第4話筋肉無双!フラレブラック!!
「佐知さん…。」
ーー出会いは偶然だった。
凄絶なパワハラと理不尽な仕打ち、それに耐え忍びデビューを果たしたが、まともに試合を組んでもらえず下働きの日々。
輝かしいリングのイメージとは程遠く、やがてプロレス団体を脱退。
すべてを失ったその直後のこと。
山沿いの緑地公園で、黒貞はただ空を眺めていた。
薄汚れたTシャツに整ったとは言えないロン毛、更には無精ひげ。
その浮浪者めいた巨体は、見る者に山賊という言葉を想起させ、誰も近づこうとはしなかった。
ー1人になりたかった。
そんな時だった。
すぐ傍らに、長年放置されているであろう資材小屋から、何か崩れる音。そして、幼い子供の泣声が聞こえた。
「ボウズ、どうした。」
「…出られない…」
「…待っとれ。」
中を覗くと、木材や壁が崩れ、声の主が閉じ込められていた。
怪我はないようだが、一人で脱出できる状況ではない。
「ちょっと騒がしくするが、辛抱せぇ。」
黒貞はトタンやベニヤを素手で割り、ささくれが大量に突き刺さろうと気にも留めず、ひたすら腕を動かした。
更に崩れた木材等を次々と力任せに放り投げ、太い梁が倒れかかれば、腕で受け止めて投げ飛ばした。
ーーバキバキッ!!ズズズズッ!ドゴォォン!!
凄まじい音が鳴り響く。だが子供は泣かずにじっと耐えていた。
ようやく姿が見えたころ、黒貞の全身は泥と土煙にまみれ、血が腕から滲んでいる擦過を負い、獣のような迫力を纏っていた。
リュックの名札に目をやる。
佐知 恵琉(さち めぐる)
この男の子の名前の様だ。
男の子は目の前に現れた土臭い筋肉ダルマをみて一言。
「すっげぇ!!かっこいい…!!」
特別なことはしていない。何の見返りもない行動だったが、その一言は黒貞の胸を震わせ、何だか涙が出そうになるほどだった。
「おかあさんっ!」
「めぐる!どこ行ったか心配したんよ…!」
半泣きの母親が駆け寄る。
「ムキムキおじさんに助けてもらった!」
「す、すいません……つい、うたた寝してしまって…。えっ、この怪我はっ!?腕が血だらけじゃないですか!」
「怪我…ですか?ああ、大した傷じゃありませんよ。水で洗えば、すぐ治ります。」
「何言ってるんですか!こんなになるまで……!」
そんな大げさな、と思いながらも、誰かが自分の身を案じてくれることに、どこか心地よさを感じた。
母親は常備していたらしい絆創膏を取り出し、一つ一つの傷に丁寧に貼ってくれる。
「すごいですね…鍛えてらっしゃるんですか?」
「いやー、まあ…ははっ。」
柔和出優しげなな雰囲気。まるで母性の化身のような女性。
親子の姿は、あまりに眩しすぎた。
将来に絶望した黒貞には、強すぎる光だった。
ーしかし、希望と言える微かなものとして、灯火が心に宿った。
助けになれた。
それだけで、生きる理由になった。
その日のうちに黒貞は、長く伸ばした髪をばっさり切った。
身も心も、軽くなったような気がした。
ーー数日後。
いつもの惣菜屋に立ち寄ると、先日の彼女がいた。
運命ーーそう感じずにはいられなかった。
(いやいや、人妻にそんな感情抱いちゃいかんだろ!)
黒貞は自分自身に言い聞かせ、必死に律した。
「あの子綺麗でしょ!」と、店のおばちゃん。
「どうも前の夫がろくでもない奴みたいでね、逃げてきたって感じなのよ!詳しくは聞けなかったけど、どうも訳ありみたい」
不謹慎ながら、トゥンクした。
人妻でなければ、好きになってもいいのではないか。
そんな淡い期待が胸にじんわり広がっていた。
ーーそんな日々を思い出していた。
「…金に困っとったんか。いや、考えるのはよそう。俺にはどうにも出来ん。」
「にしても……なんじゃい、あの男はッ!!金に物言わして、佐知さんを!佐知…さんを…。」
憤りと焦燥、嫉妬と自己嫌悪。様々な感情が一気に押し寄せ、胸を引き裂いた。
「あーっクソッ!もうどうでもええわい。俺ぁもう…。」
「世の中クソだ」と無理矢理一括りにして納得しようとするが、心が全く追いつかない。
松風とともにフラフラと彷徨っていた黒貞の前に、やれるだのやれないだの下世話なことを大声で喚き散らす、イキったガキどもがふざけあって突っ込んできた。バランスを崩した黒貞は、松風ごと転倒した。
「いったー!自転車当たったし!え、何にも言わないわけ?無視かよ、おじさん?」
「つか変態じゃん!なにその格好!キモすぎん(笑)」
「何とか言えよ、おい!」
松風に蹴りを入れるガキ。
ーなんか、もうどうでもええ…。
そう思っていた矢先、謎の声が頭に響く。
『…失恋の鋼よ!お前の想い人が、悪の手によって今、大変な事に…!』
「誰じゃ、お前さん。俺に話しかけるな……。」
「は?お前が当たってきたんだろうが!?謝れっつってんの、わかんないの?頭ダイジョーブ、おじさん?」
ガキどもがごちゃごちゃ鳴いているがどうでもいい。
更に、謎の声は続く。
『説明している時間はない!君に力を与える!』
途端、全身が黒い戦闘スーツに包まれた。
「えっ!?なんなん急に!キモッ!」
心の奥に、硬質なものが湧き上がる。そんな気配を感じた。同時に、強烈にモヤモヤしていた気分が嘘のように晴れ、それは、諦めや焦燥、絶望等の冷たいものから、むしろ熱を帯びた鋼鉄の意志となった。
ガキどもは最初こそ嘲笑っていたが、立ち上がる黒貞の異様な迫力に、呼吸を忘れ硬直していた。
「…どけクソガキ共。」
声は、低く重かった。
ガキどもは、もはやビビるとかのレベルではなく、命の危機を感じ、微動だにできなかった。
愛車の松風に跨り、夜風を切り裂いて駆け抜ける。
「んで、俺に話しかけるお前さんは誰だ。佐知さんに何があった。」
『後で説明する!今は佐知さんを悪の手から救出するのだ!』
ーータワーマンション前。
黒貞は呟く。
「悪との対峙ってことはよぉ、強えんか?」
『…わからない!ただ悪の気配は確かだ!』
「てことは、ケンカの準備くらいしてた方がええわな」
『え?ああ、そりゃまぁ…』
ーータワーマンション上層階。
バッキィィン!
ドアノブが破壊された音が響く。
「だ、誰だ!?」
黒くデカい塊が侵入する。
「そこの女性に、ちょっと用があってな。邪魔するぜ。」
「こんなことして、ただで済むと思っているのかっ!?」
ベッドに横たわる佐知。意識が無い。
「こんな格好した男が、部屋の特定、玄関の破壊…。普通は出来ねえ芸当だろ。状況考えりゃ、何しに来たかは察しがつくだろーが。それでもお前さんが『一般人』を気取るってんなら…。今のうちに遠慮なくいかせてもらう。」
握りしめた拳の関節が、パキリと音を鳴らす。
「くっ…貴様、只者ではないな」
相手の身体がみるみるうちに、禍々しい装甲を纏っていく。
「我が名は出相 茎(であい けい)。…いや、穂別仁王尊なり。淫拡集団E.I.Z'sの構成員が1人。」
「ホ別、2.0(ニ、オー)…だと?金に物言わせやがって!!やっすい金で佐知さん買いやがってッッッ!!」
「…いや、何か勘違いしていない?」
ー2人の間に、妙な空気と緊張が走る。
すかさず仁王が黒貞の方向に手をかざし、結界を張る。
「なんじゃい、この壁は!」
「この仁王に傷一つつけられまい!」
「…くそっ!!」
自慢の鍛え上げた怪力で拳を叩きつけようが、タックルしようが、びくともしない。
「諦めよ。この女との営みを、指を咥えて眺めているが良い!」
「…チッ。」
黒貞は机の上に目をやる。ウィスキー瓶、小洒落たグラスとアイスピック。
黒貞はすかさずアイスピックを手に取り、結界に突き立てた。金属音が鳴り、少し穴が開く。続いて思い切り振りかぶったウィスキーの瓶をアイスピックに叩きつける。
ーーピシリ。
結界ににヒビが入った。
「…は?」
結界を突破。
黒貞が突進する。
「無駄だ!我の防御は完璧だ!E.I.Z'sの中でも屈指の防御を誇る!」
仁王の全身が、めちゃくちゃ硬そうな真っ黒装甲に包まれる。
アイスピックを隙間に突き立てたが、いとも簡単に折れる。
だが勢いを殺さず、膝を捉えタックル。
尻もちをついた仁王。
「なにをっ…え?」
仁王の身体が浮いた。
「ふんっ!!!」
黒貞は仁王を持ち上げ…パワーボム。
ズッドォォン!!
「ぐはっ!!」
黒貞の両腕がうねり、何度も力任せにパワーボムを繰り出す。
「自慢の、完璧な、防御で、守らん、かい!!オラッ!!」
度重なるパワーボムにより、鈍い衝撃音と共に装甲が剥がれていく。
試合ならとっくにレフェリーが止めているだろう。仁王は力無く床に打ち付けられる。
すかさずマウントポジション。
黒貞は荒い息を吐き、ポケットから何かを取り出した。
「一応持ってきたが、また役に立つのぉ。」
コンクリートブロックの欠片。
マンションに入る前、何かを拾っていた。
玄関のドアノブ破壊で使ってはいたが…。
「や、やめ…。」
ゴンッッ!!
「貴様はなぁ、手を出しちゃいかん女性に、手を出した…!!」
ゴッ!ゴッ!ゴッ!ゴッ!バキッッ、グチャッッ…
幾度となく鳴り響く鈍い音。
どの様に使ったかは、想像に任せるとしよう。
「…動かんなったか。地獄で悔いとけや。」
黒貞はおもむろに立ち上がり、バルコニーの掃き出し窓を開けた。
仁王をつかみ、渾身のジャイアントスイング。締めのゴミ出しと言うが如く、夜空へ向かってポイー。
ドォォオンッ!!
夜空に爆発音が響いた。
ベッドには、なおも佐知が横たわっている。
先程はよく見えなかったが、顔が紅潮し、アルコールの匂いも漂う。
「なんと無防備な…。」
黒貞は彼女を抱きかかえ、部屋を後にした。
(しかし、どうしたもんかのう。部屋に連れ込むわけにはいかんし、かといって行き場もない…)
(ちいっとだけ、ジム借りるか。)
そして向かった先はーー叶須ジム。
紅、黒貞「えっ?」
二人して女性を抱えている。
そして、どちらも変身は解かれていない。
なんとなく状況は互いに飲み込めたが、情報量が多すぎて、脳が処理を放棄した。
次回予告
レッド、ブラック合流!やっと戦隊物っぽくなってきた!?
そして、謎の声の正体とは!?
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