第9話 赤タクミンオフ会で少年と出会う!!

「明日、優輝ちゃん呼んで呑みに行かない?」


「いいね明日、朝はゲームのオフ会あんだよね!その後ならいいよ、こないだ雰囲気いいbar見つけたんだよそこ行く?店内こんな感じだよBLACKCATって言うんだ」


「おお、いいじゃん。名前もカッコいいなブラックキャットって。匠らしい趣味だな」


「照れるわ。マスターがまた渋いオヤジでさ、ジャズが静かに流れてて…酔っ払いもいねぇ。優輝ちゃんも好きそうな雰囲気だと思うぜ」


「そういうとこでちゃんと彼女連れて来れるの、なんだかんだ匠ってオトナよな」


「いやいや、彼女じゃねぇし……ってか、お前が言うなっつーの。優輝ちゃん、お前のこと完全にロックオンしてるっぽいしな」


「……いや、そうでもないよ。俺、まだちょっと自信ない」


匠は手元のスマホを一時停止して、大雅の顔を見た。


「お前さ、そういうとこ。いっつも中途半端にカッコつけて逃げようとする。逃げ癖はもう卒業しとけよ。海月みてぇに、光の方進めって優輝ちゃん言ってたろ」


「……あの時の話、聞いてたんだな」


「そりゃ聞こえるよ。お前ら声でけぇし。まぁでも、あれはちょっと羨ましかった。あんな風に真っ直ぐ誰かに言ってもらえるなんてさ」


「……悪いな、匠。お前の優しさには、何度も助けられてる」


「助けた覚えはねーけどな。ほら、煙草とプリンよろしく」


「はいはい、特大な!」


匠は少し遅れて、スマホをポケットにしまい、肩をすくめて言った。


「しっかし……どいつもこいつも青春してんなぁ、ちくしょうめ」



匠は趣味でネット仲間とのシューティングゲームのプレイ実況で赤タクミンちゃんねるとして生配信している。


「赤タクミンちゃんねる、今日も来てくれてありがとー!」

昨夜の配信のコメントが頭をよぎる。バンドマンの顔と、ゲーム実況者の顔。

どっちが“本当の長山匠”なんだろう。


シャッター通りの夕暮れ

夕焼けが色あせたアーケードの屋根を、斜めに照らしていた。

シャッターの閉じた店が並ぶ通りは、壁にスプレーで描かれた悪趣味な落書きだけがやたらと主張している。


長山匠と大雅は、その通りを肩を並べて歩いていた。

並んで歩くだけで妙に目立つ二人組らしく、通りすがりの人たちがちらちらとこちらを見てくる。


匠はそんな視線を無視して、スマホをいじる手を止めなかった。画面に表示されたゲームのスコアに集中しているようで、でもどこか落ち着きがない。


「……なあ、匠、それ食っていいって言ったか?」

唐突に声がして、匠は顔を上げた。大雅が手に持っていたビッグマックに、知らぬ間に自分の歯が食い込んでいたことに気づく。


「パクッ。余所見してるお前が悪い」

モゴモゴと口を動かしながら匠は言う。妙に勝ち誇ったような顔で。


「うわ、俺のビッグマックぅ……バナナシェイクはやらねぇぞ」

大雅が呆れ顔で笑う。


「スキありぃー。……うん、美味だな」

匠はさらにもうひと口。大雅の口元が笑っていた。


「匠、さっきから何のゲームしてんの?」


「シューティングゲームだよ。オリャ!この……死ねっ!!」


言いながらスマホの画面をスワイプしまくる匠。親指の動きが早すぎて、もはや何が起きているのか分からない。


「煙草切れたから買ってくるわ」

大雅がポケットを探りながら、足を止めた。


「え、煙草?……俺のも買ってきてよ。緑の迷彩柄のやつ。強いなぁ!あと……特大プリン、ホシイ」


「匠、セブンスターだっけ?……プリンはコンビニな。ってかお前、さっき人のバーガー食っといて図々しいな」


「いいじゃん、友情ってそういうもんだろ」


大雅は苦笑しながら歩き出し、匠はスマホに目を戻した。

夕暮れのシャッター通りに、二人の笑い声がしばらく残っていた。


ビートの抜けた日々

ミーティアライトが解散して、どれくらい経ったのだろう。


ファンも、大雅も、マネージャーもそれぞれの道を歩き出している。

匠も、そのひとりのはずだった。


けど、正直いって実感がない。


ライブのラストでスティックを空に投げたときも、大雅と抱き合ったときも、何か芝居をしてるような気がしてた。

あんなに騒がしかった日々が、突然パタリと終わった。


朝起きて、何も予定がない。

練習も、ライブも、レコーディングもない。


俺は、何となく始めたYouTubeで、ひたすらシューティングゲームの配信をしている。

最初は冗談半分だったけど、気づけば国内ランカー9位になっていた。

チャット欄のコメントも、だんだん「うまい」より「この人、何者?」が増えてきた。


再生回数は中々。

“赤タクミンちゃんねる”も、それなりに回ってる。ピクミンという昔のゲームと自分の名前をもじったアカウント名だ。


けど、カメラの外にある、スティックの置き場を見ると、ズキンと来る。


叩いてない。

ずっと、叩いてない。

音が、ない。


たまに指が、空中でスネアのリズムを探してる。

ゲームパッドを握りながら、ハイハットを想像してる。

俺は、多分“はまると廃課金者”ってタイプだけど、それ以上に――“何か叩いてないと落ち着かない”人間だったんだと思う。


スティックを握りたい。

また、あの音に包まれたい。


ゲームのオフ会、午後の陽だまりの中で

日曜の午後、匠はちょっとダサめの帽子を目深にかぶって、待ち合わせ場所のファミレスに入った。


「……赤タクミンさんですよね?」

声をかけてきたのは、高校の制服を着た細身の少年だった。


見た目はどこにでもいるような男子高校生。けれど、目だけはやたらと真っ直ぐで、無邪気なほどに輝いていた。


「……ああ、うん。そうだけど。まさか、本当に未成年だったとはな」

匠は少し肩をすくめて笑う。


ドリンクバーでコーラを注ぎながら、少年が口を開いた。


「俺、たくみさんに憧れて、バンド組んだんすよ。高校の文化祭でドラム叩いたとき、死ぬほど緊張したけど、最高に楽しかった」

「……そうか、それは光栄だな」


「最初、“赤タクミンちゃんねる”で声聞いたとき、もしかして……って思って。

昔、ミーティアライトのライブ、親に頼み込んで一回だけ行ったことあるんす。あのときのドラム、今でも覚えてます」


匠は口元に手を当てて黙った。

“解散してから、そんなに時間が経ったのか”

どこか現実味がない感覚だった。


「でも……たくみさんって、もうロックは捨てちゃったんですか?」


少年は悪気なく、純粋な顔でそう訊いた。

真正面から。疑いもなく。


その言葉が、胸の奥の、まだ塞がっていなかった部分にスッと入ってくる。


匠は少しだけ目を細めた。

思わず、テーブルの下のリュックに入れたままのスティックの感触を思い出す。


「……捨てたわけじゃない。置いてきただけだよ」

静かに、でもはっきりとそう言った。


少年は頷いたあと、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、また拾ってください。俺、また見たいんで」


言葉が軽くなくて、刺さらなかった。

むしろ、久しぶりに“誰かの期待”が、少しだけ温かく感じられた。


匠は、目を伏せて小さく笑った。

スマホの通知が鳴る。今夜の配信時間を告げるリマインダーだった。


「……バンドってのは、すぐに再起動できるもんじゃないけどな」

「でも、音楽ってログアウトはしても、アンインストールはしないもんでしょ?」


匠は、笑いながらドリンクを飲んだ。

少年の言葉が、やけに沁みた午後だった。



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