第四章 これは、諦めなければいけない恋だった。
第21話 私、美月がこんなにタチ悪い性格してると思ってなかった
子供の頃、冬はもっと雪が降ったような気がする。
さすがにかまくらまでは作れなかったけれど、小さい雪だるまぐらいは作れた。
でも今は、雪は降れどもあまり積もらないし、日陰以外は溶けてすぐになくなる。
水分を含んで泥が混じった雪は、べちゃべちゃしていて汚いから嫌い。
ローファーに跳ねた泥を落とすのも一苦労だから。
「ふー……ホント寒いね。奈々は生足で平気なの? タイツ履けばいいのに」
私の隣を歩く美月が、白い息を吐きながら両手を擦って私をちらりと見る。
「制服にタイツは甘えなの。でも正直に言うと、足がキンキンに冷えててもう太ももの感覚ない」
制服の上に白いダウンを羽織った美月は、着膨れしていて一段とかわいい。
「太もも赤くなってるよー? 受験生なんだから、風邪ひかないようにね」
「美月の方が寒そうだよ。ほら、マフラー貸してあげる」
私の首に巻いていたマフラーを美月の首にぐるぐると巻いてあげる。
寒さで赤くなったほっぺを隠してしまうのはもったいないけど、美月が寒い思いをする方が嫌だ。
美月は大人しく私のマフラーを巻かれたあと、目を細めてにっと笑った。
「ありがとー。奈々は本当に優しいね」
「……まーね」
「奈々は私のこと、好きだもんね。だから、特別なんだよね?」
「……ホント、生意気なこと言うようになったよね、美月も」
照れ隠しに、美月の腕を肘でつつく。
好きってバレてしまったものはもう仕方ない。今更撤回することもできないし、する気もない。
でも、こんなふうににこにことうれしそうに言われてしまうと、頬が緩んでしまいそうになる。
美月が、私の気持ちを肯定してくれているような気がして。
あれから、美月は時折こうして私の気持ちを確かめるような行動を取るようになった。
たとえば何気ない瞬間に触れる手や、明らかに私を試そうとする眼差しとか。
美月のこの行動が、私への恋愛感情からくる行動ではないこともわかっている。
美月は私に依存している。
私は……それを知っていて、今のこの関係に居心地の良さを感じ始めている。
好きな子に必要とされて頼りにされることが、こんなにも心満たされることだなんて知らなかった。
この甘い関係に、私まで依存してしまいそう。
私の中の天使と悪魔が、ずっと殴り合いの喧嘩をしている。
たとえばもっと美月が私に依存して、私なしでは生きていけなくなったとしたら――その関係にはなんと名前をつけるべきなのだろう。
依存心と恋愛感情の違いって何?
ねえ美月、私は怖くてたまらないよ。
この魔法が解けたとき、美月はどんな目で私を見るんだろう。
一緒にたすくを迎えに行った後、私たちはいつものように美月の家に向かった。
一月生まれのたすくは、早いもので来月で一歳になる。
初めてたすくに会った時は生後四か月で、本当に赤ちゃんだった。
でも今はあの短い両足で、ふらつきながらもしっかりと立ち上がる。
子供の成長スピードは本当に速い。
夜泣きもおさまり、徐々に纏まって寝るようになったたすくのおかげで、美月は見違えるように元気になってきた。
でも、たすくに手がかからなくなっていくということは、美月にとって私が必要じゃなくなっていくということで……喜ばしいことなのに、本音を言うと少しだけ寂しい。
美月のアパートの前に着くと、知らない男子高校生がドアの前に立っていた。
ワックスで固めた髪がつんつんと空を向き、剃りすぎた細眉と鋭い眼差しがヤンチャそうな雰囲気を醸し出している。
彼はだぼついた制服のポケットに手を突っ込んだまま、美月に向かって片手だけを軽く上げた。
嫌な予感がして、私は眉間に皺を寄せる。
「おーっす」
「
美月が首を傾げて尋ねる。
大和?
やけに親しそうな雰囲気に、チリチリと胸が焼けこげる。
「美月、メッセージ見てねぇの? 参考書返しにきたんだよ」
美月?
今コイツ、美月のこと呼び捨てにした。
理屈ではなく、女の勘がコイツは敵だと言っている。
「ごめん、たすくのお迎え行ってたから気付かなかった」
「これさぁ、なんか難しくて俺にはよくわかんなかった。もっとマシなのねーの?」
「えぇ? これが一番優しいやつなのに。ねえ大和、受験勉強ちゃんとしてるの?」
「ぜーんぜん。まあ……大丈夫っしょ。どっかには受かるべ!」
ニカッと笑う笑顔は屈託なくて、見た目ほど悪い人には見えない。致命的なほど馬鹿そうだけど。
なんでこんな馬鹿っぽい男子と、美月が知り合いなんだろう?
「奈々、紹介するね。彼、私の幼馴染の大和」
「うす」
「初めまして、浅海奈々です」
簡単に挨拶すると、大和はにーっと歯を見せて笑った。
「奈々ちゃん、めっちゃかわいーじゃん。今度みんなで遊ぼ」
「ダメだよ! 絶対ダメ! 奈々は受験生なんだから大和と遊んでる暇なんてないよ!」
慌てて美月が私と大和の間に割って入り、彼の肩に触れて押し返す。
その瞬間、ぶわっと嫉妬の炎が燃え上がったのが自分でもわかった。
「なんだよ、二人して今遊んでんじゃん」
「今から二人で勉強するの。大和はもう帰って。それに私、これ以上簡単な参考書なんて持ってないよ。 自分で買って」
「ええ? 何買えばいいかわかんねーよ! あ、わかった。じゃあ三人で勉強しようぜ」
「ダメ!!! Amazonで適当に算数のドリルでも買ったら? たすくが風邪引いちゃうからもう家の中入らなきゃ。じゃあね、大和。もうバイバイ!」
大和の大きな背をぐいぐいと押して帰るように促すと、美月は私の手を引いて家の中に押し込んでバタンとドアを閉じた。
「ふー……。ごめん、大和も見た目ほど悪い人じゃないんだけど……」
「……前に話してた花火一緒に見に行った元カレって、大和くん?」
「えっ……なんでわかったの?」
「……なんとなく」
やっぱり。やけに仲が良かったからそうじゃないかと思った。
美月の元カレ……いがぐり頭じゃなかったのか。てっきり真面目君だと思ってたのにあんなにヤンチャな彼だったとは。どこからどうみてもヤンキーじゃん。
どうして今も元カレと仲良くしてるのとか、セックスはしたことないと言っていたとはいえ、キスはしたのかとか、聞きたいことはありすぎるほどあった。
でも聞けない。答えを知るのが死ぬほど怖い。必死に感情を押し殺しまくっているせいで、表情筋が死んでいってるのに気付いたけど、自分を取り繕えない。
「……奈々、怒ってる?」
たすくを抱っこ紐から下ろすと、美月が私の顔色を窺うように眉尻を下げた。
私は黙ってスクールバッグを床に置いたあと、膝を抱えて座り込む。
「……怒ってないよ」
怒ってないのは本当。
ただ落ち込んでる。当たり前だけど美月がノンケだってことを突きつけられてたまらなくつらい。
もし私が男だったら、絶対に美月は私の彼女になってくれてたはずだもん。
私、結構いいセン行くと思うんだよ。自慢じゃないけど高身長だし、男だったら絶対百八十センチはあった。
頭もそこそこいいし、美月と釣り合うと思う。あんなヤンキー崩れなんかよりずっと。
幼い私は感情を取り繕うことができない。美月みたいに上手くできない。
詰まるところ、私は今猛烈に拗ねている。
そんな私に気付いてか、背を向けた私を後ろから美月が体重をかけて抱きしめた。
「奈々、ごめんね」
「……美月が謝る必要ないでしょ」
「じゃあどうしてそんなにむくれてるの?」
ほっぺをつんつんと人差し指で突いてくる美月をじろりと睨みつける。
むくれもするよ。美月の元カレなんて見たくなかった。
ふいと視線を逸らすと、美月はふっと笑って突然私の頬に唇を押し付けた。
「美月っ!?」
「ふふ、奈々、顔真っ赤」
「たすくが見てるよ!」
「大丈夫だよ〜」
慌てて視線をたすくの方へ向ける。抱っこ紐からやっと解放されたたすくは、大人しく座っておもちゃで遊んでいた。ほっと胸を撫で下ろす。
「奈々、機嫌なおして。ほっぺじゃ足りないなら唇にちゅーしてあげる。ほら、こっち向いて、ちゅー」
「いいよ、美月! やめて、怒ってないって!」
焦って美月の肩を押すと、美月がケラケラと笑った。
私が美月を好きだと知ってて、こんなふうにからかうなんてひどい。
抗議しようとした私の胸に美月は容赦なく飛び込んできて、私の胸に耳を押し当ててきた。
心音を確認しようとしてると気付いて逃げようとする私をがっちりと固定して体重をかけるから、美月を支えきれず背中から倒れた。
「いたっ!」
「奈々は本当に私のこと好きなんだね。すごくドキドキしてる。心音聞いてると安心するなあ、奈々が私に好きって言ってくれてるみたいで」
ドッカンドッカンと爆発するみたいに鳴り響く心臓はコントロールしたくてもどうにもならない。
「はぁ……もー……私、美月がこんなにタチ悪い性格してると思ってなかった」
頭を抱えたくなる。どうしてこうなってしまったのか……。
嫌味を飛ばすと美月は笑って、なおもぐりぐりと私の胸に頬を押し付けてくる。
「こういうことしたら、奈々は私のこと嫌いになっちゃう?」
「……嫌いになれないって、わかってて聞いてるよね?」
「ふーん、そっかぁ、嫌いになれないんだ」
そんなに無邪気な笑顔でうれしそうに言わないで欲しい。……かわいすぎるよ、もう。
「ねえ奈々、ずっと私のこと好きでいてね。同じ大学に行こ? そしたら私のこと、好きにしてもいいんだよ。また泊まりに来て。たすく、最近は長く寝るようになったし……次は、きっと起きないよ」
美月は囁くように言うと、人差し指で私の唇に触れた。
色んなことを一瞬で想像してしまってぐわっと顔が熱くなり、私は動揺していることを悟られまいと顔を背けてたすくを見た。
「……たすくー、今の聞いた? お前のお姉ちゃん、とんだ悪女だね……」
助けを求めるようにたすくを呼ぶ。
状況をわかってるんだかいないんだか、私の救世主は抱き合う私たちを振り返ると天使みたいに微笑んだから――たすくの前でイチャついてることに急に罪悪感が押し寄せてきて、私は慌てて美月の肩を押した。
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