第4話

「夢の島? なんで?」

「捨てられたお母さんの夢を、探したいの」

 突拍子のない要望に、チカイチは天を仰いだ。

 夢の島は、捨てられた夢の集積場だ。許可なく立ち入ることもできないし、そこに集められた夢は、もう島の外に出すことはできない。古紙のように小さく千切られて、ひと塊ずつエネルギーに変えられて、残った何かも飴やバスソルトの香りづけなんかに加工されて、古い夢はきれいさっぱり消えてなくなる決まりなのだ。たとえまだ機械にかけられてなかったとしても、島じゅうに散らばった無数の夢の中から、たったひとつを探し出すなんて不可能だろう。

 だから、この子の母親の夢なんて、見つけられるわけがない。

 どうしたものだろう。振り返って親方を見る。フロントガラスの向こうの親方は、手で大きなバツを作った。

「ごめんね、ダメみたい」

 強いまなざしで、かりんがチカイチをにらみつけた。今にも泣きだしそうで、涙が瞼にたまっている。

「どうして。お兄さん、夢を集める人なんでしょ」

「夢の島は、資格がある人しか入れないんだよ。オレは持ってなくて、持ってる親方がダメって言ってるから無理だ」

 ゆっくり、自分の腕からかりんの手を引きはがす。

「どうしても、探さなきゃいけないのに?」

「何してるチカイチ、早く車に乗れ」

 小さくクラクションを鳴らし、親方が怒鳴った。

「待って! お母さん、もうそこにしかいないの」

「ごめんね」

 片手を立てて謝るそぶりを見せながら、チカイチは助手席に戻る。親方がエンジンをわざとふかせた。いつもより速いスピードで、大通りまで走り抜ける。

 小さな女の子の姿は、みるみる遠ざかってゆく。

「なんか事情があるんだろうな。かわいそうだった」

「いちいち気にしてるんじゃねえ。子供だろうが大人だろうが事情は色々ある。それを抱え込まないのも、廃夢業者の資質ってやつだ」

 そうは言うけど、と、チカイチは口に出さなかった。

 親方の言葉は正しい。どんな思いがあったとしても、夢の島には入れないのだ、あきらめてもらうよりほかない。

 でも、それでも放っておいていい気はしなかった。

 捨て子だったチカイチには、親方はいるが親はいない。寂しくはないけれど、父や母について考えると、どうやっても埋まらない、ぽっかり開いた心の穴を感じ取れる。

 あの子のお母さんも、もうそばにいないのかもしれない。捨てられた夢の中の面影でもいいから、会いたいと思っているのかもしれない。このまま通り過ぎてしまっていいものかと、チカイチは後ろを振り返る。

 もう姿は見えないけれど、女の子が遠くで泣いているような気がした。

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