第28話 戦中再建《ウォー・リコンストラクト》
鐘が三度、短く、そして一度長く鳴った。
夜の煤がまだ屋根の縁に残る王都の北面で、薄明の色が石の割れ目を洗っていく。二十七話の終わりに見上げたあの煙は、いまも細く天へ伸び、風の向きを教えていた。煙の先は北東――森と湿地の境。そこから、黒いものが盛り上がってくる。
「支部長! 北の樹海、黒霧濃度が上がってます!」
伝令が土嚢に躓きながら胸壁へ駆け上がる。
バーロは額の布をぎゅっと結び直し、短く吐いた。「数は」
「飛行、三十。地上、二百超。後方に大型の影、巨像か魔導砲!」
「ちっ……寝かせてくれねぇな。――配置!」
胸壁の上、アレンは瓦礫越しに街を見渡す。
パンの香り。浅い井戸を底から洗う子どもたち。火の落ちた竈の灰を掻き寄せ、土嚢へ詰める老夫婦。
再建は止まっていない。止めない――それが今の王都の決まりだった。
「レオナ、矢束を屋根伝いに回せ。狙いは翼の縁と関節、致命は要らない。落とせればいい」
「了解。
「ガイル、地上の誘導は右から左。戻り道を塞ぐな。逃げ道が生き道だ」
「
「オルフェン、胸壁の歪みを見ろ。受ける角度を決めるのはお前だ」
「
「セレナ、ティア、救護と祈りの輪を二重化。声の祈りと沈黙の祈り、交互でいい。人を落ち着かせる」
「はい。
王女エリシアは物資隊の先頭に立ち、泥を跳ねながら走ってきた。外套の裾が煤で黒く濡れている。
「北門へ水袋、右の路地に寝台を三、子どもは地下へ! ――あなたは膝を庇って、こっちの椅子に」
誰も彼女を“殿下”とは呼ばない。いまの王都では、呼び名より手の届く距離が位階だった。
アレンは北空に視線を上げる。薄い光の膜の向こう、黒い層が――動いた。
──
一 黒翼将、影を垂らす
霧が裂け、黒い翼が現れた。列は乱れない。金属光沢のある翼膜、喉から溢れる微かな振動。
先頭に巨影。二対の翼の骨が黒炎で脈打ち、降下前の息をためる。
「人の巣……まだ形があるとはな」
笑いは重い雷のように落ち、地面の砂を微かに跳ねさせた。
第一波。
黒炎弾が斜線を描き、胸壁と屋根を狙って降る。
アレンは掌を軽く返すだけだった。
音から削り、次いで意味を剥がし、炎はただの熱だけになって空気へ散った。
爆ぜるはずの音が来ない。胸壁の上で、数人の兵が一瞬、耳の奥の静けさに戸惑って足を止める。
アレンは短く言った。「立て」
第二波。
降下突撃。黒翼の刃が空を裂く。
レオナの矢が先頭の翼膜を正確に裂き、ガイルの踏み込みが着地の間合いを壊す。
オルフェンは盾を斜めにして衝撃を流し、弾かれた破片が後方の民に当たらぬよう角度を調整する。
セレナが倒れた兵に掌を置き、ティアが痛みの名だけをほどく。
瓦礫は壁になり、土嚢は廊となり、王都は防衛する街に変わっていく。
グロウスの双眸が細くなった。「詠唱が……無いだと」
「沈黙は、言葉より速い」アレンは視線を動かさない。
「声を捨てたのか、愚者」
「越えた、と言った」
黒翼が大きく開き、空が暗くなる。
投げられた瞬間、周囲の空気が一歩遅れたように見えた。
アレンは地面に描いた目に見えない印を踏む。
――四重無詠唱連結。
炎と氷は打ち消し合わない。共鳴する。
振動が衝撃の名前をほどき、無音の領域が攻撃の理由を消す。
槍は胸壁の手前で霧になってほどけ、黒い露となって石の上に落ちた。
レオナが矢羽根を撫でながら、低くつぶやく。「いまの、もし私が一拍早かったら――」
「当たる前に、“当たらなくする”」ガイルが汗を拭い、笑った。「前にも言ってたな」
ティアが胸の護符をぎゅっと握る。「ぜんぶ、間に合って……よかった」
第三波。
黒翼将が単騎で高度を落とした。翼骨に黒炎、着地の衝撃で石畳が割れ、粉が舞う。
「人間。立つのが好きだな。なら折りを教えてやる」
笑いとともに、咆哮が襲う。
アレンの足元から静けさが立ち上がり、咆哮は境目でほどけて熱だけになる。
グロウスの眉間に皺が寄った。「……無音の壁、か」
「違う」アレンは一歩、近づく。
「壁じゃない。“置き場”だ」
距離が消えた。
掌が黒翼将の胸骨へ届く。
終ノ式:
落下の重さが上昇に反転し、咆哮の圧が自身の内側を揺らす。
翼骨が鳴き、黒炎が裏返った。
レオナの閃矢がその一拍の隙に翼膜の縫い目を射抜く。
ガイルが膝裏の戻りを断ち、オルフェンが斜角の盾で体幹を流す。
セレナとティアが痛みの名を剥がし、息の拍を合わせる。
グロウスは片膝をついた。
「なぜ沈黙で戦える」
「沈黙は止めるためじゃない。聴くためだ。相手の揺れを」
黒翼将の口角がわずかに上がる。「……次は、吠えずに来る」
翼が一度打たれ、黒い列が呼ばれる。撤退の合図。
飛行群は旋回し、森の上の黒い霧へ溶けていった。
──
二 戦いながら、直す
撤退は勝利ではない。次の襲来までの時間が生まれただけだ。
バーロは地図を広げ、指で町筋を叩く。「この路地は右回り。救護は南の広場へ。水は北門優先。パンは四区画に分けて配れ。行列を作るな、溜まりは死ぬ」
フェリクスが紙束を抱えて駆ける。「伝令二件! 北境、重装の足音多数! 東の交易路、避難者が千単位で流入!」
「受け皿を用意しろ。椅子、壊れた扉でもいい、座る場所を作れ!」
「了解!」
街の内部は戦中再建の只中にあった。
裂けた梁はテコに組み換えられ、倒れた扉は胸壁の穴を埋める板になる。
古井戸の滑車は二台増やされ、子どもたちは桶を転がし、水を配る。
パンを焼く火は狭い路地の奥で守られ、煙の筋が敵に位置を悟らせぬよう、布で流れを逸らす工夫がされる。
「祈り班、声の輪は十拍、沈黙の輪を八拍で交互! 呼吸で合わせて、声は低く」
セレナの指示で、祈りの輪は規則正しく膨らみ、しぼむ。
ティアが輪の外にいる子の肩にそっと触れる。「泣きたいときは泣いていいよ。――でも、立つときは立とうね」
子は鼻をすすり、こくんと頷く。泣きながら、立つ。
それがいまの王都だ。
エリシアは土と血の匂いの中で、袖をまくって寝台を押す。
「椅子を! ここに座って。水をもう一杯。……ありがとうはあとでいいの。いまは呼吸を合わせて」
老兵が笑い返し、若い母親が礼を忘れて子を抱き直す。王女の言葉が命令に変わらない――それが小さな誇りになっていた。
アレンは胸壁の縁を歩き、歪みを指で測っていく。
石は割れ、砂は流れ、街はまだ壊れている。
それでも、街だ。
「アレン」
エリシアが背で呼ぶ。
「沈黙が国を守り、声が人を導くなら――私は声になる」
「俺は沈黙を背負う」
視線は合わせない。並んで、北空を見る。
「二つで支える」
「二つで立つ」
祈りの輪がふたたび小さく膨らみ、ルーメンのような光が広場の切株に円を描く。
──
三 市街戦、第二幕
黒翼は去った。だが地上の影が伸びる。
先行の獣魔群、曲がった角と硬い背。人の腹を恐れず突く訓練がされている。
ガイルが路地の入口で剣を振り、三歩分だけ下がる。「ここから先は通さねぇ」
オルフェンが背中で受け、斜角で流す。流れた獣魔はレオナの矢に側頭を貫かれる。
セレナが倒れた民に触れる。「呼吸を、下へ――
ティアは路地の角に護符を結ぶ。「ここまで来たら、もう怖くないよ」
アレンは地面に指で見えない線を置く。
獣魔の足音が檻の内で意味を失い、突進の理由が剥がれて速度が落ちる。
「いま!」ガイルが踏み、オルフェンが受け、レオナが落とす。
連携は音より速かった。
「支部長!」フェリアが屋根から身を乗り出す。「北西角、火の手!」
「布を濡らして被せろ、空気を奪え! 叫ぶな、指で合図しろ!」
バーロの号令が短く、街の体がその短さで動く。長い命令は、いまの街には合わない。
短い戦。短い勝ち。短い息。
戦いながら直すしかない現実が、街の骨に刻まれていく。
──
四 わずかな休止、わずかな光
陽は天の途中で薄く滲み、石の影を短くした。
配食の鐘が鳴り、薄い粥とパンの列が蛇のように伸びる。
ローレンスが大鍋を木べらで叩き、笑う。「一口ずつだが、熱いのをな!」
列の端で、ティアが子の口元を布で拭き、笑わせる。
セレナは手を洗い、掌の皺に残った血を水で流す。指の節が少し震えている。
「大丈夫?」アレンが問う。
「うん。震えるの、止めれば止まるけど――止めない。生きてるって分かるから」
「いい祈りだ」
エリシアが胸壁に寄り、北空の薄い墨色を見つめる。「戦いながらでも、人は立ち直れるのね」
「戦いながらじゃないと、立ち直れない時がある」
アレンの声は静かだ。「壊す手が、積む手にもなる。――いまがそうだ」
風が一度、街旗を鳴らして止む。
その静けさは空白ではない。次が来る前の形だった。
──
五 黒い遠雷
伝令が二人、息を切らして現れる。
「報告! 北境に魔王国本軍、重騎・魔導砲・巨像――視認!」
「東側、避難列が国境道に殺到、百隊以上!」
バーロは一瞬だけ目を閉じ、すぐに開く。「よし。屋根の見張りを二倍。門の前に『座る場所』を増やせ。並ばせるな。並びは死ぬ」
「配食と水は?」
「十拍で回せ。熱いものは前に、重いものは若い腕に」
胸壁の上で、アレンは遠い空の厚みを読む。
誰かの視線が、そこにいる。
声は来ない。
だが、見られている。
(来い)
返事はない。
代わりに、北の雲がわずかに沈んだ。
「戦う」アレンは言う。「立て直しながら」
エリシアが頷く。「その言葉を、この国の合図にする」
セレナが微笑み、ティアが胸に手を当て、レオナが矢筒の重みを確かめ、ガイルが柄を握り、オルフェンが革紐を締め直す。
バーロが吠えた。「壁、立ってるぞ!」
王都のどこかで鐘が一度だけ鳴り、
瓦礫の上の光が、ゆっくりと街を撫でた。
その夜、王都は眠らなかった。
焚き火の影が壁を滑り、誰も声を上げずに動いていた。
火の粉が落ちるたび、子どもたちはその明かりを拾い集めるように見つめた。
――静かな街。けれど、耳の奥では地の底が鳴っている。
「北の空気、変わってきてる」
屋根の上でレオナが弓を構えながら囁いた。
冷たさが強くなっていく。魔の気配を含んだ風が、肌を削るように吹き抜けていく。
その風を嗅ぎ取るように、アレンが目を細めた。
「……黒翼将じゃない。今度は“獣”だ」
黒い霧の中、低い咆哮が連なった。
獣魔兵。
魔王国が人の肉を苗床に作り出した、戦場の“残響”。
四つ脚、二つの口、背に禍々しい魔石。数は百を超える。
「門を閉じろ!」
バーロの怒号が飛び、鎖が鳴る。
鉄扉が閉まりきる前に、外壁を駆け上がってくる獣が二体――
ガイルが前に出た。
その剣は、夜の空気を裂いて音を失わせる。
「
連撃が炎のように走り、獣の首を断つ。
血ではなく、黒い煙が吹き上がり、足元で砂を焦がした。
オルフェンが盾を地面に叩きつけ、結界を展開する。
**
上空。レオナの矢が、月明かりを縫うように放たれる。
風を裂く音が鋭く、矢の雨が獣魔の群れに降り注ぐ。
「次弾、装填!」
兵士たちが叫び、背中合わせで矢を継ぐ。
「アレン!」
セレナの声が飛ぶ。
祈りの輪の中心、ティアが倒れた子の胸に手を当てている。
脈が弱い。肺が潰れている。
セレナは息を合わせるように祈った。
「
白い光が揺れ、倒れていた少年の胸がわずかに上下した。
ティアが泣き笑いのように息を吐く。「まだ……大丈夫」
その刹那、外壁が震えた。
轟音。北門の外で、地面が波打つ。
バーロが叫ぶ。「巨像だ! 魔導砲付きの重歩兵、来るぞ!」
「下がれ!」アレンが手を掲げた。
無詠唱・
空間がわずかに歪む。
次の瞬間、地面を叩く魔導砲の爆炎が波のように迫る――
だが、炎は彼に届く前に形を失い、無音の光となって霧散した。
「防御……じゃない?」
オルフェンが目を見張る。
「攻撃の“概念”を削いでる。――当たらないんじゃない、存在できないんだ」
ガイルが低く笑った。「相変わらずだな、あの化け物め」
アレンは息を整えず、前を見た。
黒い巨像が三体、夜を歩いてくる。
その足跡のたびに、石畳が凹む。
目の中の魔石が燃えるたび、風が軋む。
アレンの足元に、魔法陣が広がった。
「
光の槍が、無音のまま放たれた。
空気を焦がすことなく、巨像の胸を貫く。
次の瞬間、音が遅れて戻る――雷鳴のような破裂音。
巨像の胴が爆ぜ、崩れた。
「撃ち抜いたぞ!」
歓声が上がるが、アレンの目は笑っていない。
「まだだ。あれは“試し”だ。――本隊はこれから来る」
北の森の奥で、赤い閃光が三度、連なる。
その光が空を染めた瞬間、空気の匂いが変わった。
血のような鉄臭さ。
アレンはすぐに理解する――魔王軍、本隊の魔導連携が始まった。
「セレナ、祈りを継続! バーロ、住民を南区へ! 戦闘員は第二防壁へ移動!」
アレンの指示が飛ぶ。
動きは一糸乱れない。
兵も市民も、もう訓練されていた。戦いながら生きる術を。
「アレン!」
背後からエリシアが駆け寄ってくる。
衣の裾を血と灰で汚しながら、それでもまっすぐに。
「私も出ます。指揮だけでは守れません」
「王族が死ねば、それこそ終わりだ」
「違う。――王族が“立たなければ”、国は死ぬの!」
一瞬、二人の視線がぶつかる。
風の音だけが響く。
エリシアは剣を抜いた。
細剣の刃が月を映し、静かに震えた。
「この国は、沈黙と声で立つ国。あなたが沈黙なら、私が声になる」
「……だったら、せめて後ろに立て」
「嫌です。横に並びます」
アレンは短く息を吐いた。
「なら、守り切れ。立って、見届けろ。俺たちの“再建”を」
二人は並んで北門を見据える。
闇の中、無数の影が揺れる。
黒翼、巨像、獣魔。
その全てが一つの意志で動く――“黒王軍”。
セレナが低く祈る。「どうか、この国を見捨てないで……」
ティアが護符を結び、子どもを抱いた母親の背を押す。「行って。私たちは残る」
バーロが大声で叫ぶ。「全兵、構えろ! 鐘を鳴らせ! これは――**
鐘が鳴った。
街全体が震えた。
光と闇がぶつかり、空が裂ける。
アレンは静かに目を閉じ、無詠唱の魔法を連続で放つ。
「――来い。沈黙の底で、すべて聞き取ってやる」
無音の閃光が夜を裂いた。
黒翼たちの咆哮が重なり、戦の幕が上がる。
エリシアが一歩前へ。
剣を掲げ、声を張る。
「アズーラ王国の民よ! 恐れるな、ここが“生の砦”だ! 私たちは沈まない!」
その声が夜風に乗って広がる。
沈黙と声。祈りと戦。
王都のすべてが、再び立ち上がる音になった。
──
終章:夜明け前の誓い
空がまだ暗い。
だが、東の端がわずかに白んでいた。
アレンは剣を握り直す。血と灰の中で、口を動かすことなく呟く。
(沈黙は止めるためじゃない。聴くためだ。――この国が、生きようとする声を)
北の空で閃光が再び交錯する。
アレンは前へ出た。
黒い風が吹き荒れ、光が空を切り裂いた。
誰かが叫び、誰かが泣き、誰かが祈る。
その全てが、立ち直ろうとする国の呼吸だった。
そして、
夜が明ける。
──
六 黄昏の前哨
黄昏が、王都の割れた屋根に浅い金を流しはじめる。
レオナの斥候矢が北の空で弾けた。合図は二つ――近い。
オルフェンが盾の革紐をもう一度締め、ガイルが刃を油でなでる。セレナは祈りの輪を小さく保ち、ティアは護符の結びを二重にした。
エリシアは配食所で最後の鍋を見送り、老人の手を握って言う。「明日も来ます。座って、息を合わせて。――立つときは一緒に」
バーロが短く合図を出す。「各持ち場。火は低く。声は短く。息は揃えろ」
長い言葉はいらない。街は、もう動き方を覚えた。
アレンは胸壁の陰に名のない楔を置く。
無名の静けさ――戻る場所の印。
そこへ帰って来られるように。
「アレン」
セレナがそっと袖を引く。「戻ってくるって、言わないの?」
アレンは、わずかに目を細めた。「言葉は、遅いときがある」
「……うん。じゃあ、祈る」
「頼む」
オルフェンが肩を軽く叩き、ガイルが拳を軽く当て、レオナが矢を一本渡す。ティアは笑顔で親指を立てた。
アレンは
北の空が、一瞬、赤く脈打った。
――
──
七 夜の端、街の呼吸
夜は完全には落ちない。炎と祈りと街灯が、暗さの形を乱す。
屋根の上でレオナが矢を一本ずつ撫で、羽根の噛み合わせを指先で確かめる。
オルフェンは胸壁の歪みに指を当て、亀裂に小さな魔導楔を押し込んだ。単純で、効く。
ガイルは若い民兵の手を両手で包み、「怖いのはいい。足だけ止めるな」と囁く。
ティアは祈祷所の石に膝をつき、「こわい」を「こまる」に変える短い祈りを教える。「“こまる”は助けを呼べるからね」
セレナは救護所で清水の温度を親指で測り、薄い湯気の立ち方で患者の巡りを読む。
バーロは帳場で小石を地図上に置き換え、動く壁の呼吸を刻む。
エリシアは、静かな一角で空を見上げた。
沈黙は罰ではない。選択だ。
声は秩序ではない。届けるための道具だ。
どちらも、立つためにある。彼女の胸で、その確信が形になっていく。
「あなたは沈黙を背負い、私は声を担ぐ」
小さく呟いて、彼女は踵を返した。配食の残りと水袋と毛布。それを抱えて歩くのが、今夜の王族の仕事だ。
──
八 前夜の誓い
祈りの輪が一度だけ大きく膨らみ、広場の切株に光の輪が走る。
耳を澄ませば、泣き声も笑い声もある。怒鳴り声は、ない。
声は使う。叫ばない。
沈黙は置く。押し付けない。
アレンは胸壁の上に片手を置き、目を閉じる。
戻るべき形の在りかを、指先の温度で確かめる。
遠い空で、誰かが見ている。
ならば見せよう――戦いながら立ち直る国の形を。
鐘が、短く一度。
次の合図だ。
王都は、息を合わせて立った。
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