第44話涙越しに告げた愛
セバスチャンとエミリーのみを連れてすぐ近くの検査室へ入る。椅子に座って体温と血圧を測り、そして血液採取を行った。一時間ほどで結果が出るとの事でしばらく待合室で待つ。
その間にも様々な面会者が訪れ、家族以外の者はあっさりと門前払いされている。時には強引に入ろうとする者もいるが、屈強な衛兵の男が強引な面会者を摘み出している。面会者は逢いたかった患者に逢えずにひどく泣き崩れていた。
「……胸が痛い光景だな」
「ええ。誰にも会えなくなるというのも、じいはいささかやりすぎなように思えました。安全対策とはいえ、看取ることもできないのは寂しい事だと思います」
あと数年ほどで自分は皇帝の座に就く。その時にはレアオメガに対する差別問題の対策や、住みやすい環境作り、こういった受け入れ施設の面会の緩和などを真剣に考えていこうと思う。
皇太子という肩書きだけではやはり政には本格的に参加できない故に、いつも歯がゆい思いをしていた。
パスカルを含め、苦しんで生きているレアオメガのためにも、自分が皇帝になってより良い国づくりをしていかなければとメルキオールは思った。
「先生、あの患者さんが」
「わかりました。すぐに治療室へ」
バタバタと医者達がスタッフルームを出て行き、患者がいる病棟へ走っていく。急に施設内が慌ただしくなったのを見ていると、ある患者の容体が急変したようだ。
「殿下、来ていただけますか?」
検査結果が出たのだろうが、それでも焦った様子が見受けられた。
「それは私がパスカル・ベーカーの運命の番だと判明したという事で間違いないな?」
医者がこくんと頷く。
「パスカル君と殿下の血液が溶け合い、全ての数値が一致しました。お二人は間違いなく運命の番同士です。しかし、今は一刻の猶予もありません。パスカル君の容態がよくないのです」
それを聞いて、容体が急変したのはパスカルの事だと知って動揺する。
「案内してほしい」
「こちらです!」
医者に連れられて急いで向かった先は集中治療室だった。一番近くのベット上で苦し気に横たわるパスカルを見つけて、メルは急激に鼻の奥がツンと痛んで視界がぼやけた。
逢いたかった愛しい存在がいる。一か月以上離れていた健気な少年は、見る影もなくやせ細り、青白くて顔色がひどく悪かった。それにゾッとしながらもパスカルに逢えた事が嬉しかった。
「パスカル!」
苦しそうにしているパスカルの手をぎゅっと握りしめると、うっすら瞳が開いた。
「メル……どう、して……ここに……これは……夢……?」
驚きながらも朦朧とした意識で話すパスカルは痰が絡んだがらがら声だった。
もう生命力が潰えてしまいそうなほど弱弱しい。
「ちがうよ。夢じゃない。現実だ。キミに逢いに来た……いや、もらいに来たんだよ。オレとキミは運命の番なんだ」
「え……」
「好きだよ、パスカル。キミを愛してる」
もう二度と言えないと思っていた気持ちをやっと伝える事が出来た。
「っ……うそだ……」
パスカルはありえないと口にする。
「うそだよ。信じられない……。どうせ夢だ、これ。だって、婚約者が、いるって……」
「婚約者なんていないよ。どこからその情報が出たのか知らないけど、本当にいないから。それに夢でもない。信じられないかもしれないけど、ずっと好きだった。初めて会った時から、きっと一目惚れだったんだろう」
「っ……ほん、とう?」
「本当だ、パスカル。ずっと前から気持ちを伝えたかった……。自分の身分の負い目とかあって言えなかったんだ」
「メル……。ああ、なんか、嬉しい、な。もう夢でも現実でも、最後に、いいこと、聞けた……」
じわっとパスカルの瞳から涙がこぼれた。
「だけどもう……おれ……ちからが……はいらないんだ。くるしくて、だるくて、いきぐるしい。それにすごくねむくて……」
「寝ちゃだめだ!寝たら死んじゃうから!」
視界がもう何も映らなくなっていく。ぼんやりメルの姿は確認できたのに、今はもう薄暗い画面しか見えない。
「ごめん……それでも……もう、からだがいうこときかない……」
パスカルの瞼がウトウトしだして閉じられていく。それに蒼褪めて必死に声を掛け続ける。
「パスカル!ダメだ!寝るな!寝ちゃだめだっ!」
そう訴え続けても、パスカルは今にも瞼を閉じて永遠に眠ってしまいそうだった。
「オレをひとりにしないでよ!パスカルっ!」
このままじゃ永遠に運命の番を失ってしまう。
いやだ……いやだ。これじゃああの時と一緒じゃないか。
彼を守れなかったあの時と。でも、いつの事だっただろうか思い出せない。たしかに同じような事を経験した。不思議とデジャヴを感じる。
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