第42話 夏の残響— 人工地震の影

新宿闇市・本部。

壁一面のスクリーンには、警察の動きが映し出されていた。


「どうだ、まつり。警察の様子は」

上条己龍が椅子に深く腰かけ、赤ワインを揺らしながら問いかける。


まつりは素早く画面を操作し、冷静に答えた。

「新宿闇市検挙の対策本部が設置されました。警察の狙いは……ブレスレットです」


「いよいよ来るか……」

己龍の口元に笑みが浮かぶ。

「いいか、絶対にブレスレットを見つけられるな」


場の空気が張り詰めた、その時――まつりが別のデータを見つけて顔色を変えた。


「……ちょっと待って。赤梅センターに不穏な指示が出ています」


「赤梅?」

久住賢太郎が反応する。

「聞いたぞ……ブルーホライゾンの選手、七瀬隼人さんが最近“サイバー兵士”になったって」

「サイバー兵士? 」晃が聞き返した。


まつりの声が低くなる。

「……AIを脳に組み込むだけじゃない。肉体まで強制的に連動させ、戦闘兵士に仕立てる……そんな実験です」

睦月が涙ぐむ。

「あんな優しい隼人さんが。彼は私を助けてくれたんだよ」


沈黙を破ったのは、モニターに浮かび上がった赤字の一文だった。


――実験内容:人工地震によるストレステスト/検体25体。


「人工地震……だと?」

魁斗が椅子を蹴るように立ち上がる。


「いつだ!どこで!」


まつりの声が震えた。

「……2025年10月23日、21時前後。震源は東京湾岸。規模はM9クラス」


場が凍りついた。

晃が呟く。

「あと……3日しかない……」


己龍が立ち上がり、怒声を放った。

「建物を補強しろ!物資を集めろ! 他の闇市にも情報を回せ!」


その時、まつりは拳を握りしめた。

「……里桜さんにも伝えないと」


魁斗が振り返る。

「まつり……!」


「里桜さんに伝える。たとえ警察に傍受されても、彼女なら信じて動いてくれる」


魁斗は一瞬迷った。だが次の瞬間、彼の声は震えながらも強かった。

「……頼む。彼女と母さんを守ってくれ」


ピッ――。

乾いた電子音と共に、波形データと短いメッセージが送られていく。


――里桜。魁斗だ。まつりがキャッチした。10/23の夜、東京湾でM9級の地震が起こる。 家族と一緒に必ず高台へ逃げろ!うちの母にも伝えてくれ。



藤崎家。

食卓の上で里桜の端末が震えた。画面を見た瞬間、彼女は息を呑む。


「……地震? 東京湾で……?」



母が心配そうに覗き込む。

「里桜?どうしたの」


里桜は震える指で波形データを示した。

「お母さん……すぐに準備をして。ここは危ない。伊豆のお祖母ちゃんの家に避難しましょう」


母は混乱した表情を浮かべたが、娘の瞳の奥に揺るぎない決意を見て、静かに頷いた。

「……わかった。里桜、あなたを信じる」


――命を繋ぐための決断の瞬間だった。

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