15話 一回戦

龍一が、控室でテレビを観ている。

目は離れず、釘付けになっている。

「そんなに気になるか?」

総一郎が龍一に聞く。

話している内容は、禪院霧斗のことだ。

「トーナメント構成の時、勝利数が高い人から呼ばれた」

「あぁ」

「その時、一番に出てきてたということは、勝利数が一番多いことになる」

「そうだな」

「気になるでしょ」

龍一が総一郎に振り返った。

テレビから、音が聞こえてくる。

「禪院霧斗、身長百九十センチ、体重百二十三キロ」

龍一が耳を傾ける。

「時牧戦録、三十六勝無敗」

「三十六!?」

龍一が立ち上がり、声を出して驚いた。

禪院霧斗、時牧戦録三十六勝無敗。

その理由、それは、金殺出場権利争奪トーナメントが関係していた。

もし、トーナメントに優勝したら、どうなるのか。

金殺に出場する権利が与えられる。

だが、権利が与えられるだけで、時牧に残ることができる。

霧斗は、時牧に残り、トーナメントに五回出場し、そして五回優勝した。

霧斗の目的は、戦う事だけだった。

もし、時牧で負けたのなら、金殺にあがり、特訓をする。

つまり、負けるまで戦い続けているのだ。

出場枠が一つ潰され、金殺に上がれなかったものも、大勢いた。

迷惑な話だった。

「室谷幸堂、身長百八十六センチ、体重百十二キロ。時牧戦録、二十勝無敗」

龍一が唾を飲む。

「審判は、楼 王宣が務めます」

王宣が二人に目を配る。

「では、始め!」

王宣の声が、部屋中に響いた。

試合が始めると同時に、幸堂が突っかけた。

歯を食いしばり、首に血管を浮かせて、力んでいる。

右ストレートが、霧斗の顔面に向かってきた。

だが、右足を後ろに下げ、飛ぶことによって、拳を避けた。

避けられ、少し体制を崩す。

かに見えた。

幸堂が地面を左足で蹴った。

飛び上がる。

霧斗が幸堂を、目で追った。

その瞬間、幸堂の右足が飛んできた。

霧斗の顔に、直撃する。

血が吹きあがり、後ろに下がっていく。

ロープに、背中がぶつかる。

その霧斗を追って、右ハイが飛んだ。

霧斗は、後ろに頭を下げて、ハイキックを避けた。

右、左、右、左。

幸堂が、ジャブを放ち続ける。

だが一発も当たらなかった。

霧斗は腰を回転させ、ジャブを避け続けた。

右ジャブ二連の次、ストレートが飛んだ。

避けきれないスピードで。

ミキッと、音が鳴った。

その音は、いったい何なのか。

霧斗の鼻が折れた音、骨にひびが入った音。

どれとも違う。

音が鳴ったのは、幸堂の肘からだった。

幸堂の肘が、真逆の方向に折れていた。

何が起きたのか。

霧斗が頭蓋骨を、右ストレートに合わせてあてたのだ。

幸堂の顔が、汗にまみれる。

痛みによる汗でもあり、冷や汗でもある。

息が荒い。

霧斗が、額を右手でなでる。

少し濡れている。

血が出ているようだ。

だが、気にしない。

霧斗が進んだ。

幸堂が歯を鳴らし、左拳を振るった。

しかし、霧斗の右手が、幸堂の左手首をを掴んで止めた。

「シッ」

息を漏らし、左拳を突き出した。

幸堂の顔面に、左拳がめり込んだ。

骨の奥まで響くような、剛拳だった。

幸堂の顔面を、左拳が突き抜ける。

右手を離す。

すると、幸堂の体が後ろに下がっていった。

腕を振り、幸堂に向かって走り出した。

右足で地面を蹴り、左膝で顔を打った。

幸堂の体が、大きく仰け反る。

何とか踏みとどまろうとするが、背骨が軋む。

幸堂の目が充血する。

そのまま、幸堂の胸に、右足で前蹴りを放つ。

「けはっ」

幸堂が、さらに下がっていった。

その幸堂に、さらに追い打ちをかける。

幸堂の左頬に、拳を当てる。

幸堂が、右に向かって傾いていく。

霧斗が踏み込む。

左拳を腹に打ち込んだ。

霧斗の左前腕に、血が降りかかった。

だが止まらず、幸堂の後頭部に両手を回し、右膝で幸堂の顔面を蹴り上げた。

そして、幸堂の体を床にたたきつけた。

肺に振動が伝わる。

幸堂の視界が、ぐにゃぐにゃに歪む。

その歪んだ視界の中で、上から降ってくるものがある。

仰向けになった幸堂の顔に、霧斗が足を降り下した。

幸堂は右手で地面を叩き、数センチ身体を動かして、踏み込みを避けた。

ダァンと、踏む音が響く。

幸堂の右耳に、直接入ってくるようだった。

骨を通り、脳へと響いている。

幸堂はすぐに立ち上がった。

幸堂の体制は、右膝を地面につけた膝立ちだ。

その瞬間、霧斗の下段蹴りが、幸堂の左足に当たった。

歯を噛み締め、声を抑える。

蹴りの威力で体制を崩し、うつぶせの状態になってしまった。

霧斗が近づいてくる。

だが、幸堂の顔に焦りはない。

右足で地面を蹴り、霧斗の胴に思い切りタックルを当てた。

霧斗は予想外だったのか、背を地面につけた。

霧斗は一瞬で思考を巡らせる。

寝技、組技、締技、マウント。

結果、幸堂のとった行動は、寝技。

左膝を地面に当て、霧斗から見て右方向に回転する。

それと同時に、左足で地面を蹴る。

右腕を伸ばし、受け身のため頭を上げていた、霧斗の首の後ろに回した。

左腕は、霧斗の右腕を下からくみ取っている。

伸びてきた右手の四本の指と、左手の四本の指を、がっちりとかみ合わせた。

袈裟固めによく似ている。

そのまま、霧斗の首と右腕を締め上げる。

だが、霧斗が右足を、幸堂の左足に回した。

幸堂の体を返す気だ。

それを察知し、幸堂は技を解き、左足を霧斗の右足から外した。

霧斗は仰向け、幸堂はうつぶせの状態になる。

次に幸堂が選んだ技は、締め技。

まず両手で体を支えたまま、左足を地面につけ、右足で霧斗の胸を突く。

霧斗の体が転がり、うつぶせになった。

すると、幸堂の右腕が、霧斗の首にかかった。

幸堂は右手で左腕を掴み、左手で霧斗の頭に触れる。

だが触れた瞬間、霧斗は両足で床を蹴り、自分の頭を軸に、百八十度体を回転させた。

先ほどまでうつ伏せだった霧斗の体が、仰向けになる。

幸堂は床を蹴ったスピードと、霧斗の体重をかけられたまま、背を地面に打った。

それでも、幸堂は腕を緩めなかった。

霧斗の首を、さらに締め上げる。

霧斗は、両腕を地面につけて抵抗するが、動かない。

霧斗の呼吸が薄くなり、顔が赤く、青くなる。

幸堂がさらに締め上げると、霧斗の動きが数瞬止まった。

霧斗の意識が飛んだ、訳ではなかった。

考えていたのだ、冷静に。

考えた結果、右踵を、幸堂の右脛にぶつけた。

幸堂の目が血走る。

咄嗟に歯を噛み締め、腕の力が緩んだ。

霧斗は両掌を上に向けた状態で、右腕と首の間に挟んだ。

そして、右腕を噛んだ。

幸堂の腕が、霧斗の首から離れた。

幸堂はすぐに立ち上がり、霧斗を見た。

だが、幸堂の目の前には、霧斗がいなかった。

一瞬困惑した後、後ろを振り向こうとした。

その瞬間、腹の前に両手が組まれる。

幸堂の体が、一気に冷える。

幸堂の足が、地面から離れた。

後ろから、「シュッ」と聞こえた後、床に落ちた。

咄嗟に頭を守ったようだが、頚椎に直撃した。

幸堂の体から、力が抜けていった。

ぐったりとした幸堂の下から、霧斗がゆっくりと出てきた。

霧斗が幸堂を見下ろすと、王宣が確認をした。

「勝負あり!」

王宣が手を振り上げ、声を上げた。


龍一の控室の扉が、コンコンとなる。

「失礼します」

一言言った後、控室に入ってきた。

入ってきたのは、王宣だった。

「龍一様、一回戦終了の事でお話があるので、会議室でお待ちしています」

そういうと、部屋を出ていった。

会議室というのは、トーナメント構成を決めた部屋のことである。

龍一が立ち上がる。

「なんでしょうね、話って」

聖一が総一郎に話しかけた。

「さぁ…」

三人は、会議室に向かった。


「皆様、お疲れさまでした」

会議室に入って数分後、星が前に立って話し始めた。

「一回戦が終わり、明日、二回戦を行います。しっかり、お休みください」

星が笑っていった。

「来てない奴もいるな。なんでだ?」

総一郎が、辺りを見回して言った。

「帰ったんじゃないですかね」

聖一が、指を折って数え始めた。

その部屋には、二人の選手がいなかった。

ウルフと、クォース・ムッシマだ。

「皆さんには、ホテルで休んでもらいます」

星の声が、総一郎の耳に入ってきた。

陽向ヒナタホテルというところに泊まってもらい、後日、私たちがご迎えに参ります」

星がお辞儀をした。

「選手、選手関係者の皆様にはVIPルームに泊まってもらいます。観戦者の皆様には、一般ルームに泊まってもらいますので、ご了承ください」

再び、星が深いお辞儀をした。

「では、夢坂さんに指示に従い、移動してください。移動は自由ですが、廃街の外に出る際は、私たちにお声がけください。食事は、陽向ホテルのレストランにて、ご召し上がりください。では」

星が合図をすると、正 夢坂が手を上げた。

「選手の皆様、私についてきて下さい」


龍一たちは、陽向ホテルのエントランスにいた。

「それで、俺たちはどこに泊まるの?」

総一郎に、龍一が話しかけた。

「十二階の、七号室だ。そこに俺と、お前と、聖一が止まる」

順に、総一郎は指を指していった。

「俺は八号室だな」

龍一が、声の発生源に目を向けた。

そこにいるのは、凛太だ。

「お前の部屋に行ったりしないぞ」

「わかってるよ。俺が行くからな」

「来るな」

「枕投げトーナメントだ」

「勝ち負けないでしょ」

龍一は呆れかえったように、返答を続ける。

「レストラン行こうぜ。俺の好物イカ墨パスタ」

凛太が、レストランを指さした。

「そうだな。腹が減ってきた」

総一郎が立ち上がり、息をついてから、龍一と聖一が立った。

「いらっしゃいませ」

レストランの制服を着た男が、龍一たちを出迎えた。

「あちらの席へ」

龍一たちは、四人席に座った。

龍一と凛太、総一郎と聖一に分かれてる。

「龍一、ケガとかはないか?」

「明日には、全力で戦えるレベル」

「…次の対戦相手は、シミーア・ウォール。一回戦を見る限り、警戒すべき相手だ」

総一郎が、龍一の目を見る。

「勝てるか?」

「勝てるよ」

龍一が、笑って返す。

「負けたら困るぜ。実績上、俺を倒したんだからな」

凛太が、横から入ってきた。

「実力上もね」

「へぇ?準決勝が楽しみだな」

龍一と凛太が、睨みあう。

「注文決めなよ」

聖一が言った。


「本当にいいんですか?星さん」

王宣が、星に話しかける。

場所は、陽向ホテルの屋上だ。

風が強く吹いている。

星は空を見ながら、塀の上に立っている。

王宣は、星の後ろだ。

王宣の周りには、夢坂、髙美、東蓮、明凡がいた。

「何がですかな?」

「我々は、藤木組でも、その傘下でもない。無視していていいんですか」

「ふむ」

「俺も、無視はしたくないな」

明凡が言った。

「勝ち残った選手が狙われるのは、絶対にダメです」

髙美だ。

「…私の生まれ故郷には、こんな言い伝えがあります」

星が、王宣たちの方を向く。

「たとえ正しくても、強いものが正義となる、と」

「つまり?」

「私の意見に反対なら、力尽くで」

星が、両手を広げた。

王宣たちは、お互いの目を見やり、全員が構えた。

「行きます」

王宣が、突っかけた。

右中段。

縦拳だ。

右拳は、しっかりと星の体を捉えた。

だが、外れた。

星は、上に跳びあがっていた。

王宣が上を向くと、右足が落ちてきた。

王宣の顔を踏み、さらに飛び上がった。

向かう先は、東蓮。

東蓮は左拳を振り上げ、空中の星に殴り掛かった。

左拳を放った。

星は、空中で回転し、左拳を両足で蹴り、地面に両手をついた後、ゆっくりと直立になった。

次に、髙美と明凡が襲い掛かる。

髙美は、左手刀を星の鎖骨目掛けて振り下ろし、明凡は、右足を星の顔に向けて蹴った。

両方向から迫ってくる。

だが、当たらない。

星は左手で、明凡の右足の軌道を変えて、地面に落とし、右に動いて手刀を避け、右手の二本の指を、髙美の目の前へ突き出した。

しかし当てず、右手をしまった。

すると、上から夢坂が飛んできて、空中で右蹴りを放った。

星はその右足に飛び乗り、夢坂の頭を踏んで、地面に降り立った。

夢坂は着地し、歯を噛み締め、星に殴りかかった。

星は冷静に振り返り、右手で夢坂の頬に触れた。

瞬間、夢坂の体が傾き、地面に落ちた。

その時には、誰一人動こうとしなかった。

「終わりですかね」

星が笑った。

「まぁ、あなたたちの意見もわからないことはありません。全力で、勝ち残った選手たちを守ってください」

星が、屋上から出ていった。


二回戦出場者十六名。

第一試合 須磨陸田VSムード・スロック

第二試合 霞原龍一VSシミーア・ウォール

第三試合 牧オードンVS黒山紺

第四試合 田中哲VS轟凛太

第五試合 古八木智VSトード・ハルク

第六試合 龍 蓮馬VS空

第七試合 鋼山響十VS古藤満

第八試合 宇田滉VS禪院霧斗


夜が明けようとしていた。


15話 一回戦 終

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