第33話処分2
厳しい言葉で投げかけた後、慎ましくメルキオールに視線を向ける。
「オーガ・クズオール。ヴァユに代わってこのメルキオールがお前に処分を言い渡す」
それと同時に近くに立てかけられていた鍛錬用のロングソードを持ち、オーガの前に放り投げた。
「これは……」
からんと自分の前に転がるロングソードとメルキオールを交互に見るオーガ。
「お前は己の腕に相当な自信があると察した。自信家で手柄のためなら他者を蹴落とす事も厭わない執念が。ならばその剣でこの余にも傷一つ付けてみよ」
「えっ!」
「さすれば、お前の処分を軽くしてもよい。余は木の棒一本だけで構わん」
「なっ……!」
これにはオーガやヴァユ王のみならず、騎士団の面々もどよめきの声があがる。
「な、なりませぬ!あなた様はアカシャの次期皇帝陛下。わざわざ殿下がこの罪人相手に……もし万が一、殿下に傷がつけば……っ」
ヴァユ王が慌ててメルキオールに詰め寄ろうとするが、メルキオールは「よい」と強く制する。
「大切な者を傷つけられた個人的感情が先走っている部分もあるが、この男にはちゃんと現実を教えてやらねばなるまい。上には上がいると。してしまった事を後悔させるほどにプライドをへし折ってやらねばな。それに今この場は非公式の場だ。余もお前もこの騎士団一同も今夜の事は他言無用とする。決して表には出さぬよう。よいな?」
「は、ははぁっ!……ですがっ」
「ヴァユよ、お前は万が一にも余が傷をつけられるとでも思っておるのか」
並々ならぬメルキオールの眼光にヴァユ王は押し黙る。膨れあがった憤怒を秘めたメルキオールの顔に、長年外交であらゆる人間を見てきたヴァユ王でさえ何も口出しはできなかった。
勝てぬわ……。
大帝国の帝王となられる御方の威厳には……。
「滅相もございませぬ。殿下の実力は皆一同重々承知でございます」
その睨んだ顔は、ヴァユ王が王太子であった頃のアカシャ大帝の崇高なる姿を彷彿とさせて肝が冷えた。
「ならば黙って見ていろ。手出し口出し無用」
そう言い放てば誰も逆らうことはできない。ヴァユ王と騎士団一同は事の成り行きを見守る事に徹する。
「オーガ・クズオール。お前は弱っている民間人のオメガに乱暴を働いた事、王国騎士団の名誉を傷つけた事でより罪は重くなるだろう。よくて一生牢獄か悪くて処刑は免れない。ならば、剣を取ってあがいてみよ」
「っ……本当に、よ、よろしいのですね?殿下」
「何度も言わせるな。よいと言っている」
確認をとった上でオーガは剣の柄をゆっくり握る。
「ただ、お前が傷を一つも付けられなかった場合、さらに罪は重くなる。余から提案を持ちかけたとはいえ、お前が余に剣を向けた事には変わりない。すなわち、アカシャの皇太子に刃を向けた事。リスクが伴う事も忘れなきよう」
「っ――!」
オーガは打ち震えていた。あの憧れの皇太子様と同じ空気を吸い、同じ場所に立ち、こうして会話をしている事に興奮している。
自分と同世代のアカシャの皇太子という存在。
小さい頃からその実力はこのヴァユから聞き及んでいたが、とても自分と同じ年頃とは思えぬほど大人びている印象だった。
頭脳明晰で容姿端麗。振る舞いも政治手腕も大帝の生まれ変わりとも言われ、大変評価された期待の次期皇帝陛下と言われていた。
自分もいつかこの憧れの御方をそばで護衛したい。格好よく国を守りたい。
こんな自分でも幼き頃は純粋に夢を抱いていた。
アカシャ帝国騎士団はヴァユ国以上に規律に厳しく精鋭揃いと有名。特に近衛部隊ともなると、世界中の名だたる実力者が推薦で声がかかってやっとその部隊に入団できる。
そんな夢のアカシャの騎士団に入団し、主君である皇帝を護衛する立場にオーガもいつかはなりたいと思っていた。
それが今はこの有様だ。こんな形で憧れの皇太子殿下と邂逅を果たし、騎士団の面汚しだと視線で訴えかけられている。
自業自得だとわかっている。あのホームレスが殿下だったという事実も知らず、調子に乗っていた事も。しかし、自分を評価してくれない周りにもいらついていた。
自分はすごい。周りの目がおかしい。
そんな絶好の機会がこんな形でやってくるとは天はまだ自分を見捨てていなかったようだ。しかも、殿下に剣を向ける事が許されるなんて願ってもいない事。
ここで勝てば【オメガを強姦しようとしたクズ男】から、【殿下に勝った最強の男】という肩書きを手に入れて世界中から持て囃される。
素晴らしい筋書きだと自画自賛した。
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