第6話『脱出グランゼール』


 薄開きの小窓から漏れ入る陽光に、

 あれから何とも下の階が騒がしい。

 寝台に放置されたプリムは、気付くと例の人族の女性と二人きりにされていて、ちょっと気まずかった。何しろこのアデリアと呼ばれた赤毛の女性は、あれから顔を両手で覆いずっと泣いているからだ。

 ここが教会のどこなのか全然分からないので、暫くの間どうしたものかと大人しくしていたのだけれど……

 意を決して立ち上がり、プリムはアデリアの寝台へとそっと歩み寄った。


 人族の大人は、小柄なプリムにとってみんな巨人みたいなもの。それが、まるで子供の様に泣きじゃくっているのは不思議な感覚だった。


「あの……だ……大丈夫……でしゅか?」


 小さな手で恐る恐る彼女の肩に触れる。びくり。大きな震えが伝わって来て、思わず手を引っ込めた。


「……大丈夫?」


 ぎゅっと胸元で拳を握りしめ、顔を覗き込む様に見つめると、泣き腫らした青い瞳が悲痛な色を帯びて見返して来た。


「あなた、だあれ?」

「あっち? あっちはプリムだす。今日からこんの教会でお勤めする事になったでな」

「そう……ごめんなさい。みっともないとこを見せちゃって」


 アデリアはぐしぐしと掌で涙を拭い、恥ずかしそうに視線を泳がせ、何度も小首を左右に揺らす。そして、膝の上に落とした両手をぼんやりと眺め、寂しそうに笑った。


「ちょっとうちの旦那とこじらせちゃってね。昔はあんな人じゃ無かったのよ。でも、悪い冒険者仲間と付き合う様になっちゃって……家にはお金を入れないで遊び歩く様になっちゃってねって、判らないかプリムちゃんには……」

「旦那さん、冒険者……なんか?」

「ええ。昔からの夢でね、夢ばっかり追っかけてる人だったの。でも、もうおしまい。堅気になって真面目に生きてって言っちゃった。あの人の夢を否定しちゃったのよ……」


 それで教会に担ぎ込まれる程の暴力を振るったのなら、もう夫婦として終わっていたのだろうか? と思いながら、プリムはアデリアの話に耳を傾けていた。

 すると。


「二人ともお待たせぇ~! 準備が出来たぜ~!」


 ばあんと扉を蹴り開け、両手に衣類を抱えた冒険者風の人物が一人。ナナナだ。

 革鎧にロングブーツ、腰のホルスターには左にライフル、右に拳銃。首にはルーンフォークらしき硬質の光沢。その傍らには金属の球体が浮いていた。


「あんたら、これに着替えな」

「きゃ?」

「わっぷ!?」


 二人はナナナに頭から衣類の塊を投げつけられ、余りの埃っぽさに目を白黒。


「これは~?」

「その恰好じゃ目立っちまうだろ? はいはい、ハリーハリー!」


 プリムは自分の来ている如何にもシスターでございと言った黒の貫頭衣と、土や汗、埃で汚れた麻のよれた服とを見比べ、顔をしかめながらしぶしぶ着替える事にする。


「あんでこったら事に……」

「ははは。寄付していただいたボロを洗濯して、貧民街で配ってるんだが、それをちょいと拝借してね」


 ぶつぶつ不平を漏らすプリムに、ナナナは少し意地悪な笑みを浮かべながら、彼女の脱いだ衣服を丁寧に畳む。とても手慣れた手つきで。


「そうそう。あなた方は今正に神の慈愛に守られているのデ~ス。ああ、聖なるカナ聖なるカナ」


 そう言われるとプリムもアデリアも、慌てて両手を合わせてシーン神にお祈りを捧げるのでした。

 

「神は赤貧を尊ぶのデ~ス。と、お祈りはこの辺で、着替えが終わったらすぐに出るぜ」

「「はあ~?」」


 それからナナナに率いられ廊下へ、階段を降りると礼拝堂が見下ろせた。階下では、門の前に長椅子を積み上げてる最中で、皆でバリケードを築いているのが分かった。

 作業をしているシスターらは二階の踊り場に居るプリムらに気づくと、手を休めて笑顔で手を振った。そんな彼女らに見送られ、三人は更に石の螺旋階段を下ると地下の霊安室へと抜けた。


 ナナナのマギスフィアが変形しまぶしい光を放ち始めると、壁の一部が崩され、また別の穴へと続いている様子が伺えた。


「地下水路につながってる。あたしらが出たら、すぐに塞ぐ手筈になってるから急ぐよ」

「ほえ~……」

「こんなものが地下にあるなんて……」


 そしてナナナに促され、地下水路へと。少し歩いた先でまた同じ様に崩された壁があり、そこから別の建物の中へと案内された。

 おそらくは、この歓楽街の。

 裏戸から陽光の元へ出ると、そこには一台の荷馬車が用意されていた。

 荷台の中央には、何か大きな物が布で覆われており、それを隠す様に大小さまざまな籠が詰まれている。


「貧民街に、野菜くずを運んだ帰りの馬車さ。ちょっと匂うけど我慢な」


 ナナナはそう告げると、御者台によじのぼり、御者の横に座った。


「あたしはこっち。あんたらは、上手く隙間を見つけて潜り込みな」

「「えええ~!?」」

「ほら、あたしは一応、護衛って奴だから」


 半分、溶けて腐った様な臭気が充満する荷台を前に、不満の声を漏らすプリムとアデリアだったが、当のナナナはライフル銃を膝の上に置き、にこりと掌をひらひらさせて見せる。


「ううう……」

「臭いよお~。汚いよお~」

「はは、我慢我慢」


 しぶしぶ二人が乗り込むと、荷車はゆっくりと騒ぎの起こっている通りを外し、街の大門へ向けて進み出した。


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