第八夜 『吉岡さん』
こんな夢を見た。
吉岡さんは金持ちなんだと、知人のKは言う。
Kは職場で吉岡さんと知り合い、その場で意気投合したらしい。そして今回、友達を連れて別荘に遊びに来ないかと誘われたのだそうだ。
私も一緒にどうかと言われた。Kとはほとんど交流がないのに、なぜ私なのかわからないが、面白そうなので了承した。
別荘の最寄り駅までは電車で行くとのことだった。吉岡さんが駅まで迎えに来てくれるそうだ。乗り物酔いが酷い私は、遠くないといいなと思いながらKの後ろをついていった。乗ったときは混んでいなかった車両も、途中の駅で外国人と思われる集団が乗り込んで来てから窮屈になった。皆、私より背が低く、同じようなフード付きの黒いマントを羽織り、男女の区別はつかない。車内には何語か判断できない言語が飛び交っていた。
いつのまにか、私とKの間はその集団によって離されていた。私は降りる駅を知らないので、はぐれたら困る。背伸びしてKに合図を送るも、Kは黒マントの集団に囲まれ、何やら困惑した表情でもぞもぞしていた。助けを求めるようにチラチラと何度もこっちを見る。
突如、私の隣にいた女性と思われる黒マントに腕を掴まれた。その女性は私の手を高々とあげ、聞いたことのない言語で何やら叫ぶ。一言、私にもわかる言葉があった。
「チカン!」
同じ車両にいる人々がいっせいにこちらを見る。
「チカン!チカン、チカン、チカン!」
乗客の反応に手応えを感じたのか、その女は壊れたおもちゃのように何度も同じ単語を繰り返し、私の腕を振り回す。他の黒マントたちが逃がすものかというように、私の周りを囲む。状況を理解できずにいると、遠くでKが弱々しく叫んだ声が聞こえた。
「や、やめて、ください。」
目を凝らすと、黒マント集団の一部が、Kをこそこそ触っているではないか。チカンは私じゃない、あっちだ!そう叫ぼうとしたとき、ふわっと、肘を何かが掠めた。見下ろすと、私を囲んでいる黒マントの一人が、私の鞄に手を突っ込んでいるのを見つけた。こいつら、グルかよ!集団スリ&集団痴漢だ。口の悪い私は瞬時に叫んだ。
「なにしてんだ、てめえ!」
黒マントの集団がぎょっとして動きを止める。鞄に入っていた手が空のまま静かに引っ込んだ。
「私が女で、そっちは男だ!」
そう、Kは男性である。男にしてはかなり華奢で、ボーイッシュな少女と間違われてもおかしくないほど顔が整っているが、男である。そして私は、身なりをきにせず化粧っ気もないガッシリ体型だが、女である。車内の時が止まった。そして電車も止まった。知らぬまに危機を抜け出していたKが、腹を立てている私の手を引きホームへ降りる。目的地に着いたようだ。
駅を出ると、そこはギリシャの港町を彷彿とさせる、まごうことなき高級リゾート地であった。庭付きのバカでかい白亜の豪邸が、坂の多い土地に点在している。坂を下った先には海が太陽を反射し輝いていた。いつのまに着替えたのか、Kはピチピチのショートパンツと淡い柄のアロハシャツになっていた。シャツの裾を腹の前で結び、チラチラと細い腰が見え隠れしている。
「吉岡さん!」
Kが私の後ろに向かって、満面の笑みで手を振った。
金持ちの吉岡さんは、こんがり日焼けし、鍛えた筋肉に、パツパツの白いポロシャツと同じく白いハーフパンツ、高級そうな腕時計と金のネックレスをした初老の男性だった。車で迎えに来ると思いきや、なんとも言えぬおかしなデザインの、これまた高級そうな自転車にまたがっていた。なんだ、あれは。ハンドルが八の字、いや、インフィニティの形をしている。
すーっと音もなく黒光りした高級自動車が脇にとまり、中から黒スーツにサングラスの男たちが降りてきた。なんだ、やっぱり車かとほっとしたのもつかの間、男たちは慣れた手つきで自転車を2台、私たちの前に置き、来たときと同じように、静かに去っていった。
どうやら吉岡さんは自転車が趣味らしく、別荘までご一緒にとのことらしい。招待された手前、断ることはできないようだ。この坂の多い町で自転車とは…。
「一番に別荘についた子に賞品があるよ。」
そう言って吉岡さんは、自分の変…個性的な自転車にまたがり坂を登り始めた。Kも心得ていたようで、嫌な顔一つせず自転車にまたがり吉岡さんの後を追う。小さく、丸く、ほどよく引き締まったKの尻が、立ち漕ぎでプリプリと揺れる。なぜか吉岡さんは少し速度を落とし、Kの後ろについた。その不自然な行動を見て、私は気づいてしまった。あれは、十中八九、友人知人の関係ではない。そう、これは決して腐女子の妄想ではないはずだ。
遠ざかる二人を眺めながら、はたと思い出す。私、別荘の場所知らないじゃん。急いで自転車に乗り追いかけるも、なかなか坂を登りきることができない。あっという間に二人を見失ってしまった。見知らぬ土地でただ一人、取り残される方向音痴の私。辺りは人っ子一人いない。
迷いに迷い、坂を登ったり降りたりを繰り返し、ひときわ大きな建物へたどり着く。階段やスロープがあちこちにあり、高級な別荘というよりは、マンモス団地を思い出させる作りだ。公道から続く道の両サイドに、車が1台通れる広さのスロープがあり、屋上へつながっていた。もしかしたら、ショッピングモールかもしれない。私は道を逸れて、まっすぐその建物に向かった。
ギリシャのパルテノン神殿のような、外角放水路のような、柱が無数に並んだ場所に出た。静かでひんやりとしている。いったい、この建物はなんなのだろうか。さらに奥に進むと、エレベーターを見つけた。自転車を降り、上ボタンを押す。すると、聞き覚えのあるBGMが聞こえてきた。この曲は…。チーンとエレベーターが到着を知らせる。扉が開くと中に人影があった。その人物は、お決まりの歌詞にあわせ、お決まりのポーズをする。
「ヤーーーッ!」
筋肉で有名なお笑い芸人がいた。なんでこんなところに?ポカンとする私に、筋肉を見せつけながらせまってくる。
「おめでとうございます!ハッ!」
そういうと彼は、突然、私をお姫様抱っこした。
ちなみに、私は人に体重を預けるのが苦手だ。おんぶも抱っこも自転車やバイクの後ろも無理。自分の安全を自分が制御できないのが怖いのだ。知らない人にしがみつくこともできない。まあ、知ってる人ではあるのだけれど。状況が理解できず、ただ小さく縮こまりがら困惑していると、柱の影から吉岡さんが拍手をしながら登場した。
「おめでとうございます。どうです?私の賞品は。素晴らしい筋肉に抱えられる素敵な体験でしょう。」
「…ハッ!」
吉岡さんは不自然なほどに真っ白な歯を見せて笑う。お笑い芸人も同じような笑みを浮かべ私を見下ろす。遅れて、Kが姿を見せた。自転車を乗り捨て、小走りに吉岡さんのもとへ行く。
「ああ、残念だったね。君のために彼を呼んだのに。」
吉岡さんとKがコソっと手を繋ぐのが見えた。しかも、恋人つなぎで。私の察した通りだった。ちくしょう、私は彼らのカモフラージュに利用されたんだ。
「あの、そろそろ下ろしてもらえませんかね?」
※吉岡さんの個性的な高級自転車スケッチ。
https://kakuyomu.jp/users/kotonoha-biyori/news/822139836704467979
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