第三夜 『遺体はどこ?』

こんな夢を見た。


久しぶりの一人旅。

ちょっと良さげな雰囲気のレストランを見つけた。オープンしたばかりのようで、こじんまりとしているが店内は客で溢れている。扉を開け中に入る。どうやら1階の客は全て家族らしく、大きなテーブルを囲んでいた。漏れ聞いた話からするに店主の家族らしい。開店祝いか誕生日祝いか、ほとんど食べ終えている食卓の中央に手つかずのホールケーキがある。気まずいなと思ったが、他に飲食店も見当たらないので、待つことにした。


立ち聞きはよくないと思ったがどうしても聞こえてきてしまう。どうやらこの店は裕福な祖父が支援した孫の店のようだ。しかし、話題の祖父は見当たらず、ギスギスした空気の中で、「遺産が減った…」「あの子ばっかり…」と陰口を囁きあっている。いよいよ気まずさが増す中、コック服の青年が慌てて出てきた。家族がいっせいに口をつぐむ。私は2階席に案内された。


奥へ進むと右手にお手洗い、真っ直ぐ行くと厨房で階段の途中まで壁が窓になっていて厨房の中が見える。階段を登っていると白いセーターを着て杖をついた老人が降りてきた。私の顔を見るなり罵声を浴びせる。


「この、金の亡者どもめ!全部聞こえてるぞ!この店はワシのものだ。泥棒め!」


どうやら自分の家族の一人と間違えているようだ。認知症か?困ったなと思っていたら、突然突き飛ばされ階段の半ばほどから転げ落ち、トイレのドアに激しくぶつかった。


気がつくと私は床に倒れていた。私のカバンがなくなっている。厨房を覗くと誰もおらず、しかし、ついさっきまで料理をしていたかのように鍋から湯気が立っている。客席に行ってもやはり誰もいない。皿やカトラリーが散らばり、椅子は倒れ、ホールケーキがぐしゃぐしゃに潰されていた。


いったい何が起こったのだろうか?

私の荷物はどこに?


唯一ポケットに残ったスマホを手に、とりあえず店を出た。警察へ電話を考えたが充電が少ないことに気づく。旅行先ゆえ土地勘も無く荷物も無くした。これで充電がなくなるのは辛い。とりあえず大通り沿いに歩けば交番があるだろうと店をあとにした。


寒からず暑からず、ほどよい気候で散歩には丁度よい。こんなことに巻き込まれなければゆっくり自然を満喫できたのに。


眼の前には田畑が広がり、ポツポツと民家が見える。

しばらく歩くと見晴らしの良い交差点に出た。


さて、どっちへ行こうか。


斜向かいの角に1本の松が生えているのが見えた。よくみるとその下に、大型の雑種犬がいた。とても人懐っこそうに伏せをしたまま、こちらを見て尻尾を振っている。心なしか弱々しい。脱走か、遺棄か…どうせ交番に行くのだから保護しようと思いたった。


近づいてみるとリードが松の根本にしっかり結ばれ、あたりには糞がいくつか転がっている。明らかに捨てられたようだ。ひどいことをする。リードを解いて持ち上げる。すると、リードの付け根にビニルテープが結ばれているのに気がついた。テープを目で追うと、その先は真横にある田んぼの用水路に沈んでいる。


ゾクッっと悪寒が走り、嫌な予感がした。


犬はうれしそうに私を見上げ、左脚に体重をかけてくる。犬を撫でながらビニルテープを手繰りよせる。何かが水を含んだような重みを感じる。テープの先が徐々にあらわになり、白い布のようなものを巻いて筒状にしたものが出てきた。できるだけ触らないよう、指先でテープをほどく。しゃがんだ私の肩に犬が顎を乗せ興味津々でその何かを見下ろしている。


広げると、元は白かったであろうセーターだった。セーターには点々と赤茶色の染みがある。持ちあげると、まかれていたものが足元に転がった。それは、ビニル袋にくるまれた…牛刀だった。ビニル袋の中は赤黒い液体で染まっている。


私は立ち上がり、充電が残り少ないスマホをとりだし110番通報した。しかし、何度コールしても応答がない。充電が足りないかもしれないと不安になる。


お願い誰か出て!


見晴らしの良い交差点。あたりには誰もいない。しかし、見晴らしがいいということは、こちらの行動も筒抜けということだ。


何度も何度もかけ直す。

焦るほどスマホの操作方法がわからなくなる。


突然、犬が立ちあがり、私の後ろに向かって吠え始めた。


私は、恐る恐る振り返る…




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る