星骸の継承者

かい

第1話

冷たく荒々しい風が吹き込む夜、冒険者ガイアは外で一人空を眺めていた。

 星々の輝く空は心を安堵へと導いてくれる、どんな人間にも獣人にも、一人きりの時間というものは必要だ。ましてや明日には決戦を控えているガイア一行達にとって安堵と精神の整理が尚更必要であろう。

「ガイア、眠れないのか?」

「うん、少しね」

 ガイアの兄であるレストが寝ていないことに気づき近づいてくる。幼いころから暮らしてきた二人の絆は本物だ、互いが背中を託して戦っている。特に兄のレストは戦闘の才が高い、人間ではありえない恵まれた、並外れた身体能力にガイアは何度も助けられたものだ。

 二人はお互いのことをよく知っている、だから眠れない夜や何かしら相手に悩みがあると察し、傍にいるだけで喋ることはしない。

 二人の間に入るのは冬特有の肌に刺すような冷たい風だけ、寒いと感じたのか体を寄せて少しでも暖をとる。

「明日、すべてが終わるんだな……」

 先ほどまで何かを察していたはずのレストがガイアに喋りだした、ガイアは別に喋りかけるなと言っているわけではなかったので特に気にせず喋ることに。

「二人で生きて帰ろう、兄さん」

 あぁ、とレストは静かに頷いた。

 この世界を破壊しようとする鬼神、ジル・セラフィート。

 噂では彼の要旨は鬼のような、竜のような、とにかく恐ろしい。鬼なのになぜ竜のような姿が混じっているのか、これには幾つかの諸説があるが、世界を創る上で上空から見るために羽が欲しかったのではと言われているまぁ、これは一番ありえないと言われてる説だが。鬼神とはいえザ・鬼という要旨はしていないのだとか。

 この世界を壊そうとする理由はわからない、しかし自らこの世界を破壊し創世すると公言したのだ。

 無論人々は反対し多くの人間が、獣人がジル・セラフィート討伐のために冒険者へとなった、しかし誰一人として帰ってくることはなく討伐は困難へとなっていったのだ。

 その帰ってこなくなってしまう対象が今回はガイアたちになってしまうのかもしれない、けれど二人に負けるという言葉は頭という名の辞書には一文字もないだろう、必ず勝って世界に平和を取り戻そうと。なんとまぁ、勇者みたいなセリフを心の教訓において明日へと備えるために眠れなくても目をつむり休むことにした。

 とはいえガイアたちは寝袋に入らず上に座った状態で小さく談笑している、ガイアはあしらっていることを悟られないよう意識しながら、今までのことを思い出していた。

 

 

 レストは勇者として才がある。そう故郷の王から言われた、この世界の勇者の基準はガイア自身よくわかっていないが魔王に匹敵する凄まじい力を持っていることには違いないだろう。

 それを聞いたときレストは謎の使命感にとらわれたとか、勇者ということは魔王を討伐しに行くことが一番のやるべきことになる。いや生きている限りこの世界「アトラシア」を守り続ける、それが偉大なる勇者様の虚構の使命なのだろう。

 無駄に雄大な建前を与えられてからというものの、レストの顔は疲労困憊を表すものへと豹変していった。しかし優しく使命感の強い彼はそれを周りにバレないよう表面上は笑顔を創る。

 けれど長年ともに生活を送ってきた弟のガイアにとってその顔に裏があることにはすぐに気づけた、無理やり上げた表情筋、生気のない目、似合いもしない化粧で不格好に隠された目の下の隈。

 けれどガイアは何も言わなかった、それはレストという人間をよく知っているからだ。

 彼は隠し事をするのが苦手だ、だから嘘をついたことは幼少期のお遊び程度。成長し自分を客観視できるようになってこれば自然に弱点がわかる、だから過程とともに嘘をつかなくなったのだが、そんなレストが意地でも隠したいとしているとは中々なことだ。

 知られたくもない物事に無理に首を突っ込むのもいささか甚だしいものだ、そもそもレストもガイアも馬鹿ではない、本当に苦痛を感じた時には大人しく戻ってくるだろうしそれでも無茶をするというのならガイアも容赦はしない。

「二人とも、まだ起きてたの?」

 突如横から声が聞こえた、薄い褐色の毛を持った女性獣人、エレンだ。彼女はゆっくりと寝袋から上半身だけを立ててこちらに向いた。

「おっ、悪い、つい盛り上がってしまったな」

 誤差レベルで先に口を開いたのはレストだった、にっこりとした笑顔でエレンに対し謝る。

「ごめんエレン、俺らももう寝るよ」

 レスト程の陽気な声質ではないが爽やかな笑顔をしてガイアも謝る。

「二人とも何を話していたの?」

 エレンは眠りを妨害されたことはあまり気にしていないようで、話を展開したのは彼女からになった。

「明日のことについてだ、男同士だと話が盛り上がっちまうんだよな~」

 男性同士だろうと、女性同士だろうが同性同士の会話というものは盛り上がってしまうものだろう。

「私にはよくわからないけど、楽しそうなのはわかったわ」

 エレンにとって他者と関わる楽しさはわからない、正確にいえば知らないのだ。

 それはエレンの家庭環境に問題があった、家柄によって教育の仕方は人それぞれであり法に触れない限りには否定できない違いだ。

 彼女はシェーハイ家という神霊地・エイストを建国した神降ろしの祈祷師レイオフ・シェーハイの血筋を持っている、いわゆる貴族というものだ。

 そんな彼女は幼少期の頃から厳しい指導を受けてきた、その厳しい日程に休みはなく周りの人ともたいして関わることがない。

 いつしかエレンは教育の仕方がおかしいと自身で気づき、父レイオフに何も言わず、逃げるように国を去った、行く宛もなく無期限の家出をして路頭に迷っていたところをレスト兄弟に拾われたというわけだ。

「まっ、そろそろ寝るか」

 レストの発言にその他の二人は頷き、明日の命運を祈り就寝することにした。


 暁の光に世界が照らされた。仲冬の朝はとても寒い、普通の人々は寝袋に包まり多少は暖かくなる昼頃まで待つだろう。しかし彼らにそんな余裕はない。

「んっ……」

 テントの隙間から入ってきた眩しい太陽光でガイアは目を覚ました。

「おっ、起きたな、随分ぐっすりしてたぞ」

 レストもエレンも先に起きていたようで朝食と焚火の準備を行っていた。少し寝すぎてしまったみたいだ、ガイアは急いで身を起こし二人の準備を手伝いに行く。

 冒険者にとって暖をとれる代物は焚火くらいだ、噂では東の方にある国へ行くと暖も冷もとれる不思議なものがあるのだとか。

「ガイア~?お前魚捌けるか?」

 何匹か釣ってきたレストは収納ボックスにいくつかの魚を入れて戻ってきた、半分は塩焼き後の片割れは刺身にしたいようだ。

「兄さん……まさかこの剣で捌かせるつもり?」

 ガイアが指した剣は幾度となく魔物を斬ってきた真剣。

「嫌なら俺の剣を貸すぞ?」

 そういう問題ではないだろうとガイアはツッコミたい、料理で使う包丁と戦闘で使う剣を同じ刃物として扱わないでほしいものだ。別にダメというわけではない、しかしたいしてしっかり洗ってもいないたくさんの汚い血がついた剣を、自分たちが口に運ぶ物に使うのは衛生的に拒否感が出てしまう。

 とはいえ都合よく料理用の包丁もない、そもそも今までも見てないところでこんなことをしているだろう、すると何も反論できないのだ。事実ガイアは獲ってきてばかりで料理の方はお陀仏だった、そのため反論しようと既にやっている事だからと一発で言い返されておしまいだ。

「わかったよ、下手だけどいい?」

 仕方なくも了承したガイア、任せられたからにはしっかりやらなくてはならない。

 

「釣ってきたばっかの魚だから新鮮だな!」

 形の悪い刺身を頬張るレスト、半身を焼いている間に刺身を先に食べていた。

「醤油、醤油が恋しいなぁ……」

 刺身は確かに絶品なものだが、魚の身だけでの味では何か物足りない。それを言えば今焼かれている半身だって塩をかけなくては味気ない。元の材料だけでは何かが常に欠けているのだ、それを満たしてくれるのが調味料というものなのだ。

「私、魚をこうして食べるの初めてだわ」

 貴族らしくも所作が美しいエレン、エイストは場所的に魚の取りにくい地域だ魚の輸入も難しく魚介類はあまり食べたことがないのだろう。

「輸入が難しい以上新鮮さが命の魚介類は刺身にはできないだろうなぁ」

「じゃぁ今度はシュリンプでも獲ってこようか」

「まずは鬼神に勝ってからな」

 食料というものは人間にとって精を出させる源だ、腹が減っては戦ができぬという言葉があるように何事にも腹ごしらえというものは必要である、食べすぎもよくないが決戦が控えている今の自分たちにとって大事なこと。

 戦闘前の食事は腹八分目程度にしておくのが暗黙の了解というもので、その程度が一番力が使える。

 片付けと支度を雑に終わらせ、いよいよ敵の本拠地に向かうガイア一行、今日で全てが終わると思うとガイアは興奮で身心を抑えられなかった。

 レストはその姿に半ば呆れた声で「落ち着け」と一言、その二人のくだりを優しく見守るエレン。

 決戦間近というのに緊張感の全くない足取りだ、普通こういうのは誰も喋らない気もするのだがいや、こういう時こそ穏やかな気分でいる方が本領発揮ができるというものなのか。


 敵の本拠地だというのに、城内はやけに静かだった。

 鬼神の孤島に聳え立つたった一つの城、遠方から見たことしかなかったが実際に近づいてみるとその大きさに驚愕してしまう、首を上げ城を凝視すると何とも言えない心のざわつきがガイアを襲った。

 そのざわつきを感じたのはガイアだけではない、パーティー全員がいきなりの緊張感に覆われた。先ほどまでの悠長な会話はどこへやら、喋ることもなくただ黙って辺りを見渡し歩いていくだけ。

 城内は血の臭いで充満している、黒い大理石がつらされたランタンの明かりに照らされ輝いている、その姿は魔王の城という禍々しい様を強調させていた。

 雑に置かれた財宝が床に散らばっている、それは王室へと近づく度に増えているように見えた。

 この床に散らばる財宝は一体何なのか、ガイア達はわからなかった、いや知る余地などないのだ。彼らの心にあるのは『裕福』ではなく『平和』だ、ギラギラと輝く財宝を無視して王室に向かっていく。

 王室までの道のりに一切の魔物はいなくやけに静かであった、その雰囲気がガイア一行の感情を更に煽る。しかし戦った痕はしっかりとあった、現に血生臭さが鼻をこれでもかと刺激するからだ。

 黒い大理石もよく見ると赤くドロッとした血痕が至る所にこびりついている、こんなところで絶対に生活はしたくない、とガイアは思った。

「…………見つけたっ……!」

 そういい颯爽と走って行ったのはレスト。玉座の部屋は目の前であった、ドアはなくすぐに中身を確認することができる。

 黒い肌、赤いマント、キラキラとした服装と細胞を逆立てるようなおぞましい姿。鬼神にして魔王、ジル・セラフィートだ。

 剣を取り出し鬼神へ一直線に突っ込んでいくレスト、刃が心臓部へと刺さるかと思われた瞬間、レストは空中で静止した。体でみえなくなっているがよく見れば鬼神が剣の刃先を指で止めている、敵ながらにさすがとしか言えない芸当だ。

「全く……礼儀がなっていないな」

 呆れた声で、余裕のある声で鬼神は喋りだす。

「俺はお前を殺す……!」

 感情に任せた力は時に凄まじいものだ、レストは剣を動かそうとするがビクともしない。その姿を笑いながら見ている鬼神、一切の力をまだ使ってないように見える。

 レストの怒りの顔は今までに類を見ないものだ。自分の使命を果たせる目的が今目の前にいる、それだけではない、この戦いが終わりさえすればこの無駄に重い役割はようやく消えるのだ、その思いが今の彼の原動力となっている解放されたいという想いと使命を果たせるという感情が混じっているのだろう。

「ふん……久しぶりに面白い戦いができそうだと思っていたが、我の期待外れだったか」

「うぐぁ!?」

 断末魔が聞こえた時にはもうレストはいなかった、あんな弱そうなデコピンで吹っ飛んでいったというのか、ガイアは現実を受け入れられなかった。

 自分よりも強い兄があんなにもあっさりとした幕引きとなるなんて誰が想像できただろうか?

 戦意喪失しかけたガイアだったがそうはいかない、必ず勝つ、そう二人で約束したのだから。

「ジル様~?なんの騒ぎですか」

 ガイアが剣を取り出し攻撃を仕掛けようとした瞬間だ、場違いな声色でいきなり登場してきた一匹のコボルト。鬼神は苦い顔をしている。

「邪魔だネズミ、我はいま選別しているのだ」

 コボルトは寝起きのようで、こちらに気づかず語尾を伸ばす喋り方をし呑気そうにしている。

「ガイア、大丈夫?」

 隣にいたエレンの声にガイアはハッとした、今、眺めている暇などない目の前にいるターゲットを始末しなくては。

 ガイアはゆっくりと足を鬼神へと近づけ間合いを自分の有利なものへと変えようとしていく。

(届く……!)そう理解したガイアはレスト同様一直線に鬼神に向かって飛び掛かった、スピードなら兄をも凌駕するガイア、その動きは音速をも超える。

 その動きには鬼神も少し驚愕したようで、ガードをするのが遅れていた。けれどもやはり刃先はビクともしない、不意を突いて相手は安定した守りはできなかったはずなのに。

「どいつもこいつも礼儀のないやつだ…………むっ」

 掴み上げようとする前にガイアは退いた、鬼神は何か気になることができたようで反撃をすることはせずゆっくりと近づいてくる。

「ひゃぁ!?人間!?」

「うるさいぞ、ネズミ」

 コボルトは今更気づいたようで、大げさに体をビクッと震わせその場を離れていく。

 戦力として襲ってくる魔物でないなら気にする必要はない、ガイアは一瞬コボルトの方が気にな手しまったがすぐに鬼神の方へ顔を向けた。

「どうした?かかってくるといい」

 余裕のある煽り発言がガイアの怒りを増幅させる、言われなくともやってやる、そう殺意を芽ばわせ自慢のスピードを重視した攻撃を行う。

「ガイアっ……援護するわ」

「ありがとう、エレン!」

 ただ突っ立っているエレンではない、彼女も回復魔法と攻撃魔法を駆使してガイアを援護する。

 刃は全くといっていいほど鬼神には届かなかった、斬撃を飛ばしてもいとも容易くはじかれるだけ。消耗されていくのはこちら側の体力だけで、鬼神はつまらなさそうにしていた。

「もう、よい」

「はっ?」

 ガイアは意味がわからなかった、唐突の中止発言に怒り以外の感情が湧いてこない。それほどに鬼神の全ての発言はガイアにとって不快極まりないものだ。

「貴様は、少しどこかに行ってろ」

「きゃぁっ!?」

「っ……!エレン!」

 何をしたいのかがわからないが、鬼神は手から炎を出しエレンを吹っ飛ばした、レスト程吹っ飛んだわけではないが城外にでたことは確かである。

「貴様らは人間にしてはよくやった、もうやめにしよう」

「お前……!俺の兄貴を殺しておいて……無責任なことを!」

 ガイアは見逃していなかった、吹っ飛ばされた瞬間のレストの腹が貫かれていた姿を。

 あの一瞬でどう貫いたのかが知りたいのではない、今ガイアにある感情はただ殺意だけであった。

「血の気を多くするな、我の話を少しは聞け……」

「うるさい!あの世に送ってやるっ……!」

 ガイアは心に身を任せた攻撃を行った、しかしその行為は愚かなものであった。

「手荒にやりたくはなかったが仕方ないか」

「あがっ!?」

 感情に任せた攻撃がどれだけ単純なものか、ガイアはわかっているはずなのに。

 気づけば胴体を殴られておりじわじわと激痛が走り始める。その痛みにガイアはもがくことしかできなかった。

「貴様には素質がある、さぁ、生まれ変わるのだ」

「な、何をする気だ!やめろっ!」

 鬼神は倒れたガイアにゆっくりと近づいてくる、抵抗したくてもできないガイアは死を悟った。

「今回は、耐えてくれるだろうか……?」

 消えていく意識の中、ガイアは「兄さん、ごめん」と謝罪した。約束を果たすことができずに死んでしまう自分を情けなく思った。

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