第23話久しぶりの再会

「これから自分には小間使いも世話係もいらない。自分で自分の世話をする。私はそんな当たり前の事を今までしていなかった事に、皇宮と平民の生活の落差を感じた。それに皇太子としてホームレスなんて滅多に経験できるものではないから、自らなってみると今まで見えていなかった部分がよく見えるようになった。皇宮では見れない景色や、体験、市井の反応、食べ物、見るもの聞くもの全てが皇宮とは正反対で新鮮だった。楽しかったよ」


 皇宮内どころか平民ですら経験できない【最底辺のホームレス】という視点はとても興味深かった。


 最初はこの目立つ容姿をどうにか隠せないだろうかと思案して選んだだけに過ぎなかった。

 ただの商家や平民の格好では顔や着ている衣服でボロが出てしまう恐れがあるので、あえてホームレスとして身を窶せば誰も寄り付かなくなるし、気づかれる事も滅多になくなったので都合がよかった。


 しばらくは苦労の連続だった。日々の食事の用意に、住む場所に、小銭稼ぎ。

 自分の世話を自分でするというごく当たり前の事もできなかった。

 それらをなんとか先輩ホームレスのおじさん達から習い、教わり、生きる事がいかに難しいかを身をもって知った。


 毎日の食事にすらありつけるかどうかの過酷な経験をできた事は、皇宮で育った何不自由のない道楽する日々からの脱却を促し、自らの糧となりて視野をまた広げてくれた。


 ハングリー精神を持つようになり、ホームレス達との交流や信頼関係は自らを大いに成長させてくれたものだ。

 皇宮で生活していた贅沢三昧にあぐらをかいて、堕落しきったつまらない日々なんかよりよほど価値がある体験だったと言えよう。

 もちろん、あの少年との出会いも――――。


「殿下のその貴重な体験は人間としての成長もあったようで嬉しく思います。陛下も余計な事を言ってしまったととても反省していました。今では殿下が帰って来ない事をひどく嘆いておられましたよ」

「陛下にはいいお灸だっただろう。そもそも、陛下がオメガの姫と結婚させようとか思い付きで言ったのが悪い。どこぞの顔も知らないオメガの姫君をな。冗談ではない」


 そのおかげでこんな体験ができたので、あながちあのバカ陛下がすべて悪いとも思えない。きっかけを作ってくれたのは感謝している。


「ええ、ええ。まことにおっしゃる通りでございます。そのおかげであなた様がブチギレて皇宮を家出されたんですものね。あなたが『バカな陛下がくだらない事で結婚させようとしたので家出する。しばらく探さないように』なんて紙切れを部屋に残して消えた時のこのじいめは、主人のいない日々にハンカチを濡らす毎日で……うっうっ」

「本当に苦労を掛けたようだな。国にはもう少ししたら帰るつもりだ。もちろんサミットにはちゃんと出る。その後には……」

「殿下?」

「いや……なんでもない」


 いつまでも続かない事はわかっている。報われない想いだって事も。

 だけど、止まらない。

 他の誰かのアルファに目移りしたらと思うと気が気じゃない。


 もし、そうなったら……嫉妬で気が狂いそうになる……。

 離れている間が長くなればなるほど、想いが強まっていくのを感じた。



 夕闇に夜も更けるころ、店じまいを行いながら遠くを見据えた。

 今日もメルとは逢えなかった。やっぱりサミットの準備で忙しいのかもしれない。

 もう二か月も顔を見ていない。その間に二回もヒートがきて凌ぐのに大変だった。


 こんなにも長く顔を見ていないのは初めてだ。

 いつもなら、三日と開けずに顔を見ていたのに、二か月以上も消息が途絶えていると心配と同時に、疎遠にされたのかもしれないとも思ってしまう。


 俺の事……どうでもよくなっちゃったのかな……。


 高貴な人だと言っていたから、こんなたかが平民の事なんて忘れていてもおかしくはないだろうと思う。

 それならそれでいい。友達付き合いなんてなくなっても、縁が切れても、彼に助けられた記憶は忘れやしない。


「逢いたいなぁ……」

「オレも逢いたかったよ」


 その声にドキッとして振り返ると、いつもの格好のメルが立っていた。


「め、め、めるっ!」

「オレの事……想って泣いてくれたの……?」

「っ、あ、いや……これはっ……」


 恥ずかしくなって目を擦ろうとするも腕を掴まれて遮られた。


「擦っちゃだめだよ。よくない」

「でも……こんな顔」

「拭ってあげる」


 そっと親指の腹で零れる涙を拭われた。それでもまだ濡れて零れ落ちそうだったのを、メルの顔が近づいてきて舌でそっと舐めとられた。


「っ――!」

「しょっぱいね」


 ふふっと微笑むメルはなんだかとっても甘ったるい表情をしている。


「ねえ、オレがいない間……逢えなくて寂しかった?」

「い、言わなくてもわかるよね」

「知りたい。パスカルが今みたいに可愛い泣き顔をして寂しさに飢えていたのかなって」

「か、かわっ……!?」


 何を言っているんだろう。男を相手にそんな事を言うなんて。ましてや友達相手に。


「ねえ、教えて。寂しかった?」

「うう……、さ、寂しかった、よ……。俺、メルを怒らせちゃったのかなって」

「そりゃあいきなり他の人の服なんて選ぼうとしたらオレだって怒るよ。パスカルがオレよりそいつがいいのかなって嫉妬しちゃうから」

「っ……」

「パスカルが他の人に目移りするの、本当に嫌だから」


 顔がボッと火が点いたように熱くなった。恥ずかしくなって一歩後ろに下がろうとするも、メルの手が腰を支えて離れる事が出来なかった。



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