第41話レアオメガシェルター
「パスカル君、今日も編み物をしているのね」
がちゃりと外側の鍵が開けられて、看護師が点滴の交換にやってきた。毎日決まった時間に点滴交換にやってきて、決まった時間に食事も持ってくる看護師達は、フェロモンが全く通じないベータと決まっているらしい。
「暇だから、ですね」
白い個室の部屋には、ベットとテーブルとトイレがあるだけの殺風景な部屋。もう見慣れてしまった。
看護師が空気の入れ替えをすると言って窓を少し開ける。
窓には逃亡防止に柵が付けられている。最初見た時は本当に刑務所や閉鎖病棟みたいだなと思ったが、迷惑なフェロモンを普通のオメガ以上にまき散らすレアオメガなので、逃亡させないように厳重に隔離されるのは仕方のない事だ。
「何を編んでいるの?」
「自分用の、マフラーかな……」
母から教えてもらった編み物はもはや趣味として昇華してしまった。元々は全くできなくて不器用もいいところだったのに、今じゃこんな難しい編み方だってできるようになった。
「今日は部屋の外に出歩いていい日になっているので、散歩がてら外へ出ましょうか」
「……そうですね。外で編み物をしようかな……」
山奥にあるレアオメガシェルターにやってきて早一か月。
体調は少しずつ悪化してきているのがわかる。
以前までは自力で歩けていたのに、歩行が難しくなったので用意された車いすに座る。自力で動かす事はまだ可能だが、そのうちそれすらもできなくなる日は近いだろう。
「みんな今日は穏やかそうですね」
部屋の外への外出が許された他のレアオメガ達が、おしゃべりをしたりトランプゲームをしたり、お迎えがくる期間を穏やかに楽しく過ごしている様子だ。20代前半で寿命が尽きる性別なので、みんな年端も行かない少年少女達ばかり。
「昨日は脱走騒ぎがあったから……騒がせてごめんなさいね」
「いえ……閉じ込められたら、逃げ出したくなる気持ちもわかりますから……」
普通のオメガの施設ならばそこまで厳重ではなく、抑制剤が効くようになって普通の生活が送れるようになれば出られるが、このレアオメガシェルターだけは違う。
運命の番が見つからなければ外には出られず、それ以外は刻々と死を待つだけの専用機関になっているのだ。
番を見つけられずに生きるすべを失った者、番と死別して生活が立ち行かなくなった者、番はいるが無理やり関係を迫られて傷を負った者、とにかく全てが嫌になって死にたいと入ってくる者など、そんな者達の逃げ道。
全てを失い、寿命が短いレアオメガが人生の終末を迎えるために作られたホスピス。
一度入った者は、もう二度と外の陽の光を浴びる事ができない。そんな悲しい最期を迎える場所だ。
ゲームで見た外観は普通の大きな病院だが、病院まわりは高い柵で囲まれて刑務所のようになっている。この生活に嫌気がさして逃げ出そうとするレアオメガも少なからずいて、隔離するためのもの。
人権無視だとか、可哀想だとかいう声もあがっているが、迷惑なフェロモンを垂れ流すレアオメガが野放しにされないよう隔離されるのは仕方のない事だとされている。脱走でもされればそれこそ町中が大惨事になるので、ある程度は仕方のない事なのだろう。
シェルターは一週間に一度だけ家族との面会は許されるが、本人が希望しないと逢う事は許可されず、相手がたとえ権力ある王侯貴族であっても会う事も中へ入ることも許されない。万が一のことがあっては困るからという意味で、厳しく患者の管理がされている。
もう家族以外とは誰にも逢えない。二度と――。
メル……。
「ごほっごほっ!」
脳裏によぎったあの笑顔を思い出した途端、苦しくなって咳が止まらなくなった。
咳をする度に喀血は当たり前。病衣を真っ赤に汚し、せっかく編んでいたマフラーも血で汚れてしまった。
「大丈夫?今、タオル持ってきますね」
「すみません……げほ……」
あと一カ月生きられればいい方だ。レアオメガとしては年齢的にまだ早い寿命なのは、きっとオメガ肺炎に発症してしまったからだろう。
この際、死ぬことを忘れて楽しい最期で終えたいと思う。
たとえ一人であの世に逝く事になったとしても、こんな弱弱しい姿を見られなくて済むならありがたい事だ。
前世の時も死んだ時は独りだったからどうって事ない。孤独なのは慣れている。
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