『双子の塔』 一層目 『二つの右腕』中編
『塔』に吸い込まれたのは分かったので、急いで周囲を確認する。
地面で横になったエルを見つける。
――良かった。
吸い込まれる瞬間、何とかエルを抱き締めることが出来ていたが、地面に転がった際に離れてしまったようだ。
怪我をしていないか急いで確認する。
見える範囲で傷も負っていない――
「エル、大丈夫か?」
肩を軽く叩きながら、小さな声で呼び掛ける。
声に反応し、目を開く。
「ラウル様……」
「怪我は無いか?」
身体を起こしたエルが確認し、「大丈夫です」
先程から気になっていた視線に対し、顔を向け、「お前達は別に心配いらないだろ。何でこっちを見てるんだよ」
「いやいや、少しは俺の事も心配してくれてもいいんじゃないか、と思ってな」
軽口を叩くバルトロを殴りたくなったが、横に立っていたエメルリンダが口を開く。
「本当にラウルさんことを大切に思っているのですね。私はとても嬉しいです。貴方のその行為は素晴らしいことです」
言い終わると同時に空へ祈りを捧げる。
続く様にバルトロも祈りを捧げ始めるので、俺とエルは溜息をつきながらこの場から離れようとした時、フェリカとイアーリの姿が見えないことに気づく。
「おい、残りの二人は何処に行った?」
空に祈りを捧げている二人が空から視線を外し、周囲を見渡す。
しばらくすると脳内に焦った声の二人が響く。
「バルトロ!! 何処にいるの!!」「エメルリンダ様! 一体何処へ!?」
「耳元で叫ぶな! うるさい!!」「私の声が大きくなければ、エメルリンダ様に届かないでしょう!」
互いが主義主張をするため、全員の頭の中が騒音で溢れる。
「止めろ!! お前ら!!」
俺が叫ぶと、エルとエメルリンダ以外が苦悩の声を漏らした。
自分の声で頭痛を起こす。
「悪い……エル、大きい声を出して……」
「私は大丈夫です。悪いことをして怒られた子供の様な気持ちになってしまい、ちょっと不思議な気分です」
頬を赤らめながら答えるエルに続いて、エメルリンダまでも妙なことを口にする。
「エルさんの気持ちは分かります。私も幼少時を思い出してしまいました……怖いというよりも、温かみを感じる言葉を」
余計なことを言うな――と、口から出る前にこの場に居ない二人と此処に居る馬鹿が大騒ぎし始める。
騒音が轟音になり、俺はバルトロに文句を言った。
ようやくこの場に居る者達と違う場所に居るフェリカとイアーリが落ち着き、冷静な会話が出来る状態になった。
先程まで嵐の様に飛び交っていた情報、それらを関係あるモノ同士でまとめてみる。しばらく考えていたが、この状況を証明するには圧倒的に情報が足りない。
そして、全ての内容が予想の域を越えられていない。
少しでも正確な情報があれば状況は変わったかもしれない――
悩んでいても現実が変わる訳でもない。
行動するべきと考え、まず此処に居ない二人に話し掛け、俺達の居る世界の情報を伝えようとした。
すると、情報部分だけにノイズが入り、相手に伝わらない。逆も試してみたが、結果は同じだった。
俺以外にも試し、会話の内容を上手く変え、相手にその意味の裏を読ませるなどもしたが、結果は全て失敗に終わった。
皆が沈黙する中、俺が口を開く。
「最初に通った門があるじゃないか、あれが『双子の塔』の力を起動する条件だと仮定する。その後、存在したのは巨大な二体の像。欠損した身体を補う様な形は、一つの物を二つに分けたと考えられないか? そうすると『双子の塔』は、元は一つで、今は二つに分かれている……だから俺達とあの二人に分かれてしまった」
「まあ、そういう考えになるのはあの状況を見ていれば分かるが、少し暴論すぎないか? フェリカとイアーリは実は塔の外に居て、俺達と会話をしていた二人は『双子の塔』が作り出した幻聴かもしれねぇ」
意外な返しに驚いてしまう。
忘れてた――
コイツは戦闘センス以外にも鋭い洞察力を持っていたんだ。
バルトロの考えは一理ある。その可能性を考え始めてみる。
俺が再び口を開こうとした時、その場から一歩踏み出したエメルリンダが話を始める。
「このままでは状況を変えることは難しいと思います」
「情報が全て予想だとしても前に進むことが先決です。対話し、より良い考えを出すことは非常に素晴らしいと思います。しかし、光無き闇を進むことも重要です。
「さあ、一歩踏み出しましょう。その先には素晴らしい未来があります」
意識が遠のく感覚。
そこに一切の恐怖は無く、意識を手放すことが間違っていない、元々の強い意志は、この言葉を守るためにある――
誰かに服を強く引っ張られる。
次の瞬間、意識が覚醒する。急いで彼女から視線を外す。
脳裏に残っている、恍惚な表情と瞳の奥で広がる金色の世界。
危なかった――
エルが気づいて刺激を与えてくれたおかげで逃げられた。
会話の隙間に力を使ってきやがった――
やはり『聖天翼教』は危険すぎる。
彼女がこの塔を攻略する間、今の精神支配を何度仕掛けてくるか分からない。
俺とエルは視線を合わせ、無言で小さく頷く。
「エメルリンダの言う通りだ、此処で討論していても時間の無駄だ。この第一層を攻略した後にまた考えればいい」
「ラウル様の意見に私は従います」
他者の意見に合わせない、強い気持ちの言葉でエルが言う。
俺達は、二人を無視して歩き出す。
エメルリンダの横を通り過ぎる際、視界の端。
「力を合わせて進みましょう」鼓膜を優しく揺らす声音と笑み。奥底に存在する何かを隠すため、異様なほどに完璧な笑みを浮かべていたが、俺は無視をした。
フェリカとイアーリには、第一層を攻略すると伝えると不思議なことに二人からの声は聞こえなくなった。
伝えた言葉の中に重要なキーワードでもあるのかと考えてしまうが、この時点で意味が無いので止める。
最初の場所から歩き始めて大分時間が過ぎた。
空は常に曇天、夜が近づいているのか更に暗くなっている。
しばらく見上げながら歩いてみる、空の景色が一切変化していない。
まるで絵画の様に固定されていた。
俺の変化に気づいたエルが言う。
「あの空……嫌な予感がします」
「固定されているという事は何かを封印している様な雰囲気がある。空に閉じ込めておく存在……」
以前の塔で戦った竜を思い出す。
アレ以上の竜だった場合は非常に厄介だ。
この層の『魔具使い』が封印しているとしたら、同時に相手をすることになる。
あの時と違って、四人であればそれほど苦戦はしないと思うが、警戒しておくべきだ――
少し後ろを歩いていたエメルリンダが話し掛けてくる。
「ラウルさん、エルさん。少し離れた所に町の様な物が見えます。あの場で情報収集をしてみたら、この第一層の事が分かると思います。そちらに向かいませんか?」
「アレを無視する理由がない。俺達もそっちに向かう。ところで、お前達はこの空に何か感じないのか?」
教主の後ろを歩いていたバルトロが空を見上げる。
「別に気にならねーな。あんな感じの空には何度も見てる。大抵何かが封印されているんだが、それを突破出来ない様な存在なら大したことがないな」
バルトロの軽口に苛立ちを感じ思わず口を開いてしまう。
「突破させないほどの強力な封印だったらどうする? それだけの力を持つ存在がいることだろう?」
「まあ、そん時はそん時だ! 俺が何とかする!」
「聞いた俺が馬鹿だったよ……」
馬鹿笑いするバルトロに続いてエメルリンダまで笑い始めた。
俺達は溜息をつくしかなかった。
町と思っていた建物は、俺達の予想を超える形で存在していた。
その姿に四人は無言になる。
厳格な宗教都市の一部だけを切り取った様な形。
世界との境界付近は、形を崩すことなく切り取られた形を維持していた。
異様な土地を目にして歩を止まり、視線を細かく動かし情報を収集する。
地上から浮遊しているため、此処から跳躍しないとあちら側に行けないな――
反対側の境界部から石畳が連続して現れ、一本の道を作った。
四人が顔を見合わせ、俺は魔具『闘争の刃』の柄を握り、石畳に一歩踏み出し、ゆっくりと歩き出す。
続いてエルが後方を確認しながら歩いて来る。
『魔具 無垢な祈り』のトリガーに指を掛け、銃口が警戒に合わせて忙しなく動いている。
後ろを見ると、バルトロはエメルリンダの前に立ち、凄まじい殺気と警戒を周囲に放ちながら、俺達に続いて来る。
全員が異様な宗教都市に踏み入った後、石畳みは音も無く消えた。
次の瞬間、この町の住民、もしくは土地が生み出す、異様な感覚と匂いに襲われた。
それは強烈な恐怖と薬の様な匂い――
生活する人達は清貧な暮らしをしている様に見える。
全員が黒のローブを羽織り、顔色が非常に悪く、目だけがぎらつき、瞳の奥には警戒が存在していた。夕焼けの暗い空へ祈りを捧げ続けている。
支配者に対する恐怖と違い、もっと深くて救いが無い恐怖に感じる。
その感情は、『魔具使い』になってから極端に薄れてしまった死への恐怖に近い。
『闘争の刃』を下し、周囲への警戒を続けるエルに聞く。
「住民のこの感情はどう思う?」
「………ラウル様と同じ気持ちです、薄れた恐怖を思い出す感じです」
「この感情を住民が抱く原因を探すのが先決と思いますが……全員が同じ気持ちで苦しんでいるのは何故でしょう……?」
「住民が共通して死の恐怖に繋がる何かを探せばいいのは分かるが……」
これからどういう動きをするべきか悩んでしまう。
そういえば、あの二人は何をしている――?
周囲を見渡すと信じられない光景が目に入る。
バルトロとエメルリンダが住民に話し掛けていた。
その内容は、何か悩みがあるなら『聖天翼教』の話を聞かないか?
黒のローブのフードを深く被っている男性が、俺へ助けるを求める様な視線を向けるが、それが間違っていると思ったのか、急いで目を逸らした。
あの馬鹿――
怒りが一気に噴き上がり、大きな舌打ちが出る。
――来た早々に目立つ行動を取れば、この層の『魔具使い』に警戒されるだろうが!
その場から飛び出そうとした瞬間、垢の匂いと薬の匂いが鼻腔を刺激する。
足を止めた時、横を通り過ぎた小柄の女性。バランスの悪い走り方で二人の方へ向かって行く。
「死が来た!! 死が来たわ!」
死? バルトロとエメルリンダが死を与える者達?
それともこの層に訪れた者、全てがその対象になるのか?
塔外から来た存在は全てそのカテゴリーに入れられるとしたら、今の俺達は非常に危険だ。
「おい! バルトロ止めろ! エメルリンダもだ」
「エメルリンダさん! 軽率な行動は危険です! この層の状況を把握してからでないと!」
鐘が突然鳴り始める。
音の方向を見ると白亜の女神が在った。
正確な距離が分からないため、実際の大きさは分からないが巨大であることは間違いない。胸の辺りで両手を重ね、その中心に鐘が在った。
一定のリズムで鳴り続ける鐘を支える両腕が変色し始めた。
リズムに合わせて、手から肩に向けて右腕が黒く、左腕は光沢の無い白に染まっていく。
変化によって両腕から粒子が生まれ、風に乗って舞い上がる。
細かい粒子が夕焼けで輝き、幻想的な光景を作り出す。
「塔外から来た『魔具使い』、此処には貴方達が望むモノはありません。次の層へ行きたいのなら、今までの常識を捨て、この町を調べて下さい。私にはそれしか言えません、『魔具使い』である私は、貴方達と戦うつもりはありません」
女神像に祈りを捧げる住民とは真逆の位置で立つ男。
音も無く唐突にこの場に現れ、自ら『魔具使い』と名乗った。
その男から視線を外さない。『闘争の刃』の柄を握り、大型剣の魔具はいつでも斬撃を放てる状態にする。
俺の殺気に反応したのか、『魔具使い』と名乗った男の身体が横に揺れる。
痩身には大き過ぎる、青白く透き通った髑髏のローブを羽織り、白い肌と禿頭。両目は大きく見開き、瞳の中心には小さな少女が住んでいた。
左目には『純白の少女』、右目には『漆黒の少女』。
ドレスを着た少女らが会釈をする。
相手の顔を覗き込むことが出来る距離ではないのに、俺には瞳の少女らの姿がはっきりと見える。
――直接脳に映像を送っている?
あの『魔具使い』の力なのは明らかだが、この状況が危険なのかどうなのか分からない。
目を動かし、隣に立つエルの顔を見る。
同じ様に驚愕の表情から周囲の変化を見逃さない視線の動きに変わっていく。
祈りを捧げる住民らの周囲、白亜の女神から生まれる粒子が輝いている。
陰鬱な表情をしていた住民らが唐突に明るい表情になり、大声を出し始める。
恐怖や死、それらに連想される出来事に関して否定する内容を。
連鎖して起きる叫びは、『魔具』による攻撃と判断するしかない。
俺達が有利になる状況を作るのが先決。
エルに合図を出し、頷き同時にその場から飛び出そうとした瞬間、横を取り抜ける存在。
「お前には恨みは無いが、教主様が怒っている。殺す理由はそれだけで十分だよな!」
バルトロの言葉は身勝手であるが、『聖天翼教』からすれば一切間違いが無い行動だった。
『魔具使い』の男までの距離を縮める過程で、進行を信者らが邪魔をする。
互いの体格差を埋める様に束になって襲い掛かるが、バルトロには全く問題無い状況。
両腕を軽く振り抜く程度で信者らは吹き飛ばされ、建物の壁に叩き付けられる。
それでも彼の進行を止めようと襲い掛かるが、全てが無駄に終わった。
遠くに存在する白亜の女神から響いて来る鐘の音が、敵の男に集まっていく。
規則正しい鐘の音にズレ、時が遅れ、それを追い掛けるように新たな音の流れ、隙間を次第に埋めていき、重なった音は轟音となり、周囲に響き渡る。
「殺す理由など聞きたくありません。そして、死を覚悟することは一番愚かな行為」
「肉体を失い、この世界の繋がりを失う恐怖。魂が残り続けるとしても、親しい人、憎い人、愛する人、家族から認識されなければ存在していないと同義。その恐怖から逃げてはいけない理由はありません。だから私は、貴方達にその事を伝えなければなりません」
鐘の音が止まる。
「私の名は『幻覚のヲグ』。この世界を乱す貴方達に教義を説きます」
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