・産婦人科


大雅が病室のドアを開けると、ベッドに横たわる優輝が、疲れた表情でそれでも微笑んでいた。


彼女の隣には、小さな保育器に双子の赤ちゃんが並んでいた。


「優輝……ありがとう。あいしてる」


「赤ちゃんなんだから、そんな持ち方じゃダメよ……でも、ちゃんと聴いてたよ。あたしの、好きな音だった」


大雅は、保育器をのぞきこむ。

透明なカバーの中、小さな手がゆっくりと動いていた。

看護師がそっと手を添える。


「男の子と女の子、両方とも元気です。……お父さん、抱いてみますか?」


大雅は震える手で、まず男の子を、次に女の子を優しく抱き上げた。


彼の目には、ライブよりも眩い光が映っていた。


「お前たちに、俺の全部の音、聴かせてやるよ」


優輝は、ほほえみながら目を閉じ、涙を一粒、こぼした。



成人の日の朝。大きな窓から差し込む冬の日差しが、部屋の中をやさしく照らしている。


母・雨宮優輝は、カメラのファインダー越しに二人の子どもたちを見つめていた。


紺色の羽織袴を着た雨宮慈武(いつむ)と、

淡いピンクと桜模様の振袖を着た雨宮想來(そら)。


――あの日から、もう20年か。


(慈武、あなた……大雅の若い頃にそっくりよ。背筋の伸ばし方も、目元も、ちょっと照れた笑い方も。

想來だって……振り返る人が皆、目を見張るくらいの美人になっちゃって)


カメラのシャッターが、静かに響く。


カシャッ。



「……母さんと父さんのさ、出会いの馴れ初めとか、ちょっと聞いてみたいかも」


「え~、お兄ちゃんだけズルい!

ママとパパがどうやって出会ったのか、あたしも知りたーい!

なんかさ、バンドがどうのって前にチラッと聞いたような……?」


優輝はシャッターをもう一度切りながら、すこしだけ口角を上げた。


「面白い話じゃないわよ。……だから、お父さんには、私から聞いたって言わないでよね」


慈武と想來が、顔を見合わせて笑う。


「えっ、それって何、父さんの方は“運命だった”とか言ってるパターン?」



「絶対そうだよ!“最初から俺はビビッと来てた”とか言ってそ~」


優輝は笑いながら、カメラを脇に置いて、少し遠くを見るように目を細めた。



「――夢を追いかけてた若い男がね、バカみたいに真っすぐでさ。

ライブの直前に私が産気づいても、私が『行ってきて』って言ったら……泣きながらステージに立ったの」


慈武も想來も、口を開けてぽかんとした。



「……まじかよ……」


「それもう、映画じゃん……」


「映画じゃないのよ。あんたたち、あの武道館の夜に、生まれたんだから」


静かな時間が流れる。


「ふたりが5歳の時に引退したから

知らないかぁ?


父さん格好良かったんだから

わたし、父さん達のファンだったのよ


匠くんがバイク事故で亡くなって

もう15年も経つのかぁ


匠くん光莉ちゃんの好きな金木犀を結婚記念日に花束にして花屋で買った帰り道だったの!!


早いわね、匠くんの事ふたりは覚えてないかしら、よく遊んでもらってたのよ」


慈武と想來は前のめりになりながら

優輝の話の続きを急かすように催促する。


「父さんね、ギター弾いてたのよ。

あっ、匠くんがドラムね。ふたりで組んでたバンドがSixFiveTwo(シックスファイブツー)って言って、結構人気だったのよ」


慈武と想來が目を丸くして前のめりになる。


「え!? え、それ、もしかして……YouTubeに動画あるやつ?」


「“武道館の涙のMC”とかってタイトルの……?」


優輝は驚いて、笑みを浮かべた。


「……見たのね。まさか、あなたたちがあの動画を知ってたとは思わなかったわ」



「それ、ずっと前に偶然見つけて。

ギターの人が“俺、パパになっちゃった”って泣いてて、

すっげぇ感動したんだよ。あれ……父さん?」


優輝はうなずいた。



「そう。あれ、あなたたちが生まれた夜のこと。

武道館のライブ中に、私が病院から電話したの。

“行ってきていいよ”って。

……あの人ね、夢と家族をどっちも選ぼうとしたのよ。あんな無茶な人、他にいないわよ」


想來が、そっと優輝の膝に手をのせる。



「ねえ、匠くんって人……どんな人だったの?」


優輝はふと顔を曇らせながらも、すぐに優しい表情で語り始めた。



「長山匠くんはね、ドラムを叩く姿が誰よりも楽しそうでね。

うちの双子にもよく会いに来てくれてたのよ。

“パパとママの宝物だろ?”って、あなたたちをよく抱っこしてくれてた。

……でもね、バイクの事故で亡くなったの。あれからもう15年。早いわね」


慈武が、何かを思い出すように言った。


「……たぶん、覚えてる。

でっかい声で笑う人……“いつむくーん、男は泣いたっていいんだぞー”って、よく言ってた気がする」


想來も目を細める。


「あたしも、“そらは女優になる!”って言ったら、

“じゃあ将来はライブで主役やってくれ”って言ってくれた気がする。……うろ覚えだけど、優しい人だった」


優輝はふたりを見つめながら、涙をこぼす。



「……ふたりとも、覚えててくれてありがとう。

匠くん、きっと天国で喜んでるわ。

こんなに立派に育ったあなたたちを、見てるはずよ」


部屋に一瞬、静寂が流れる。


その静けさを破るように、玄関のドアが開く音がした。


ガチャ。


「ただいまー」


雨宮大雅が買い物袋を手に入ってきた。


「お、なんだなんだ、家族で泣いてた? また俺の話で盛り上がったか?」


想來と慈武が一斉に笑い出す。


「うん、もう全部聞いちゃったから、父さんの脚色なしでね!」


「あの動画の人、父さんだったって知って、ちょっと泣きそうだったよ」



「……やべぇな、それ。

じゃあ今夜は、匠の話もいっぱいしてやるよ。

あいつ、うるさくて、アホで、でも最高のドラムだったからさ」



「あなたにちょっと感謝してるわ。あの夜、あなたが“夢を選んでくれた”こと」


大雅は、優しく微笑んで言った。



「いや、あの夜、俺はお前に背中を押されただけだよ。

……家族が、夢だったからさ」


「へぇ、意外だね。ロックかぁ。

父さん、見た目は穏やか系なのに……バンドやっててモテてたんだ~」


「匠おじさんって、写真でしか覚えてないけどさ。

いつもニコッて笑ってる、優しそうな人だよな」


優輝がふっと、柔らかく笑った。


「そうね……とても優しい人だったわ」


慈武がちょっと茶化すような声で言った。


「なんか、匠おじさんの話してるときの母さん……

元カレ思い出してるみたいだったよ?」


優輝は、くすっと笑って慈武と想來を見ながらおどける。


「ふふっ、バレた?」


「マジかよ!? え、え、マジで!? 匠おじさんと母さんって――」


想來がすかさずツッコむ。


「略奪愛!? やるじゃん父さん!」


優輝は笑いながら、手を振って否定する。


「違うのよ。そんな派手なものじゃないの。

……ただの、三角関係の恋だったの」


ふたりの子どもが同時に「えっ!?」と声を上げる。



「友情か恋か、どちらを選ぶか。

父さん、最後まで悩んでた。

でも、最終的には――両方選んだのよ。

よくばりさんよね。ふふっ……」


静かに語るその声に、慈武と想來は言葉を失いながらも聞き入っていた。



「映画のエンディング曲にも使われてたし、当時は話題にもなってたのよ」



「え、じゃあほんとに有名だったんだ……!」


「ええ。あなたたちが生まれた日――

父さん、武道館のステージに立っていたの。

双子が生まれたってMCで話したら、会場中が拍手して、1万人がふたりの誕生を祝ってくれた。

……ふたりはね、1万人に祝われてこの世に出てきたのよ」


「……なんか、嬉しいかも。

知らなかったけど、私たち、すごい日に生まれたんだね」


「……誕生日が、誰かの夢の叶った日って、かっけぇな」


優輝はふたりを見つめて、静かに頷いた。


「その日、いろんな夢がひとつになったの。

音楽の夢、命の夢、仲間との夢――

全部が交差した日だったわ。

……あなたたちが、その証人なのよ」


ふたりはゆっくりと、うなずいた。


そしてその夜。

部屋の片隅にあった古いギターケースを、慈武がそっと開けた。


中にあったのは、かつて天野翔から受け継がれた、あのIbanez UV77SVRを慈武は手に取りながら


「……父さん、最初にどんな音を鳴らしたのかな」


想來が横に座りながら、ぽつりと呟く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る