第10話 こども




 はらはらしながら見あげるトェルを抱いたまま、リィフェルはため息をついた。


「……母上も伴侶なしで私を生んだだろう」


「それとこれとは違うんですー! ……いや、よく考えなくても子どもより伴侶のほうが許せないな。ちょっとノォナとか邪魔だから、しめとく?」


 剣呑に閃く月の瞳に、リィフェルが叫ぶ。


「しめるな!」


 月のきみは面白そうに唇をつりあげた。


「俺をしかるリィも、大きな声を出すじゃないか」


「子どもか!」


「ふーんだ! 精霊は永遠の子どもですー!」


 唇をとがらせて舌を出すおかあさんの月の瞳が、いたずらっ子みたいにひらめいた。


 精霊は老いることもないのだろう、リィフェルの弟のようにさえ見える。


「あぁあもう! だから来たくないんだ!」


「ひ、ひどい、リィ!」


 泣きだしそうな瞳で抱きつくリヴァリゼに、あきれたように吐息したリィフェルは、おかあさんの月の髪をやさしくなでる。


「報告は、した。もしもの時は、私が必ず止める。母上の手をわずらわせることはしないと約束する。認可は保留でいい」


「だ、だからだめだ! リィが子どもを持つなんて、絶対ぜったい絶対だめだ──!」


 叫ぶリヴァリゼに、リィフェルは告げる。


「トェルは、私の子だ」


 まっすぐな声だった。


 微塵の迷いもない言葉に、トェルの視界が揺れる。


「……おとーた」


 リヴァリゼが目をむいた。


「おとうさんって呼んだぁアア──!」


 絶叫するリヴァリゼに、とがった耳をふさいだリィフェルは手を挙げる。


「報告は、したから」


 リィフェルの周りに光の粒がきらめいた。

 ふわりと浮きあがるリィフェルを、伸びたリヴァリゼの手が止める。


「も、もももう帰るの!? ゆっくり泊まっていきなよ、せっかく来てくれたのに!

 月の御力も今日はいっぱいだよ、満月だから!」


 リヴァリゼの指の先に、まるい月が輝いた。


 ふいとリィフェルが、顔をそらす。


「……認可してくれるなら、泊まってもいい」


「くぅう──!」


 苦しげに顔を歪めたリヴァリゼが、うなだれた。


「……俺がどれだけ反対しても、リィフェルはその魔族の子を育てるんだな」


 うなずくリィフェルの、母とおそろいの髪が流れる。


「リィは頑固だからなあ。言いだしたら聞きやしねえ」


「同じ言葉を、母上に返す」


 鼻を鳴らすリィフェルに、月のきみは笑った。


「リィも、そんな顔をするようになったか。いつも感情なさそうで、心配してたんだよ」


「母上の感情表現が大仰すぎるんだ」


 すねたように唇をとがらせるリィフェルは、さっきのリヴァリゼにとてもよく似ていた。


 トェルは、笑う。


「そ、くり」


 二精の月の瞳が、おんなじように瞬いた。



「なんだこいつ、いい子じゃねえか!」


「母上と一緒にするな──!」


 歓喜と悲嘆の叫びに、はさまれたトェルは、声を立てて笑う。


「そ、くり」


「いい子だ──!」


「トェル──!」


 おばあちゃんの腕に抱っこされたトェルは、ぬくもりに包まれる。



 ──……あったかい。


 おとうさんと、よく似た、けれどすこし違う香りがした。


 おばあちゃんの、香りだ。



「……認可は」


 ぶすくれたリィフェルのつぶやきに、リヴァリゼは、おごそかに、うなずいた。


「してやってもいい。リィがこの子と一緒に毎日遊びに来るなら。経過観察だ」


「月に1回」


「2日に1回!」


「週に1回」


「3日に1回! これ以上は、まからん!」


 胸を張るリヴァリゼに、リィフェルは肩を落とす。


「……3日か……」


「リィの力を蓄えるにも丁度いい。

 万一のときは、リィが止めてくれるんだろ?」


 天に懸かる月を見あげたリィフェルは、月の光を、月の力を吸いこむように目を閉じる。



「3日に一回、トェルを見せにくる。月のきみの認可があれば、精霊界は黙る。

 ……頼む」


 胸に手をあてるリィフェルに、リヴァリゼは目を細めた。


「……リィが俺に頼むのは、はじめてだな」


 おかあさんの手が、おそろいの息子の髪をやさしくなでた。


「月のきみリヴァリゼの名を以て、月の精リィフェルが、人の子トェルを養い育てることを、認可する」


 あふれる光が、天の月と呼応するように輝いた。

 リヴァリゼからこぼれるやわらかな光が、リィフェルとトェルを祝福するように舞いあがる。


「お月さまも、いいってさ」


 微笑んだリヴァリゼは、リィフェルの胸のうえの手に指を重ねる。


「困ったことがあったら、何でも頼れ。

 俺は、リィの母ちゃんだ」


 胸を叩いて、笑ってくれた。

 リィフェルの瞳が、揺れる。



「……ありがとう」


 かすれた声で、リィフェルはささやいた。

 母を慕う子の微笑みだった。







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