第9話
…………………………
…………………………?
異界ヘルヘイム。
……死神が統べる終わりの地。
陽の光が届くことのない空の下、風は息を潜め時さえも凍り付いていた。それは、自然が必要ないから、時という概念は存在しなくて良いから。
そこは全ての魂が還る場所、あらゆる世界の最果て、人が最後に行き付く死界。
……その「生」と「死」を統べ選別するのが死神だった。
死神は常疲労状態であった、生死の選別、それは滞ることなくやってくる務め。魂の選別は細心の最新の注意を払って行わなくてはならない。それが毎秒やってくる死神に休みはなかった。しかし「権能」を投げ捨てることは重罪であり実に愚かである、「権能」がなければ「存在」がないのと一緒なのだから。
その光景を全知はそれをしっかりと観察していた。その大変さを理解し、全知はとある「理」を新たに創った。
……ふたつに割れた、神が。
今までひとつの「生死」という存在の死神は「生」と「死」に分断された。新たに与えられた、いや分断され細かくなった「権能」は死神の務めに大きな変化を与えた。
「生」の死神は生きる者を選別する。「死」は死に向かう者を選別する。それだけでも死神はおおいに助かった。光と影のように寄り添い、交代で務めを果たしていた。誰とも喋ることがなかった死神がこんなにもお喋りな人物になるとは誰も思わなかった。
……「生」は命の輝きを愛した。
……「死」は静かな終わりを尊んだ。
二人はうまく存在していた、「生」も「死」も、これがずっと続けばいいと思うばかりだった。
あの事件が起こるまでは。
……犯した。
……罪を。
生死を選択する神に慈悲は本来持ってはいけない禁忌の感情。まだ生きるというのなら生かす、もう死ぬというのなら殺す、至極簡単で間違えようのない事象。それなのに……。
全知は激怒した。「生」が世界の律に反する行動を行ったから、本来死するべき存在を元の世界へと帰してしまったのだ。
激怒をしたのは全知だけではない「死」も何故そんなことをしたのだと強く問いかけた。
「生」曰くまだたくさんの人がその生を待っている。生きるかもしれない、生きられるだけの価値があるかもしれない、そんな小さく儚くも輝いている命を無視することはできなかった、と。
ならば私にいえばよかった、私が代わりに裁いてやればお前は傷つくことなく済んだから、と「死」は言った。「生」は何も言わなかった、いや言えなかった。全知はそれ以上の会話を許さなかったのだ。
全知の憤怒は形として現れ始めた。悲鳴を上げるかのように地は揺れ空が裂け、「生」「死」を隔絶するかの如く破けた地は二人を喋ることも、合わせることも、もう許さなかった。「死」の地は隆起し、「生」の地は沈降した。咄嗟に救済の手を差し出した、が、もう遅かった。その手が届くことなく崩壊し始めた。
「生」はもういなかった。「死」が最後に見たのは光に包まれどこかへ去っていく「生」の姿。そして砂のように崩れる自分の姿。「生」が無くなればそれはもう「死神」という存在ではないのだ。
けれど「死」は見た、あの光景だけは今でも覚えている。砕け包まれゆく世界の刹那で確かに見た「生」の微笑み。
そうして世界は終わった、また、ひとつ消えた。
…………これが、私の全て、生涯の記憶。
………………………………?
………………………………!
少年はまた白い空間にいた。そして見慣れた姿が遠くに見えた。それが何であるかはすぐに気づいた。少年はたまらなく動きたかったが動けなかった、喋ることもできなかった。
「セリオ」
こちらを振り向くことなく背を向けて口を開いたもう一人の少年。名前を呼ばれた後、沈黙が続く、もう一人の少年は顔を少し上げて再び口を開いた。
「お前は強い、そのまま進め」
…………!
それは少年の求めていた物だった。誰かに認められて、好かれたい人と仲直りできて。
…………~~っ!
少年の声は出なかった、なぜ出せないのかが不思議で仕方なかった。もう一度、もう一度だけ喋りたくて……。
「……!」
どこか遠くへ去ろうとしたもう一人の少年はいきなり立ち止まった。それは少年が叫ぼうとしても声が出せなかった時。
そして少し振り向いた、しかし顔を見せるようなことはしなかった。
「…………」
何もなかった、何もなく再び歩き始めた。
……でも、それはどこか笑っている気がした。
……これは二人だけの秘密の仲直り。勝手に名付けたが、そうした方がいいと勘が言っていた。
「僕が、あの時みた光景、僕たちとは違うどこかの世界が壊れた、何かの記憶」
病室の窓から外を見れば焼け爛れながらも復興を急ごうとしてる街の人々があちこちに群がっていた。街の外観は完全に崩壊し、見ていられない程の悲惨な状態になっていた。
その一方で、ガイアたちは王城の治療室で手当てを受けながらこの先のことについて議論を交えていた。
「ジルも神でしょ?何か知らないの?」
比較的傷の浅かった二人はフィジカルの強さが働いたのかすぐに回復した。ガイアに問いかけられたジルは少し考えた素振りをしてからゆっくりと喋り始める。
「武器の記憶……と言えばよいか?恐らくそれだろう」
ジルはセリオの首元へいつの間にかついていた鎌の形をしたようなネックレスを指さした。
「それはお前の中の『死』が持つ魂機装、まぁ実質のところ『生』であるお前の魂機装でもあるのだが……それは魂の塊、たとえ命が宿ってなくともそこに魂が映るというのなら、命なくとも感じることができる……らしいぞ」
確信的な言い方をしないジル、というかいろいろと言葉が足りていない節があり言っていることがよくわからない。
「つまり、どういうこと……?」
「他世界と魂のことについては我もよくわからん、『観測者』がいれば詳しく聞けるのだが、生憎最近は姿を見せないからな……」
『観測者』それはあらゆる世界の全てを把握する存在。序列1位の座に位置しており最も全知に近しいと伝えられている。魂、世界の在り方、迎える運命を全て知り書き換えることのできる『理』の神。
「今はそんなこと、どうでもいいだろう?本題はあの謎の女についてだ、創世神、何か知ってるんだろ?」
話の本質がずれかけていたところをウォルフが戻す。
『嫉妬』という、七欲の魔王の内の一人を倒したとき突如として現れたあの謎の女性。天使だの何だの人間には理解に苦しむ会話をジルと話していた奴。
「えーっとさ、『七欲の魔王』って…………何?」
この時恐らく全員が華麗にズッコケただろう。
「王子……せっかく話を戻した俺の雄姿を台無しにしやがったな……」
「小僧の無知さには呆れるばかりだな」
溜め息をついて、ジルは喋り始める。
七欲の魔王、とは世界の無数に存在する「欲望」の元となる物。人間の持つ七欲とほぼ同じだ。傲慢や憤怒、強欲や色欲、怠惰、暴食……そして嫉妬。それが具現化した神と思えばいい。この7つの欲から様々な欲へと派生していくのだ。
「えっ……じゃぁそれをあそこまで追い詰めた僕って」
「あまり調子に乗るなよ?しかし貴様は出会った当時より格段に強くなったな」
「ちょっ……それ俺のセリフ!」
「でも……神って魂その物なのでしょう?刈り取ることなんてできないはずではないの?」
エレンの言う通り神は実体を持たない魂その物。生きているように見えて生きていない。ただ存在がそこにあるだけで世界に生存しているわけではない。
「貴族の女性とはいえまだまだ考えが浅はかだな、確かに神を殺すことはできない、弱い天使レベルの神ならば殺せるかもしれないが七欲ともなれば、死んでしまえば世界の理が壊れるからな」
魂がなくなることはない、人間の魂はこの世からなくなろうとあの世に存在している、それをなくなった、消失したとは言えない。それは輪廻転生が存在するから、その輪廻に全知以外は逃れることのできない運命。長い時間をかけて回復した魂がまた下界へと降りてくるのだ。
「しかし今回は話が別なのだ、無理やり器と結合したあのなりそこないはまだ人間の魂が残っていた、それを刈り取ればどうなるか?」
「……そうか、人間の魂がなくなったとき器の崩壊と共に神側も変に混ざった魂による反動で身体を保てないのか」
ロビンの言葉に頷く。
「下手に混ざったその魂は別の素質へ無理やり、侵食するかのように移り変わろうとする、素質と身体が一致しなければ神は身体を保つことはできない、あの時人間側の魂を刈り取り地獄に送ったことにより魂と身体の不一致が起き同時に崩壊が始まったのだ」
「そして、その弱っていた神があの女に喰われた……」
うまく話を繋げ戻したエリシア。
「俺たちのことも狙ってきたよね」
「僕、守れませんでしたぁ……」
アレイがションボリしているところ、頭を優しく撫でて落ち着かせる。
病室のベッドに横たわるガイアが喋る、冒険者としての歴からか、身体を貫かれる程度の傷はすぐに癒えたみたいだ。
「それは……嫉妬よりかは断然強い創世神と死神を狙うのは、当たり前だろうな」
七欲よりも上の存在である世界に等しい創世神。序列を無視し無条件に相手を死に追いやる死神。
ジルが知りたいのはなぜガイアを狙ったのかということじゃない。
「あ奴は、名前さえ伝えられるような存在ではない、それこそ我が昔全知の元に用事があり向かい偶然見かけた時は天使に等しい、最低序列であったはずだ」
そんな存在がどこで神を瀕死にできるような力をゲットしたのか?なぜ七欲の魂を吸収するような能力をゲットしているのか?
「七欲の能力を吸収など……全知くらいのはずだ……我でも……」
思い出す度ジルの脳は苦しく締め付けられるような痛みが走る。同時に怒りが湧く、無意識に、眉間にしわを寄せていた。自分という存在を下位序列如きの存在があそこまでこき下ろしてくるとは生意気にも程がある。
「個人的に、あの吸収?の仕方、すっごく気持ち悪ぃのは俺だけか?」
「わかるぜ……走って脱出していた時、思い出して吐きそうになった」
「船長はエチケット袋を常持っておけよなぁこの前の時も気持ち悪い魔物見て吐いたもんなぁ」
「あぁ、そうだな……そうするから黙ってろ……」
適当にレオンはロビンをあしらう。
「あの者が何をするかなど、今の私たちにはわかるものではありません、経過を見た方がいいのでは?」
「……ましてや貴様らには関係ないことだろう、そして我にも……」
そしてジルは指さす。
「この世界をどうするかなど、決めるのはお前だ、ガイア」
「えっ……俺?」
「…………もう我は神を降りた、今やこの世界にただ生きる人間のように運命を動かすような力を使うことはもうできん……運命をただ受け入れることしかできないのだ……」
ジルならたとえ世界が危険に晒されようと無視しそうであるが、力を無くした彼は最早神ではない、何もできないなら、横柄に決めつけることはできない。少し悲しそうな顔を浮かべてジルは喋る。
「俺は……まだ受け入れられない……頭を冷やして考えても、自分が神になっただなんて……」
「最初は……そうであるかもしれない……それでもお前は継いだ、継いだのなら同時に責務が、責任が生まれる……受け入れられなくても……やるしかないのだ」
ジルは傷部分を優しく触る。
「まずは回復だ、経過を見てもよいし……すぐに行動してもいい」
「わかった……」
「僕はオキサキ様とジル様の行く道にどこまでもついていきますっ!」
「何か……切ないよりも気持ち悪いが勝つんだが、この感性は間違ってるか?」
ウォルフがエリシアに問う。
「私も同じよ、正しいわ」
「そりゃよかった」
ウォルフはセリオの元へ寄り同じく、傷口を優しく触る。
「早く治せよ……強くなったなぁ……」
「な、なに今更……恥ずかしいんだけど」
「こっちは見てて気持ち悪いですね……同じことやってますよ」
「はっ!ちげぇし!これは……そう!師弟関係だ!師 弟 関 係 !」
「なんだか緊張感が消えちまったな、おいロビン俺らはここらにして行くぞ、じゃっまた会えたらなガイア、と鬼神」
「あいよ~船長、じゃぁなっガイアと鬼神」
ロビンとレオンはどこかへ去っていった。
それぞれはまた、それぞれの事情がある。何かの縁で再度会えるその時までの一時的なお別れ。大した関りはないかもしれないが、一度共に戦ったのならそれはもう戦友であるのだ。
いつものように日が照らす明るい世界の下、ガイアという冒険者は回復を待ちながら、次の冒険の兆しを感じるのだった。
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