17.ああ、三十分が限界だな
……これってストーカーじゃないか?
俺は今、レオンとルナの後ろをコソコソついて歩いている。隣にはペルフィがいて、二人とも透明化魔法で姿を消している状態だ。
さっきまでの経緯を思い出す。中央広場で二人を見つけた瞬間、ペルフィは「うわああ!ちょっと待てええええ!」って叫びながら走り出そうとした。俺は慌てて彼女の腕を掴んで——
「カーム・マインド!」
必死に冷静魔法を唱えた。まだ魔力が少し残っててよかった。
「はっ!?私、何を……」
「いいから落ち着け。今は演習中だろ?」
「でも!でも!」
まあ、確かにその方向だけど。
でもなんで異世界にラブホテルなんてものがあるんだよ。魔法があるなら家でバリアでも張ればいいじゃないか。わざわざ金払って部屋借りる必要ある?それとも家だと親にバレるとか、そういう生々しい理由があるのか?異世界なのに妙に現実的だな。
「『インビジビリティ』」
ペルフィが呪文を唱えて、俺たちの姿を消した。俺はもう魔力がスッカラカンだから、彼女に任せるしかない。朝のサモン、さっきのカーム・マインド、もう限界だ。異世界転生したのに魔力がこんなに少ないなんて、詐欺じゃないか。
前を歩く二人の会話が聞こえてきた。
「と、とりあえず三十分もあれば……」
ルナが何か言いかけた。
「ああ、三十分が限界だな」
レオンが答える。
三十分!?
何の話だ!三十分で何が限界なんだ!まさか本当に——
「三十分!?三十分で何するつもりなのよ!」
ペルフィが俺の服を掴んで激しく揺さぶった。透明化してるから周りからは空間が歪んでるようにしか見えないだろうけど。
「ちょ、揺らすな!」
「だって!だって三十分って!」
なんでそんなこと知ってるんだよ!
「いや、三十分って結構長いぞ?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ペルフィが歯ぎしりした。魔力が不安定になって、透明化が一瞬チカチカした。
「落ち着け!バレるぞ!」
「でも——」
「ほら、まだ何も確定してない!俺たちの想像と違うかもしれない!」
必死に宥めていると、また二人の会話が聞こえた。
「昨夜は一睡もしてないから……」
ルナが疲れた声で言った。
一睡もしてない!?
やっぱりそういうことか!昨日二人で出かけて、朝まで……
「うわああああ!」
ペルフィが叫びそうになった。俺は慌てて彼女の口を塞ぐ。
「んーんー!」
「静かにしろって!」
もみ合っていると——
「ここの『休憩』プランが一番安いのよね」
「ああ、それに防音効果も完璧だ」
防音!?
「何より、ペルフィには絶対に知られたくないからな」
レオンがそう言いながら、ルナと一緒にホテルに入っていった。しかも互いに支え合うような姿勢で。
「むー!むー!」
ペルフィが俺の手を振り払おうと暴れる。でも俺も必死だ。このまま突撃したら修羅場確定じゃないか。
いや、でも防音完璧って言ってたよな。この世界の防音魔法ってそんなに優秀なのか。それをわざわざラブホテルに使うって、やっぱりそういう目的しかないだろ。
でも待てよ、防音魔法があるってことは、逆に盗聴魔法もあるんじゃないか?
二人が完全に建物に入ったのを確認して、俺はペルフィを引っ張って後を追った。
ロビーに入ると、なんというか……予想以上に堂々としていた。受付もちゃんといるし、部屋のリストが壁に貼ってある。
「妖精の森の秘密」「竜の洞窟の情熱」「人魚の涙のベッド」……
なにそのネーミング……
でも客はこういうのがいいのか?
「『静寂の月光』……これでいいか」
レオンが選んだ。
月光?ルナって月って意味じゃなかったっけ?まさか——
「ええ、横になれればどこでも」
横になる!?
ペルフィが俺の腕を掴んだ。痛い痛い!爪が食い込んでる!
二人が部屋に消えていく。ペルフィがもう我慢の限界らしく、透明化を解除しようとした。
まずい!
俺はポケットを探った。そうだ、エルスの金貨がまだある。8枚残ってる。
「すみません!」
俺は急いでフロントに駆け寄った。
「隣の部屋、空いてますか?」
「ええ、『愛の精霊の森』なら空いてますよ。4金貨になります」
安い!意外と良心的だな。
「でもお客様、お一人では——」
「二人です!」
俺は振り返ってペルフィを引っ張った。彼女は「え?え?」って顔をしている。
店員がペルフィを見て、ニヤリと笑った。
「なるほど、エルフのお嬢さんと。ピッタリの部屋ですね」
鍵を受け取って部屋に入ると——
うわ。
これは……想像以上だ。
壁一面に発光する蔦が這っていて、ムード満点。ベッドには花びらが散らばってて、なぜか天井に鏡。枕元には怪しい小瓶が並んでる。
ペルフィが部屋に入った瞬間、固まった。
「な、なんで私がこんな部屋に……」
彼女の顔が真っ赤になって、俺と部屋を交互に見て、また俺を見て、そわそわし始めた。手をもじもじさせて、時々チラチラ俺を見ては目を逸らす。
「あ、あの!これは戦略的必要性からで!別に他意はないのよ!」
誰も聞いてないのに言い訳を始めた。
「ほ、本当よ?信じて?私は別にあなたと二人きりでこんな場所にいることを意識してないから!」
めちゃくちゃ意識してるじゃないか。
「だ、だから!何もしちゃダメよ!」
ペルフィが俺を指差した。震えてる。
「あんな事こんな事は絶対ダメ!わ、分かった!?」
「昨夜俺を夜這いしたのはお前だろ」
「ぎゃー!聞こえない!そんなことなかった!」
ペルフィが耳を塞いで首を振った。
「それはタンタンが私の弱みに付け込んで——」
タンタンって呼ぶな!
「……はいはい、それより」
俺は隣の壁を指差した。
「盗聴しないと」
「あ、そうだった!」
ペルフィが慌てて壁に手を当てた。
「『サウンド・ペネトレーション』」
彼女の手が光って、魔法陣が壁に現れた。
すごいな、こんな魔法もあるのか。でも待てよ——
「なあ、盗聴魔法があるなら防音魔法って意味なくない?」
そして、俺がそう言った瞬間、
ペルフィの顔色が変わった。
目を見開いて、
口がパクパクして、
完全に固まってる。
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