第14話**消された灯火 第三話:正義の暴走**


「一方的な悪役認定」という番組の歪みが、社会の「正義」という名の凶器と共鳴し、制御不能な現実を生み出していく第三話


---


###

**1**


番組が放送されるたび、世論という名の巨大な生き物は、壬生えりかの掌の上で踊った。

第一話の「涙」は、第二話の「怒り」へと完璧に転化されていた。SNSのタイムラインは、「#緑ヶ丘中央総合病院」「#鬼師長園田」といったハッシュタグで埋め尽くされ、人々は匿名という安全な仮面の下で、思う存分に正義の石を投げつけた。


『こんな病院、潰れてしまえ』

『園田初恵の住所を特定しろ』

『山本あづささんの無念を晴らす!』


壬生は、編集室のモニターに映し出されたそれらの言葉を、まるで戦果報告書を読む将軍のように、冷ややかに眺めていた。すべては計算通り。彼女が撒いた火種は、ネットという強風に煽られ、見事なまでに燃え上がっている。


「視聴者からのご意見、FAXとメールで段ボール5箱分になりました」

アシスタントディレクターの田中が、疲弊しきった顔で報告した。そのほとんどが、番組を称賛し、病院と園田師長を糾弾する内容だという。


「そう。国民の関心は高いわ」

壬生は満足げに頷いた。


しかし、その熱狂は、もはや壬生の手にも余るほどの勢いで、現実世界に侵食し始めていた。

第三話の放送を数日後に控えたある朝、事件は起きた。


緑ヶ丘中央総合病院のホームページが、何者かによって改竄されたのだ。トップページには、壬生が番組で印象操作を施した、あの悪魔のような園田師長の顔写真が大きく貼り付けられ、『我々は人殺しです』というグロテスクなフォントの文字が点滅していた。


それだけではなかった。

病院の予約システムに、海外サーバーを経由したと思われる大量の不正アクセスが集中し、サーバーがダウン。外来診療は、完全に麻痺した。口コミサイトには、数万件にも及ぶ星一つのレビューと、罵詈雑言が書き込まれ、病院の評価は地に落ちた。


「…やりすぎだ」

プロデューサーの佐藤が、苦々しい表情で呟いた。

「壬生、お前の番組は、報道の領域を逸脱し始めてるぞ。これはもう、サイバーテロだ」


「私は、事実を報じただけです」

壬生は、表情一つ変えずに答えた。

「それに、これは社会の自浄作用とも言えるんじゃないですか? 腐った部分は、一度、徹底的に膿を出し切らないと」


その言葉の冷酷さに、田中はもはや恐怖を通り越して、無感動になっていた。壬生は、自分が引き起こした混乱を、まるで神の視点から眺めているかのようだ。彼女の中では、病院に通う罪のない患者や、心を痛めているであろう他の職員たちの存在など、物語を構成するための些末なディテールに過ぎないのかもしれない。


**2**


壬生が描く第三話の脚本は、さらに過激だった。

テーマは「沈黙する共犯者たち」。園田師長のパワハラを見て見ぬふりをしてきた、他の職員たちの「罪」を問うという内容だ。


「この病院の異常性は、園田師長一人によって作られたものではありません。その独裁を許し、あるいは見て見ぬふりをしてきた、他の職員たちにも、責任の一端はあるのではないでしょうか」

壬生の書いたナレーション原稿を読みながら、田中は吐き気を催した。これは、正義の告発ではない。被害者であるはずの他の看護師たちを、今度は「共犯者」として吊し上げようというのだ。


「こんなことをしたら、本当に病院が潰れてしまいます。残って必死に働いている人たちまで、世間から石を投げられることになる…」

田中は、最後の勇気を振り絞って抗議した。


「それが、現実でしょ」

壬生は、冷たく言い放った。

「きれいごとだけじゃ、何も変わらない。時には、全てを一度更地にすることも必要なのよ。そうすれば、そこから新しい芽が吹くかもしれないじゃない」


その時、壬生のスマートフォンが鳴った。非通知の番号だった。

壬生は無言で通話をオンにし、スピーカーモードにする。


「…もしもし、テレビ局の方ですか」

くぐもった、年配の女性の声だった。

「緑ヶ丘中央病院の、園田ですが」


会議室に、緊張が走った。

あの園田初恵本人からだった。


「…何か、反論でも?」

壬生は、挑戦的に尋ねた。


「…反論など、ありません。私の管理責任です。どんな罰でも受けます」

園田の声は、意外なほど落ち着いていた。

「ですが、一つだけ、お願いがあります。どうか、もう、他の職員たちを責めないでください。彼ら、彼女らは、何も悪くない。みんな、限界の中で、歯を食いしばって患者さんのために働いてきたんです。悪いのは、全て、あの子一人を守ってやれなかった、私なのですから」


そして、園田は続けた。

「…今朝、病院の屋上から、若い看護師が一人、飛び降りようとしました。ネットで、『お前も人殺しの共犯だ』と、顔写真を晒されて…。幸い、寸前で他の職員が気づいて、事なきを得ましたが…」


その言葉に、田中は息を呑んだ。自分たちの番組が、第二の山本あづさを生み出しかけていたのだ。


「お願いです。もう、やめてください。これ以上は、本当に、医療が崩壊します。患者さんたちが、死んでしまいます…」

園田の声は、懇願に変わっていた。それは、独裁者の声ではなく、ただただ、現場の崩壊を恐れる、一人の管理者の悲痛な叫びだった。


電話が切れた後、会議室は重い沈黙に包まれた。

田中は、壬生の顔を見た。彼女の冷徹な仮面が、わずかに揺らいで見えた。しかし、それも一瞬のことだった。


壬生は、深く息を吐くと、PCに向き直り、無機質なタイピングを再開した。

「…今の電話、録音してあるわよね? 第三話の冒頭に使いましょう。『追い詰められた園田師長、ついに我々の取材に口を開いた』って。いい画が撮れそうね」


その瞬間、田中の中で、何かが決定的に壊れた。

この人は、悪魔だ。

他人の良心や絶望すら、番組を盛り上げるための「素材」としてしか見ていない。

自分は、これ以上、この狂気に付き合うことはできない。


田中は、無言で席を立つと、会議室を後にした。背後で、壬生が「どこへ行くの?」と声をかけたが、もう、どうでもよかった。

廊下の窓から見える東京の夜景は、まるで巨大な墓標のように、冷たく輝いていた。


(第三話 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る