第34話『ロジカルロジカル』
天井はガラガラと崩れ落ち、床は縦横無尽に波打った。その中を跳ねる様にジグザクと疾走する一台の魔導バイクがあった。ナナナの駆るそのマシンは、カウルも吹き飛び、鋼の心臓も剝き出しに、それでも留まる事を知らぬ弾丸となり、ぽっかりと空いた回廊であったものの中を吹っ飛んで行く。
まるで巨大生物の断末魔よろしく、脈打つ赤色の肉にも見える根の様なものが、時折飛び出しては鞭の様に空を叩いた。その下を掻い潜るナナナとそれにひっつくヒデーヤは、まるで上に向かっているのか、下に落下していくのか、それすら判らない。それ程にぶん回す。
「ちょ、ちょ、ちょ! 真っ直ぐ走れねぇのかよ!!?」
「舌嚙むよ!! 黙ってな!!」
必死の形相で、離れまいとナナナの身体に張り付いたコエーヨは、その枯れ木の様にほっそりとした心もとない相手の背に筋肉だるまたる戦士の身体、己を押し付けつつも、目まぐるしく変化する光景を、まるで悪夢の様に片時も目を閉じる事無く見入ってる。
これが今生最後に見る光景かとばかりに。
「なんでこんな事にぃ~っ!!?」
「あんたがアホみたいに、ばかすか切り刻んだんじゃねーかっ!!?」
「おめえが、ヤレヤレ言ったんじゃねーか!!?」
「ゴブリンもおだてりゃ空を飛ぶって言うじゃーん、このアホゴブリンが!!」
「んだとこのアマァ!!!?」
「え!!? ママァ!!!? ママァって言ったの!!!? ウケるーーーっ!!!」
「ざけんなこの糞アマ!!! ふざけんじゃねーっつーのっ!!!」
悲鳴にも似た二人の舌戦。それが生きている証でもある。
ガクンと光が落ちた横穴の中を、魔導バイクのハイビームがサッと照らし出す。
その一瞬一瞬を、シューターでもあるナナナの瞳が、通過出来る所を線で結び、その線をなぞる様に車体を振り回すのだ。車体はともかく、背中に張り付いた異様に重いヒデーヤの肉体が、暑苦しいだけの邪魔ものだったのが、次第にもう一つの重心と化し、車体を滑らかなロールへと最適化させてゆく。
「何あれ!!?」
「何だっ!!!?」
ナナナの瞳に映ったのは、先に見える酷く崩落した場所。だが、通れない程では無い。
車体を横滑りさせれば……
その先に、一際大きな背中が挟まってるのさえどければ。
「何かでかいの挟まってる!!」
「あーん、見えねー!!」
「こんの、あんぽんたーん!!」
「んだとこらあっ!!!」
するとだ。そのはさまってる巨体が、遠く叫んで来た。
「その声は……兄ちゃーーーんっ!!!」
「コエーヨか!? コエーヨー!!! どけーっ!!!」
みるみる迫るその隙間。
魔導バイクは、一切の減速もせず、そこへと突っ込んで行く。
「動けないよー!!!」
「どけどけどけー!!!」
「動けないんだよー、兄ちゃーーーん!!!」
「五月蠅ぇ!! しっかり捕まってな!!」
ナナナは、魔導バイクを更に大きくぶん回す。
そして、あと数秒でそこへ突っ込むと言う所で、思いっきり車体を横滑りさせた。
「うぎゃあー!!!? 死ぬぅー!!!?」
「へっ、死にな!! あたしの為にさ!!」
「んだとぉ!!?」
横滑りしたかと思った瞬間、後輪が隆起した根っこを捉え、ぐるん車体が縦にロールする。たちどころに、ぐるぐるっと前に回転したまま、コエーヨの挟まった隙間に突っ込んだ。
狙いすました様に、コエーヨの背中に、ヒデーヤの背を叩きつける様に。
「ぐぎゃーーーーーーーっ!!!?」
「兄ちゃー……んがっ!?」
死んでたまるかと、ヒデーヤの双腕が一際ナナナの細身を締め上げ、二人は息が全て吐き出るかの衝撃に目を回す。視界が一瞬、白色に染まった。
ホワイトアウト。
だが、それでも長年の勘でナナナは車体を引き上げた。視界に頼らず、勘だけで走り続ける。なんか、抜けた向こうにいっぱい人の気配があった様な気がしたが、そんなものにかまってる暇は無い。今は、自分が生き残る事が先決だ。
そうだ。
今、自分は生きている。
「へ、へへ……ざまあみろ……」
背中に張り付いた肉だるまは、まだ張り付いている。
もしかしたら死んだか?
視界が徐々に回復しつつある。抜けた先は、思ったより酷くは崩れてない。
少し余裕を感じたナナナは、腹や胸に食い込んだヒデーヤの手をはがそうと左手を。触れた手を、上からヒデーヤの手が覆いかぶさる様に入れ替わり、どくんと心臓が波打った。
「けけけ、ざまぁねえなぁ~」
「げ? 生きてんのかよ?」
「おうよ。てめえもな?」
「しぶといねぇ~」
「俺は戦士だぜ。こんなんでくたばって、たまっかよお~」
にちゃあっと首筋に笑う気配がまとわりつく。
これにぞくっとするって事は、まだ生きてるって事なんだが。
ぶわっと、一瞬で空気の味が変化した。
ひんやりとした外の大気の味だ。肺に思いっきり吸い込んだ。心臓がどくどくと脈打ち、肺がふいごの様に新鮮な空気を貪っている。
タイヤがまともな石畳を噛んだ。わだちの痕のある、使い込まれた古い道、グランゼールの道だ。
「……」
「……」
魔導バイクの速度はみるみる落ちていく。地面が小刻みに揺れているのが、サスペンション越しに伝わって来るのが判る。
背中は熱を持ったかに熱く、二本の野太い腕が今はゆるやかに巻き付いており、ナナナはどうしたものかと思案に暮れた。
アクセルを切ると、車体をゆっくりとなり、やがてキィっと静かに停止する。
どうする?
どうする?
理性がさっさと逃げろ、と告げている。
ルーンフォーク。
人工的に、人間に似せられて作られた体だ。全身全霊を振り絞った直後だ。脳から何やらドバドバとおかしな物質が分泌されているのが感じられるのも確か。身体はくたくたなのにも関わらず、まだ、自分というエンジンはフルスロットルのままなのだ。
「あ、あのよお……」
身じろぎし、背中に張り付いてるとんでもねぇ冒険者野郎に降りろと言ってやらなきゃならない。ロジカルにだ。
「お、おう……」
なんともガキ臭い返事が返って来たせいで、思わずヒデーヤの顔を肩越しにまじまじと見入ってしまう。その何とも毒気の抜けた、ガキ臭い顔を。
うえ?
途端に、肉だるまの重量がのしかかって来た。腰を捻る様に横向きになったナナナには、とうてい抵抗出来ない重量だ。そしてその熱量。半壊してるとは言え、革鎧越しに伝わるそれはまさしく糞冒険者のそれだった。
「あは、あははははははははは!!!」
「んだよ。どけっての。まったくよお~」
気だるく悪態をつくナナナの口が、乱雑に塞がれた。
えらく荒い鼻息が、顔に吹き付けられて来る。
不思議と嫌悪感は無かった。
何しろ、生きている。あんなハチャメチャな目に遭って生きているのだ。
仕方ねぇな。そんな気だるい気持ちが、ナナナの中を支配していた。そう走ってしまう衝動は、ナナナの中にもはっきりとあったからだ。
ガシュウ。パタパタパタと魔導バイクが元の大型マギスフィアの姿に戻って行き、自然と二人は路上の上で折り重なってる形になった。
「あ……」
それでも上に重なってるヒデーヤに呆れつつも、口が離れた瞬間にその耳元で囁いた。
「うち、来る?」
ロジカルに。
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