第4話『ヤバイヤバイヤバイヤバイ!』


 遠くで誰かが泣いている。

 まるで深い森の中で、姉妹と共に寝入っていた時の様な。風も無く、虫のさざめきに包まれていた幼い頃の様な。

 近くに誰かの気配を……誰……?


 プリムは、大勢いた姉妹の名前を一人、また一人と思い浮かべようとしたが、何か靄がかかった様に、はっきりとは思い浮かべられなかった。

 そうだ。

 自分は、口減らしの為に、姉妹の中から修道院に預けられて……


「はっ!?」


 目を開くと、そこは見知らぬ天井。ただ、香りはこれまでお世話になっていた、修道院を連想させるお香の、少しいぶした様な香りがして安らぎを覚えた。

 プリムはそこで、人族用の大きな寝台にちょこんと寝かされてる自分に気付く。


「目が覚めた様だね」


 その年輪を感じさせる穏やかな響きに、首を巡らせると、幾つもの寝台が並べられた一室。先ほどの老シスターが素朴な木の椅子に座っており、別の寝台にまた一人、誰かが寝かされていた。そして、あの泣き声は、その人族の女性からのものだった。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」

「もう大丈夫。大丈夫だから……」


 思わずプリムがぎょっとしたのは、泣いている女性の寝台の傍らに座り込み、優しく髪を撫で上げているのが、例の銃を振り回してた若いシスターだったからだ。その声色たるや、とても同一人物の口から発せられてるとは思えない程に、慈愛に満ちている様で……


 ちょっと引いた。


 そんなプリムの内心を知ってか知らずか、先ほど声をかけてくれた老シスターが。


「話は分かったよ。あんたがプリムだね?」


 ミランダの手には、プリムが持たされた手紙が。それをひらひらと揺らして見せて来た。


「あ……はい」

「良く来たねぇ。あたしはここの司祭長、ミランダって言うもんさ。あんたんとこの院長とは古い知り合いでね。空きが一つ出来たから、若いのを一人寄越してくれる様、あたしが頼んだって訳さね。良く来たね、プリム。シーン第二神殿はあんたを歓迎するよ」

「あ、ありがと……ございま……しゅ……」


 勢い、お礼を言ってぺこりと頭を下げたプリムだったが、しまった! と思った。

 もしかして自分はとんでもない所に来てしまったのでは!? との念がむくむくむくむくと!


 すると。


「マザー・ミランダ!!」


 唐突にドアが開き、別のシスターが飛び込んで来た。


「表で組のもんと、例の冒険者の仲間らしい連中が!!」

「なんだって?」

「ひいっ!?」


 思わず悲鳴を挙げて身を縮こませる女の頭を、例の若いシスターが抱きかかえた。その耳を覆い、心臓の音を聞かせるかの様に。

 そしてミランダは、ゆっくりと窓辺に近づき、小さな鎧戸から裏路地の方を眺めた。五六人の武装した若い連中が、通す通さないとやりあってる様子が伺い知れた。という事は、もしかしたらもっと多人数かも知れない。


「ふ~ん。まぁ、暫くはバロアんとこの若いのが追っ払ってくれるさね。けど、あっちはあっちで、どう話が転ぶか判らないからねぇ~」


 そう言って窓辺から顔を戻したミランダの笑顔は、先ほどからと微塵も変わりはしなかった。

 繁華街は当然の様にみかじめ料を払って、地域の安全を保障して貰っている。今回の騒ぎに、当然の様に貧困街に根城を持つ組が若いのを派遣していたのだ。そして、それがもめているという事は……あのムラーノが所属している冒険者クランが動いたという事。そして、揉めたという事は、これから上同士で話し合いが持たれて、諦めるか落としどころを見つけるか、全面戦争に突入するか。

 無論、全面戦争なんて事にはほぼならない。そんな事になれば、また別のところが介入する訳だ。被害もでかい。

 そうなる前に金で決着をつけるか、何かするだろう。


「そうさね。アデリアは、明日にでも身柄を移した方が良いね。丁度、知り合いの修道院に一人空きが出来たろうから、一筆したため様じゃないか。プリムや、あんた悪いけどあんたが前居た修道院へ、アデリアを連れて行って貰うよ」

「え? ……えええええええーーーーー!!?」


 つまるところ、アデリアの身柄を安全な所に移してしまえば、どうとでもなる。

 無い袖は振れないという事だ。


 プリムはもうびっくりどっきり、頭頂の桜草もピーンと跳ね上がる様に、ミランダは更ににこやかに告げた。


「大丈夫。うちのエースを付けるからね。いいね、ナナナ」

「イエス、マム」


 そう静かに応え、例の暴力シスターがスチャッと右手に拳銃を抜いてはくるくると回し、不敵にウィンク。素早くホルスターに納め、胸を張る。


「よろしくな、プリム。あたしはSMC-777、まぁ気軽にナナナって呼んでくれ。アデリアもな。一応先輩として、絶対無事に二人を送り届けてやんよ」


 彼女の首には、首輪の様に金属のパーツがきらりと輝いていた。


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