第33話 兄弟の地獄

 須崎君、千堂君。今頃恐らく元気ではないでしょう。確実にわたしのせいですが。


 まず最初に、謝らせて下さい。須崎君、千堂君。ごめんなさい。


 あなた達には取り返しのつかない事をしてしまいました。わたしが目的を達成するために必要な、いわば生贄。その生贄に、あなた達を選んでしまいました。


 今思えばあなた達を選んだのは、わたしにとって人生最悪の選択でした。


 あなた達じゃなきゃダメだったわけではありません。他の人でもよかった。ある程度の知能さえあれば、誰でもよかったんです。それでもあなた達を選んでしまいました。


 今やあなた達は、警察に逮捕されてしまいました。そして、あなた達は2度と、わたしに会う事はないでしょう。


 あなた達には真実を知る権利があります。そして、知ってほしいとも思っています。それでこの手紙を用意しました。


 正直、この手紙に書いてあることの証拠を持ってきてくれ、と言われても不可能です。信じる信じないはあなた達次第、という事になります。信じないというなら、それでも構いません。それはあなた達の自由です。


 それでは、本題に入りましょう。わたしはどんな生まれで、今までどんな経験をしてきたのか。なぜ地球に来たのか、地球で何がしたかったのか。そして、これから何をしたいのか。


 わたしの生まれた部族について、どれくらい話したでしょうか?概要くらいは喋ったでしょうか?




 一応この場でも書いておきます。わたしの一族は、ジャルカン星のカファジ族といいます。カファジ族は成立以来より武勇に優れ、様々な王侯に仕え、戦果を挙げてきた一族です。


 といっても、わたしが生まれた頃のカファジ族は、ほとんど戦闘を経験していませんでした。政情が安定し、戦争が少なくなっていたんです。ジャルカン星内部はもちろん、他の星との星間戦争もほとんどなくなっていました。


 そんなわけで、わたしのように戦争を知らない世代が少しずつ増え始めていました。といっても、戦闘訓練は飽きるほどやりました。部族の伝統、ってやつですね。


 族長が言ってました。いつでも備えをしなければならない。平和とはほんの一押しで、脆くも崩れ去るもの……ってね。


 あまり「ピンと来ない」みたいな感覚はなかったです。わたしだけではなく、周りの子供も、そんな感覚だったと思います。


 戦争を知っている世代も結構いたんです。ジャルカン星は数十年前まで、中央政府がありませんでした。2つの勢力がそれぞれ中央政府を名乗り、激しい戦闘をしていました。


 その先頭に参加したカファジ族の大人は、結構いました。結局は和睦を結び、正規の中央政府が出来ていました。汚職や派閥争いが飽きるほど多くて、お世辞にもいい政府とは言えませんでしたが……。


 そして。


 族長の言葉は当たっていました。


 モリング星という星があります。その星との星間関係が、急速に悪化したんです。


 きっかけはゴミ問題でした。モリング星中央政府と繋がりのある企業が、ジャルカン星の土地を買ったんです。モリング星のゴミを、そこで処理するために。


 ただのゴミではありません。慎重な処理の求められる、有毒物質です。


 そしてモリング星は、その「慎重な処理」を怠りました。有毒物質を、そのまま垂れ流したんです。処理にかかる手間や費用を、「節約」したんです。


 被害は甚大でした。山や川は瞬く間に汚染されました。さらに付近の住民に、健康被害が頻発。それこそ人がバタバタ死ぬ騒ぎになったんです。


 当然、非難の矛先はその企業、ひいてはモリング星に向けられます。しかし彼らは責任を認めるどころか、ジャルカン星中央政府の開発に原因があると責任転嫁しました。


 モリング星が強気の姿勢に出た背景には、大国ならぬ大星の庇護がありました。モリング星はロビー活動をしていたんです。それに、モリング星は星間貿易における重要なターミナルをいくつか持っていました。だからこそ、銀河裁判所による是正命令にも従わなかったんです。


 一方、ジャルカン星はジャルカン星で、大星の支持がありました。モリング星を支持する大星達と、対立する大星です。


 ジャルカン星警察による企業の強制捜査、従業員の拘束。両星の大使の召還。両星の関係は日に日に悪化し、戦争の可能性が強まりました。


 そして「可能性」は「現実」になりました。モリング星は軍を出し、企業の敷地に加え周辺地域までも占領しました。


 戦争開始です。ジャルカン星に招集された武装組織の中には、カファジ族も含まれていました。わたしにとって、初めての戦争でした。


 実は「下馬評」はモリング星有利でした。大星による軍事支援により、モリング星の軍事力はブクブクに膨れ上がっていたんです。


 その下馬評を考えれば、当初の結果はアップセットとでも言うべきでしょうか。わたし達は戦勝を重ねました。


 わたし達には実戦経験のある兵士が数多くいました。ジャルカン星中央政府が余計な横槍を入れず、現場の指揮官に大きな裁量権を与えたのも大きかったと思います。


 しかし。事態を重く見たモリング星側の大星は、「侵略に対抗する」ために直接軍事介入しました。


 ここがジャルカン星の、運の尽きでした。ジャルカン星の味方である大星は、軍を出さなかったのです。あまりにも大きな物量差が生まれてしまいました。兵士や指揮官の能力で、どうにかなる問題ではなくなったのです。


 ジャルカン星の中央政府は転覆されました。傀儡政権が出来、ジャルカン星の「よりよい未来」のため、外星資本をどんどん受け入れています。


 それだけではありません。ジャルカン星からは当然、反発もあります。反政府の武装組織が、いくつも出来ました。彼らの武力闘争により、ジャルカン星全体の治安は急速に悪化しています。


 カファジ族の本拠地である街も、敵の攻撃で焼け野原になりました。カファジ族始まって以来の大打撃といっていいでしょう。家も、文化財も、山も、人も、みんな燃えました。


 わたしは運良く生き延びました。本当に「運良く」でした。正直なぜ死ななかったのか、自分でも分かりません。


 友達も、家族も、ご近所さんも、行きつけの店の店主も。みんな燃えました。もはや誰が誰だか区別がつかないほどに、燃えました。


 死体の山って、見た事ありますか?わたしもあの時、初めて見ました。


 といっても、より正確には焼死体の山でしたが。炭化した死体の色、肉が焼け焦げた異様な匂い、ギリギリ焼け残った衣服の色……正直今でも、夢に出ます。


 残党狩りから逃れて、わたしは辛くも故郷の星を脱出しました。集められるだけの金や食糧、日用品を集めて、急いで飛び立ったんです。


 使った宇宙船も、元々知人の家族が持っていたものです。それも星間輸送に特化したタイプ。地球でいうトラックです。


 須崎君から、「プロジェクター以外の武器はないのか」「他に仲間はいないのか」と聞かれた事がありましたね。結論、プロジェクター以外にほとんど武器はありません。用意出来なかったんです。


 仲間もいません。実はとある反政府組織からコンタクトを受けた事はあるのですが、結局入りませんでした。今のわたしは、いわゆるローンウルフです。


 彼らはもはや当初抱えた高邁な理想を忘れて、資金繰りのために殺人や強盗、密売に手を染める犯罪組織になってしまいました。彼らと組んでも、わたしの望みを叶える事は出来ません。


 そして。


 宇宙を彷徨うわたしには、ある目的がありました。


 それがバイオコップです。


 ヤツがカファジとの戦いで挙げた「武功」は目覚ましいものがありました。数多くの同胞が、アイツに殺されたんです。わたしの上官だって、あのゲスに……。


 ターゲットは定まりました。次に準備です。


 まず持ち合わせの金で、必要なものを買い込みました。金が結構あったのは幸いでした。カファジの兵士は、金払いがよかったんです。


 あなた達に埋め込んだ青い光、覚えていますか?あれも地球に来る前に買ったものです。より正確には、生命体の体内に入り込めるナノマシンです。必要があれば生物の体組織を内部から破壊し、死に至らしめます。


 あれに関しては、心配しないで下さい。すでに機能を停止させました。もうわたしには必要のないものです。汚い話で恐縮ですが、そのうち排泄されるでしょう。


 買ったものの中には、あのプロジェクターもありました。闇ルートで買いましてね。正直かなり高かったのですが、必須の買い物でした。


 正直言って、バイオコップは戦闘能力が高いです。認めたくはありませんが。


 わたしが身一つで戦うのは、正直キツいです。10回やって2、3回勝てるくらい……いや、それも希望的観測でしょう。上官でもダメだったんです。わたしだとなおさら……というのは、認めざるを得ません。


 プロジェクターなら、「身一つ」の部分を解決出来ます。不明体を何体も出す事で、バイオコップと何度も戦う事が出来るわけです。


 バイオコップの装甲の自己修復機能は驚異的です。あの装甲の破壊は相当ハードルが高いのです。しかし短いスパンで何度も不明体をぶつけていれば、バイオコップ本人とその宿主の肉体には確実にダメージが溜まり続ける……わたしの狙いは、そんなところです。


 それから、バイオコップという個人の行動を把握、さらにこちらからコントロールする必要がありました。


 結構重大な課題なんです。連邦治安維持部隊の兵士が、単独行動をする事ってまれなケースなんです。


 居住区域も兵舎、任務も小隊が基本です。何かあった時に、集団で対応できるようにするためです。そんな彼らが単独行動をとる数少ないケースは、重要度が高くない任務に1人でつくケースです。


 加えて、ジャルカン星への侵略で武功をあげたバイオコップが、昇進する可能性もありました。というより、ほぼ既定路線だったとみていいでしょう。いわば、いち兵卒から指揮官になるんです。


 先程書いた「重要度が高くない任務に1人でつくケース」は、ヒラの隊員がやる場合がほぼ全てです。指揮官クラスが単独行動をとる事は原則ありえません。


 バイオコップを「重要度が高くない任務に1人でつくケース」に引きずり出すためには、正直時間もあまり多くありませんでした。ヤツが昇進する前に、すぐに行動に移る必要があったんです。


 あらかじめ、連邦治安維持部隊のネットワークにハッキングしました。その上で、まずは複数の惑星に不法侵入するフリをします。データを偽造して、惑星に侵入しているように見せるんです。


 それも、岩ばかりの星とか、ガス惑星ではダメです。地球人のような、ある程度の知能を持った生命体の住む星でなければなりません。


 前にお話しましたね。ただ不法侵入しただけじゃない。そこの住民に、被害を出し続ける。そうでなければ、バイオコップがいつまでもその星に留まるとは限らない。


 正直、賭けでした。さすがに連邦治安維持部隊の人事決定までは介入出来ませんから。バイオコップが任務についてくれるのを、祈るばかりでした。


 その祈りは通じました。そして、バイオコップが赴任する事になった星が、この地球なんです。


 バイオコップの後を追って、わたしも地球に行きました。生活拠点を定めて、バイオコップの注意を引くためにいくつかの軽犯罪を犯しました。脅迫を使って、不正を働いていた数人の政治家や警視庁幹部を味方につけました。


 それに加えて、一般人の味方も必要でした。彼らに地球の社会常識について教えてもらう必要がありました。あまり顔を出せない以上、いわゆる鉄砲玉も必要でした。


 そうです。須崎ソウタ君、千堂シュンジ君。わたしがあなた達を選んだのは、そういう理由です。


 付け加えれば、あなた達にはそれ以上の価値があると考えました。須崎君は頭が切れます。作戦を考える時、わたしが気付いていない事にも気付くかもしれません。


 そして、千堂君には怪獣や怪人を描く趣味がありました。プロジェクタ―で出す不明体のストックが、すでにあったわけです。


 しかし。


 本来、あなた達を選ぶべきではありませんでした。


 正直、誰でもよかったんです。怪獣や怪人のデザインくらい、やろうと思えば誰でも出来るでしょう。凝ったデザインにして欲しいんじゃなくて、何でもいいからとりあえずデザインを描いてほしいんですから。


 それに、頭が切れる人ならこの世にいくらでもいます。もしかしたらよく探せば、バイオコップも警察も手玉に取れる天才的な頭脳の持ち主を味方に付けられたかもしれません。


 しかし、わたしはあなた達を選んでしまいました。あなた達を見た途端、他の地球人達が見えなくなってしまったんです。浅はかでした……。


 あなた達は、わたしの幼馴染にそっくりでした。多少面影がある、どころではありませんでした。正直、最初は本当に「なぜこんなところに!?」と思ったくらいです。


 そうです。わたしの幼馴染が、ここにいるわけがないのです。死にましたから。


 2人は血の繋がった兄弟でした。あなた達とそっくりな顔の兄弟ですから、あまり似てはいない兄弟でした。兄が母親、弟が父親に似たようです。


 兄はマウヴァン、弟はマウサンという名前でした。部族の子供の将来は、基本的に族長や上層部が決めます。わたしは戦士でした。マウヴァンとマウサンの兄弟は、2人とも鍛冶屋になる運命でした。


 彼らが主に作るのは武器です。戦乱の多かったカファジ族の中には、武器製造を生業とするメンバーがある程度いたんです。もっとも、日用品や伝統工芸品も手掛けますが。


 もっとも、性格はあなた達とは全然違いました。キザだけどどこか抜けてるマウヴァン、底抜けに明るいマウサン……。賑やかな兄弟でした。


 わたしとは本当に幼馴染です。家がすぐ隣でした。自然に会って、自然に仲良くなって、自然と一緒に遊ぶようになって……そんな仲でした。


 特別仲がよかったとか、そういうわけではありません。一般的な幼馴染の間柄でした。


 小さい頃はいつも一緒にいました。一緒にその辺の野山を駆け回ったり、『出る』と噂の廃屋に行ってみたり。あるいは、わたし達とその家族で、有名な動画配信者のイベントに行ってみたり……。


 段々成長するにつれて、わたしは戦士として、兄弟は鍛冶屋としての教育を受けるようになります。地球で言う、学校みたいなものです。お互いやる事がありましたし、一緒にいる時間は減っていきました。


 といっても、交流自体は続いていました。お互い愚痴を言ったり、教官や同級生の事を話したり、一緒にゲームをしたり……。


 訓練で辛い事があった時は、マウヴァンやマウサンと一緒に鍛冶屋になりたい、そっちの方が向いてるんじゃないか……などと考えたものです。もしかしたら、兄弟もたまに『戦士の方が向いてるんじゃないか』とか考えていたかもしれません。


 とはいえ今思えば、適材適所だったと思います。マウヴァンとマウサンは、他の子供よりものみ込みが早かったんです。違う学校に通っているわたしにも、評判が伝わってくるくらいでした。


 わたしも、戦士の教育を受けてよかったんでしょう。正直他の職業に、まともにつける気がしません。


 とにもかくにも、わたし達は交流しながらそれぞれ成長していきました。もう戦争も収まっていましたし、いつまでもこの生活が続く気がしたんです。


 わたしはこのまま戦士になる。要人を警護する任務について、他の星まで行くかもしれない。マウヴァンとマウサンもこのまま鍛冶屋になる。伝統工芸で有名キャラクターの人形を作って、バズるかもしれない……そんな事を、ぼんやり考えていました。


 しかし、そうはなりませんでした。


 2人の幼馴染は、死体の山の中にいました。ギリギリ燃え残った衣服や所有物から、何とか識別出来たんです。


 ショッキングな出来事なら、いくらでもありました。しかしわたしにとって、これが1番ショッキングだったと思います。


 戦場ではショックに打ちひしがれている余裕はありません。両親や兄弟姉妹の死は、人づてに知りました。直接死体を見たわけじゃないんです。もちろん、どれもこれも思い出したくない記憶ですが。


 あの時のわたしは、第一発見者でした。当たり前のように側にいた人達がもう死んだ事。それも悲惨な死に方をした事。もう2度と会えない事。それを突然、目の前に突きつけられるんです。


 ショックで吐いたのは、後にも先にもこの時だけです。あの時の自分の胃液の味、今でも覚えています。


 そして。


 これからの事について、ここで書いておきましょう。

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