第18話 密輸船(前編)

 『クラブ ローズ』の前に二台の車が止まっていた。黒い高級セダンと黒いワンボックス。もう辺りは暗くなっている。


 優子は猿ぐつわと手錠をかけられ、黒いセダンの後部座席に押し込まれていた。

 アロンも口に猿ぐつわ、手錠と首輪、さらに縄をかけられ、両脇を抱えられ、両脇を抱えられて黒いワンボックスに乗せられている。


 風のように二台の車は去っていった。柿崎は、店の扉の前に立ち、車を見送っていた。

 

 あたしの隣には三十歳過ぎくらいの男が座り、拳銃をあたしに向けて突きつけている。

 (どこに連れて行かれるんだろう)

 あたしはずっと震えていた。


 一方、アロンのいる車では、左に座る青木勇が言った。

「ちょっと試したい」

 アロンの肩口の服を破り、普通のナイフを刺して抜いた。傷はみるみる消えていく。さらに別のナイフを取り出して刺した。アロンは暴れるが、血はなかなか止まらない。

 

「おい、銀効くぞ」

「狭いとこであんま暴れさすなや」と助手席の龍田吾郎が諌める。


「こいつ鼻が曲がったから根に持ってん」と右にいる高橋尚輝が笑った。


 ◇


 三十分ほど経つと、二台の車は停まった。どうやら埠頭らしい。大きな設備の音が響く。

 

 ガシャーン。

 

 しばらくして、車は船に乗り込んだようだ。

 

 (フェリー?)

 

 車が奥まで進むと、あたしは外に降ろされた。

 

「階段登れ」

 

 船の端にある階段を登るよう命じられる。途中、船底を見下ろすと、たくさんのトレーラー荷台の中に黒いワンボックスカーを見つけた。

 (アロンがあれに乗っているはず)

 

「はよ行け」

 

 背中を小突かれ、三階分上ったところで部屋に入るよう促された。


 部屋は個室で、ベッドと小さな机、テレビが置かれている。

 

「入れ」

 

 ベッドに座らせられると、あたしは身構えた。

 男は、あたしの猿ぐつわを外した。


「変なことは考えない方がいい」

 男――高畑新次は、睨みながら言う。


 ガチャリ。

 

 部屋の鍵をかけられた。外で見張っている感じがする。窓がないので見えない。


 あたしは両手で頭を抱え、落胆した。

 (アロンはきっとどこかに売られてしまう。あたしは用がなくなったら殺されるのだろうか――)


 『優子』

 

 誰かに呼ばれ、上を見るとあたしの守護霊の児玉惟行こだまこれゆきがいた。

 (児玉さん、助けて!)

 『私なりに手を貸そう』

 

 あたしは、児玉さんに拝むように頭を下げた。

 (お願いします!)


 『じゃ、行ってくる』

 (ど、どこへ?)

 

 『アロンのところだ』

  (お願いします!)と、あたしは何度もお辞儀をした。

 

 ――アロンは、船底に置かれた大きめのコンテナの中にいた。青木はまだ銀のナイフをアロンに何度も突き立てている。苦しむアロンをみて、青木は楽しんでいるように見えた。

 

「もういいだろう? 商品なんだし」と、高橋尚輝。吾郎の直属の部下だ。


「いざとなったらこの銀の剣をこいつの心臓にブッ刺しますよ」と自称・剣道三段の佐々木裕和が言う。

 

「死なない程度にしてくれよ。まあ、一旦出ようか」

 高橋尚輝が外に誘った。


 コンテナの前で青木が監視して、他の二人は談話室に休憩しに行った。

 

 『アロンや』

 血だらけのアロンが動く。

「誰――?」

 『静かに。心で話しなさい』


 アロンが上を向くと、日本の武将の装束を纏った存在感のある男がいた。

 『優子の守護霊、児玉惟行と申す。今から大事なことを言うから覚えておけ』

 (わかった)

 

 『まず、お前の《酔い》が覚めるのはどれくらいだ?』

 (たぶん……。あと一時間くらいで元に戻ると思う)

 

 『このコンテナの前に一人、談話室に三人、優子のいる部屋の前に一人組員がいる。他は船に専属する船員だ。合わせても二十人足らず。お前は優子を連れて逃げられるか?』

 (ここは変身すれば抜けられる。普通に動ければ負けることはない。命に換えても優子は守る)

 

 『よく言った! 一時間後、十分ほどわしの力で電源を落とす。その間に三階の運転者用客室にいる優子を助け出してほしい』

 (わかった)

 

 『一時間後、合図を送る』

 児玉は、それだけ言うとアロンの前から消えた。


 『優子』

 (児玉さん……)

 

 あたしは児玉の顔を見て気が緩み、涙が溢れた。

 『今から言うことをよく聞いてくれ』


 児玉は、アロンが船底のコンテナにいること、電気的なものには作用できるため、アロンの酔いが覚める一時間後に電源を落とすこと、十分しか持たないことを教えてくれた。

 『アロンが、命に換えても優子を守ると言っとった』

 

 あたしは涙が止まらなかった。

 (アロン……)


 ◇


 『クラブ ローズ』のバックヤードのソファで寝ていた梨沙ママが目を覚ました。

「あれ? あたし……ずっと寝ちゃってた?」

 店に出ると柿崎が酔っ払っており、手に札束を握っていた。

「マリアとゴンちゃんは?」と梨沙が尋ねる。


「起きたか梨沙。こっち来て飲もう」

「聞いてる? 二人はどこ?」

 

「今頃もう船で出航してるさ」

「え? まさか二人をヤクザに売ったの?」


 ママは怒りと情けなさで震え、飲んでいるグラスを柿崎の顔に勢いよくかけた。

「何すんだよ!」と柿崎が立ち上がる。


 パンッ! ママの右手が柿崎の頬を弾く音がした。

 

「自分の愛する人が道を外そうとしてるのに黙ってられるわけなかろうが!」とママが叫ぶ。


「情けない!」


「昔はギャンブル狂いだったけど、一本芯は通ってる人と思ってた。そんなとこに惹かれた……でも、とんだ見込み違いだったわ」


「残り四百万振り込んでくれると言われたんだ。お前だってお店建て直したいと言ってただろ」

 

「だからって、お金より大事なものがあるでしょう? 私が喜ぶと思ってたの?」


「いや……。ごめん」


「命の恩人の子を危険な目に合わせて……。私のこと全く考えてない。あなたとは別れるわ」


「あたしは、あの子を助けにいくから」

 ママは、車の鍵を持って出て行こうとした。


「場所教えるよ……。たぶんまだ出航してない」

 

 柿崎は泣きそうな顔をしていた。

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