15.カップル大作戦(一)

「で、一体何があったんですか?」


俺は今、エルスとペルフィの前で正座させられている。エルスの表情は恐ろしく険しく、その背後から漏れる白い光は明らかに危険信号だった。いつ神罰級の魔法が飛んできてもおかしくない状態だ。


ペルフィはというと、エルスに起こされた時に俺が自分の上にいるのを発見して悲鳴を上げた後、今はエルスの後ろに隠れながら、なぜかタコちゃんを抱きしめて震えている。


いや、なんタコちゃんがいるんだ。


そもそも俺は何もしてないんだが!


本当に何も悪いことをしていない。だから説明のしようがないんだ。エルスに精神感応で「昨夜は何も起きなかった」と伝えようかと思ったが、すぐに考え直した。


いや、待てよ。「何も起きなかった」は正確じゃないな?


だって事実として、ペルフィの方から夜這いをかけてきたわけだし。何かは起きたと言える。起きたけど、起きなかったというか……ああもう、ややこしい!


俺は堂々と真実を言えばいいじゃないか。


「違うんです!俺は悪くない!こいつが深夜に俺の部屋に侵入してきて——」


そう言いかけて、二つの問題に気づいた。


第一に、エルスは今完全に感情的になっていて、精神感応を全く読もうとしない。目が「問答無用で成敗する」モードに入っている。


第二に、ペルフィは俺のスリープ魔法と昨夜の酒のせいで、肝心な部分を全く覚えていないらしい。


彼女の記憶は昨夜酒を飲んでいたことと、今朝俺に押し倒されていた(ように見えた)ことだけのようだ。


クソ、このままだと俺が夜這い魔として処刑される流れじゃないか


必死に頭を回転させる。何か、何か打開策は……


色んな言い訳を考えては否定し、考えては否定し——そんな俺の苦悩をよそに、エルスが突然妙な結論に達した。


「あ、もしかして第三の作戦を実行してたんですか?」


は?第三の作戦?


「でも今実行するのは早すぎませんか?それとも演習ですか?」


第三の作戦……第三の作戦……


なんだそれ。記憶を必死に探るが、一瞬思い出せない。


「え、違うんですか?」


エルスの顔が青ざめ始めた。


「まさか本当に二人で……」


ヤバい、このままだと誤解が誤解を呼んで大変なことになる!


「い、いやいやいや!その通りだよ!第三の作戦だよ!」


俺は慌てて肯定した。


「な、ペルフィ?あれだろ、えーっと、なんて言ったっけ……」


頼む、空気を読んでくれ!


ペルフィは少し考えてから、冷たい声で言った。


「人の弱みに付け込む作戦」


「そうそう!人の弱みに付け込む作戦——って違うだろ!」


人の弱みに付け込む作戦で何なんだよ!?


「というか『人の弱みに付け込む』なんて言葉がスラスラ出てくるってことは、お前絶対何か覚えてるだろ!完全に記憶喪失じゃないじゃん!」


「あー!やっぱり人の弱みに付け込んだんですね!」


エルスがまた激昂した。白い光がさらに強くなる。


「違うってば〜〜!」


俺は必死に弁解した。


なんとかかんとか誤解を解いて(たぶん)、俺たち三人は一階の相談室に戻ってきた。


エルスが改めて第三の作戦について説明を始めた。


「つまり、カップル大作戦です」


「カップル?」


「はい。他の男性がペルフィさんの周りをうろうろすることで、レオンさんの危機感を煽るんです!」


「そう、男の独占欲を刺激するわけですね。『このままだと他の男に取られる』という危機感から、自分の本当の気持ちに気づかせる……あ、それに俺、最近ペルフィとも結構親しくしてるし」


うん、だから…


「この役目、俺が引き受けてもいい。」


「却下です」


エルスが即座に首を横に振った。


「なんでだよ」


「まず確認すべきことがあります。ペルフィさんのパーティーに他の男性メンバーはいませんか?」


ペルフィが少し考えてから答えた。


「……昔はいたわ」


「昔?」


俺とエルスが同時に聞き返した。


「ええ。ハーフリングの男の子がいたの。顔も悪くなかったし、性格も良かったんだけど……」


ペルフィの表情が少し曇った。


「彼もパーティー内の恋愛問題で苦しんで、結局去っていったのよ」


へー、そんなドラマがあったのか。


「へー、ルナって他にも女の子から人気あったんだ」


「ルナさん、本当に魅力的なんですね……」


エルスも感心したように呟いた。


「ちょっと!」


ペルフィが声を上げた。


「なんで追いかけてたのがルナって決めつけるのよ!私を追いかけてた可能性は考えないの!?」


そして、ペルフィがボソッと付け加えた。


「……かれのすきな人は、レオンですよ。」


「「……」」


沈黙。


長い、長い沈黙。


俺とエルスは顔を見合わせた。


「エルス、この世界……結構……」


「そ、そうですね……」


エルスが曖昧に頷いた。


「いやいやいや、女神のくせにそんな頼りない反応するなよ!前から思ってたけど、お前女神のくせにこの世界のこと全然知らないだろ!」


「し、失礼な!とても失礼です!」


エルスが顔を真っ赤にして抗議した。


「神は全知全能なんです!」


「じゃあなんで今動揺してるんだよ」


「こ、個人の恋愛事情まで逐一把握してたらプライバシーの侵害じゃないですか!」


なんだその現代的な言い訳は。


俺はペルフィの方を向いた。


「まあとにかく、そういうわけで俺以外に適任者はいないってことだな」


正直なところ、昨夜のあんなことがあった後で、この作戦はどうなんだろうと思う


でも、以前見たレオンの表情を思い出すと……あいつ、決してペルフィに無関心じゃなかった。あの時の目には、苛立ちというより無力感と葛藤が見えた。


もし奴がまだ迷ってるなら、この手で試してみるのも悪くないかもな


「でも……そもそもレオンさんが今どこにいるか分からないと、作戦の実行のしようがありませんよ」


エルスが疑問を投げかけた。


確かにその通りだ。


「あ、それについては……」


ペルフィが何か言いかけたが、すぐに首を横に振った。


「いえ、何でもない」


「何か知ってるの?」


「この作戦とは関係ないことよ。それに、今すぐレオンを探しても見つからないと思うし」


「え、なになに?」


「だから何でもないで言ったでしょう!」


「じゃあどうするんだ?」


ペルフィはしばらく考え込んでいた。俺とエルスは黙って待つ。


やがて、彼女は顔を上げて言った。


「それなら……まず演習してみない?」


「「演習?」」


「そう、その……カップルの演技の練習よ」

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