『慟哭の塔』 四層目 『捕捉』のルラ・『安定』のネフュラ

 ラウルは第三層の異様さ思い出しながら第四層に入る。

 視線を感じ、顔を下に向けるとエルが見上げていた。

「ラウル様、次の第四層が先程の層と同じ様でしたら、どの様に対応しますか?」


「あの時……私はあの部屋の異様さに圧倒されて判断が鈍くなりました。もし、私が同じ過ちを犯していたら……」


「それは俺も同じだ」


「あの時は何とか出来たが、次は最悪な状態になる可能性が高い……」


「俺が駄目な時はどんな方法を取ってもいいから、俺達が生き残る方法を選択してくれ」


 エルの言葉を途中で切る形になってしまったが。

 コートの背中部分を強く掴まれ、そのまま顔を埋めてくる。


 小さな声で「はい。絶対に生き残ります」


 その言葉の意味。

 俺には別の意味にも感じていた。

 エルは自分を犠牲にして、俺を助けるに違いない。

 そして、俺も同じ立場ならエルの命を一番に選ぶ――




 ゲートの終点、第四層に着いた俺達の視界に広がる景色は、それほど意外性はなかった。

『灯の島』と同じ形をしていて、ただ上空からは建物の姿が一切見えない。

 周囲を見渡すと、遠くに月が見えた。

 しかし、微細な何かが舞っているせいで、島に光が少しか届いていない。

 視界を悪くしている物が、呼吸器関係に影響が出ると思い腕で口元を隠す。

 しばらくしても息苦しさを感じない。その状態に不思議さを感じたエルが口を開く。


「ラウル様、空に舞っているこの微細な何かは、この層の『魔具使い』が出している物なのでしょうか? その場合、私達に何かしらの影響があるはずなのですが……」


 ――確かにそうだ。

 しかし現時点で身体に影響がある感が無い。

 それとも身体に付着することで、相手の戦闘が優位に進む仕組みかもしれない。

 考え始めればキリが無いが、残りの層は此処だけ。

 これまでの層よりも警戒を強める必要はある。

 それでもどんな『魔具使い』が居るか想像しておいてもいい。目を細め、着地する島を調べるように見る。



 この位置からでも建物は一切見えない。

 空と同化している様な建築物も無い。

 となると住民がいない可能性が高い――

 島に近づき着地。

 同時に『魔具』を構える。

 大型剣の『闘争の刃』、『魔具 無名1』の透明のナイフが周囲の気配に素早く対応出来る高さで停止している。互いの背を合わせながら辺りを見渡す。

 先程見た通りに建物が一切無い。

 住民は一体何処に――?

 警戒を解かず、足で地面をこすってみる。

 その感触から空に舞っている物と同じだと分かった。

 それ以外にも気づいたところがある。砂の様な物質は、何かが強制的に分解されて出来ていた。微かに感じる魔力。『魔具使い』なら分かる残滓。

 同じ事を考えているエルが凄まじい殺気を放つ。

 遠くで破裂音。

 続いて圧縮された空気が連続で出る音。それが凄まじい速度近づいて来る。

 一気に距離が無くなると同時に俺達は、その場から吹き飛ばされた。

 空中で体勢を変え、着地。少し遅れてエルが着地。



 誰かに攻撃されたのは分かる。

 しかし、敵が見当たらない――

 再び圧縮された空気が出る音。

 素早くその方向へ身体を向ける。視線の先、離れた場所から、エルの身長と同じぐらいの球体と六角形が飛翔してくる。

 巨大な黒の宝石を切り出し二つからは、強烈な敵意と魔力を感じる。

『闘争の刃』を振り上げた瞬間、敵が加速する。

 予想していた以上の速さで近づかれた。

 焦りと背中を走る嫌な予感に、攻撃から防御へ。

 盾の様に構えた大型剣に球体が激突。衝撃を逃がすため同時に後方へ跳躍。その間にエルを掴む。

 六角形が途中で停止。ゆっくりと球体に近づき、隣に立つ。



 地面を削りながら身体の勢いを落とす。


「ラウル様、すみません。後れを取りました」申し訳なさそうに言うエル。


「気にするな」


「それよりもあの二体……アイツらがこれから何を仕掛けてくるかだ。あの姿のまま突撃と防御だけとは考えづらい」周囲に視線を向ける。


「砂に感じる球体と六角形の魔力」


「舞っているコレがあの二体によって操作出来ると仮定すると相当に厄介になる」


「様子見をせず、殺れる時には一気にですね。分かりましたラウル様」


「どちらかが有利に戦いを進めている場合、虚を突く加勢で相手を殺る。そうすれば戦いは優勢に進められる」


「行くぞ!」


「はい!」



 白い肌と鈍い銀色の髪。

 少し長い前髪の隙間から見える目が細くなり、青い瞳に強い意志が宿る。

 飛び出すと同時にラウルの黒のコート舞い上がり、同じ素材のパンツの足元にはベルトを何本も使った武骨なブーツ。地面を強く蹴り上げ、加速。

 肩に担いだ『闘争の刃』の中心機関に魔力が注がれていく。


 ラウルを追うエル。

 白い肌と薄いピンク色の長い銀髪。眉毛の上でわずかに揃えられた前髪の下には丸型の眼鏡。その奥の紫色の瞳に殺意が宿る。

 純白のジャンパースカート。その下に着た純白のシャツの大きなフリルが風で揺れる。

 黒と白のリボンが付いた光沢ある黒のオーバーニーソックス。その終点にある黒の厚底パンプスが、更なる加速のために地面を食い込む。

 背中の『束縛の箱』からドレスを着た女性の腕が出て、エルの身体を掴む。

 次の瞬間、前を走るラウルと別方向へ向かって飛び出す。

 低い姿勢で飛翔する少女の手に握られた『魔具 無名1』に魔力が注がれる。透明のナイフが刀身を伸ばし、敵の六角形を斬る。

 

 俺達の行動に対して反応したのかは分からないが、黒の宝石から掠れた声が発せられた。

 球体は「ルラ」

 六角形は「ネフュラ」

 二つの言葉が何かの名称、もしくはこの四層で意味ある言葉なのかは分からないが、今の俺達には関係無い。

 ルラまでの距離を縮め、『闘争の刃』を振り下ろす。

 刃が球体に触れた瞬間、衝撃音に併せて黒紫の魔力光が溢れる。

 それはネフュラの方も同じだった。

 宝石の表面に光の線が走り、割れていく。

 内側に隠れていた何かが出て来る様な雰囲気の中、次の攻撃を放てずにいた俺達の予想を超えた事が起きた。

 二つの宝石は女性の身体になった。

 ルラはショートヘア、ネフュラはロングヘア。

 人間の形をした宝石が、変化する前と比較にならない速度とフェイントを混ぜ、一気に距離を潰してきた。

 ヤバい――

 距離を作るために前蹴りを放つ。

 それを難無く避けたルラが懐に入る、そのまま左右の拳が腹部に連打される。

 見た目からは想像出来ない重いパンチ。

 痛みで身体がくの字に曲がってしまう。離れる相手に対して、右のショートアッパーを放つ。顎を打ち抜かれたことで身体の一部が砕け、飛び散る。

 衝撃を押し殺せないルラの身体が体勢を崩す。そこへ追い打ちの一撃を放つ。

 頭部破壊するはずだった『闘争の刃』に絡みつき、その場で回転するルラによって体勢を崩しつつも、右足の蹴りを放つ。

 感触はあったが、それは奴を足場にしてこの場から離れる動きの衝撃。

 ルラが着地する前に、エルの方を見る。

 エルの右上段蹴りがネフュラの頭部に当たっているが、何か違和感があった。

 この距離からでも分かる何か。攻撃を放ったエルが離れる。

 俺と視線が合い、合流する。


「エル、何があった?」


「……感覚的には何かがあったのですが、それが瞬時に消えてしまいました……」と不安な表情で話す。


 ルラとネフュラが、俺達と同じ様に合流する。

 そこから視線を外すことなく思考する。

 感覚的にある―― 瞬時にその感覚が消える。

 何だ、それは? 

 例外無く皮膚から伝わる何かなのか? それとも『魔具使い』だから分かる感覚的なモノに影響が出る何かなのか?

 クソッ、さすがにこれだけの情報だけと確定出来ないか――

 エルの不安な表情を見なければ、ここまで考えない。

 四層まで来ると殆どが強敵だ。少しの油断、判断を遅らせる、思考を止める、これらの行為で命を失う。

 一度逃げて、再度挑戦することも出来るが、それは敵に対策の時間を与えてしまうことになる。そうなってしまえば『塔』の攻略難易度が上がる。

 再度挑戦した際には、一度目とは違う何かが必要になる。

 それを用意出来るのなら勝つ可能性はある。だが、大抵は諦め、『塔』を離れる。

 俺達もその状況になるかもしれない。負けは死に直結する。

 思考を加速させろ。

 周囲の情報を一つも漏らさすな――

 視線を動かし、情報収集している中で、ルラとネフュラが手を繋ぎ、ゆっくりとその場で回転を始める。

 ダンスが始まる前の動き様な、緩やかな動き。繋いだ手から身体を近づけると、そのまま二人は融合を始める。

 俺とエルは無言でその変化を見ている。


 エルが呟く。「二人から一人になるということは、先程よりも戦いを優位に進められる……」


「それしかないだろうな……無意味な行動を取るタイプには見えない。エル、先手を打つぞ!」


「はいっ」


『闘争の刃』を構え走り出す。

 俺を追従するエルも『魔具 無名1』を構える。

 相手に刃が届かない距離。

 その位置で両足に魔力を注ぐ。筋力増大によって一気に速度が上がる。

 加速する中で大型剣の横薙ぎを放ち、融合したルラとネフュラに激突。

 斬撃により身体が横一文字で切断。

 一度体勢を崩すが、切断面から小さな黒い宝石が零れ出し、身体が停止。

 零れ出した宝石が動きを止め、その状態で周囲に触手の様なモノを伸ばし、結合を始める。

 異様な速度で修復する相手の頭部が突然横へ倒れる。

 側頭部から何か飛び出すのが分かる。

 エルの攻撃から修復するまでの間に、再び距離を縮める。

 次の瞬間、攻撃するはずの『闘争の刃』で攻撃を受け止める。両腕から伝わる衝撃に奥歯を噛み締める。


「大人しくしてろよ。二人まとめて叩き斬ってやろうと思ったのによ!!」

 

 ロングヘア―のネフュラが素早く横へ移動、低い体勢のまま足払いを放つ。

 その場で跳躍、『闘争の刃』の柄を踏み急速落下。

 切先は地面に突き刺さる。

 凄まじい反応で攻撃を避けたネフュラが逆立ち状態から、俺の首を足で絡め、そのまま投げる。

 後方に飛ばされる体勢で俺は剣を振るう。

『魔力刃』が飛び出し、無防備のネフュラの身体に激突する。

 胸の前で交差した両腕で防がれ、弾き飛ばされた。

 そのまま空で爆発。体勢を戻し、飛び出し、左右の連撃からの高速連続突きを放ってくる。

 連撃を、避けつつ弾く。

 そのまま間合いを詰められ、今度はネフュラの連撃。

 剣で叩き落しつつ、紙一重で避ける。

 だが、止まることがない攻撃により体勢を崩してしまう。

 予想以上の攻撃に舌打ち。

 体内の魔力配分を変え、空中に『魔力陣』を作る。

 紫色の魔力光を放つそれは、中心に魔獣と剣のデザインがあり、それを囲む魔力文字。

 それを足場に体勢を変える。突然方向転換をし、明らかな動揺を見せる。


 チャンス――

『闘争の刃』の横薙ぎ。が、妙な感覚に襲われる。

 握っている先に別な力が加わっている様な、経験したことが無い感覚に焦ってしまう。

 それを見透かしたネフュラの蹴りを無防備で受けてしまう。

 再度、『魔力陣』を作る前に地面を転がる。

 素早く立ち上がり、ついさっきエルが言っていた、感覚的には何かあった。それがこれだと分かった。

 そうなると、ネフュラの『魔具』の力をどう攻略するかだ。

 自分を襲う攻撃の速度、軌道を有利に対応出来るように変化させる相手に対し、有効な攻撃方法は幾つかある。

 すぐに試すべきだが、今、エルが戦っているルラの『魔具』がどんな力を持っているか分からない。

 相手もそう簡単に力を見せる訳がない。

『闘争の刃』を強く握り直し、切先をネフュラに向ける。

 少し気怠そうな態度を取りつつ、俺の方を見ている。

 チッ―― 俺の攻撃は簡単に処理出来る。そんな顔をしてやがる。

 その時だった、地面を滑るように移動して来たエルが息を少し荒げてしゃがみ込む。


「ラウル様、大丈夫ですか?」


「俺は問題無いが、エルの方はどうだ? ルラの魔具の力は分かったか?」


「すみません、相手が力を使った様子はありませんでした。私が力を使うまで追い込めなかったのが原因です」


「気にするな」


「エルが言っていた感覚的な何か、俺も経験して分かった。現状、ルラの力が分からない以上、それで作戦を立てる必要がある」


「はい」


「ネフュラの力は、自分を襲う攻撃の速度、軌道を有利に処理出来る」


「俺達が感じたのはそれだ。この力は使い方によっては相当脅威になるが、逆にそこが利用出来る。死に直結する一撃がくれば必ずそれに力を使う」


「エル、ここから作戦だ」

 ネフュラに近づいていくルラから視線を外さず、作戦内容を伝える。




 再び、俺とネフュラが戦い始める。

 そこから少し離れた場所ではエルとルラが戦っている。

 一瞬でも気を抜けば、自分の身体を吹き飛ばされ、回復が間に合わなければ死ぬだけ。

 魔力光が激しくぶつかりあい、乱滅する中、俺とエルは作戦通りに動いていた。

 敵には気づかれていない。

 円を描く様に俺達は移動を続け、予定していた位置。終点に向けて戦いを続ける。

 カウントを始める。

 脳内で減り続けるカウント合わせて、エルが近づいて来る。

 最後のカウントが過ぎた瞬間、俺はネフュラへの斬撃を強制的に停止。

 その場を交差するエルが、ネフュラに向けて『魔具 無名1』の透明な斬撃を放つが、それも急停止。完全にエルの攻撃を危険と感じたネフュラの力はそちらに向けられていた。

 俺がその場で半回転。

 再び振り上げられた『闘争の刃』によってネフュラの身体、上半身と下半身が切り離された。

 吹き飛ぶ身体を見ながら、素早くエルを抱えてその場から離脱し、少し離れた場所に着地。


「ラウル様! 作戦成功ですね」喜びの声を上げる。


「おう!」力強い声で答える。


 ルラが掠れた声で絶叫する。

 その声に舞っている微細な何かが反応して消失する。

 切断されたネフュラは上半身から触手を伸ばし、身体を繋げようとしているが、距離があるのでなかなか進まない。

 ルラが下半身を拾い上げ、上半身へ近づいて行く。

 早く身体を元に戻したいのか、今度はルラに向けて触手を伸ばす。二人は融合する様に身体が溶け合っていく。

 俺はそこへ向けて『魔力刃』を連続で放つ。

 激突により、紫色の魔力光で照らされる。

 しかし、放った数に対して光の量が少ない。

 元の明るさに戻った時、俺の攻撃は無駄ではなかったと分かった。

 そして、それは組み合わせると脅威以外の何物でもなかった。

 球体と六角の形を変えながら宙に浮いている物から、ルラの腕が長く伸びている。

 その掌には俺の魔力の残りが微細な何かに変化し、空に舞っていく。


 ルラの力は、攻撃を無力化し、微細な何かに変化させる。

 ネフュラの力は、攻撃を安定させる。

 安定させ、無力化。

 その間は高い戦闘能力で相手を追い詰める。

 完璧すぎた。

 俺と同じ考えに至ったエルが歯軋りをする。

 先程と同じ作戦を取ったとしても、成功する可能性は低い。

 成功したとしてもその時にどちらかを殺せなければ意味が無い。更に状況が悪化する。

 どちらを狙うのかによって勝率が変化する。

 思考することが多すぎるが仕方無い。

 再びエルに作戦を伝える。

 その内容に静かに頷く。

 互いに覚悟を決め、その場から飛び出す。




 融合し、一つの身体となったルラとネフュラ。

 姿は女性のままで、髪が全て逆立った形になっている。

 変化した敵に、俺達は左右、上下で挟み込む攻撃を続ける。並走しながら隙を見つけては攻撃を仕掛ける。

 様々なフェイントを加えて、分離した一体を攻撃するようにしていたが、その作戦も、予想通りに最初しか通用しない。

 俺達の狙いを見抜かれていたが、それでもその攻撃を続けるしかない。

 可能性がある限り。

『闘争の刃』を振り下ろす。

 ネフュラの左腕によって斬撃の速度が強制的に落ちる、更に軌道が変化し、ルラの右腕が刀身を握ろうとする。

 奴の無力化が、直接魔具に触れるとどの様な変化が起きるか分からない以上、これを必ず回避しなければならない。

 封印している『グギア』が危険を察知し、コートから腕を伸ばし、地面を掴む。

 そのまま後方を投げ飛ばし、体勢を整えつつ、『魔力陣』を展開。

 着地と同時と飛び出す。その瞬間、『魔力陣』をエネルギーに変えて更に加速する。

『魔力刃』を刀身に纏わせた一撃を放つ。

 それを避ける様に身体が分かれ、二人でその場から逃げようとする。

 その光景を見て、俺は予想通りと考える。

 急停止する『闘争の刃』。

 両刃の刀身が纏う紫の魔力光を放つ『魔力刃』が、『グギア』の力によって鋭さが増していく。併せて増幅する両腕の筋肉。

 内側から押し上げられる力によって腕が一気に太くなる。その形も魔獣の腕と見えておかしくない変化だった。

 今までとは比べ物にならない速度で振り抜かれる。

 その速度に遅れるように身体が二つにズレる瞬間、切り返された大型剣が脳天から股間に向けて落ちる。四分割にされたルラが、その場に崩れ落ちる。

 地面に『魔力刃』を突き刺し、その場を離れる。

 狙い通り、無鉄砲に向かって来るネフュラの腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。

 着地する前に、ネフュラの身体が狙撃される。


 攻撃したのはエル。

 少女がもう一つ保有する『魔具 無垢な祈り』黄金色で逆十字の銃器。

 装飾の顔が無いシスターがトリガー部に向かって祈っている。

 シスターの顔が浮かび上がり、威力が増幅された銃弾が連射される。 

 エルからの遠距離攻撃を想定していなかったのだろう。攻撃に対応出来ていない。

 銃弾によって削れる身体を再生させることに魔力を使っている。それでも、早くルラの元に行こうと再生途中で走り出そうとする。

 そこをエルに狙われて転倒する。

 全てが賭けだったが、幾つかの仮定が真実だったことで成功した。


 幾つかの仮定。

 ルラとネフュラは、攻撃のメインは俺だと思っている。

 時間によって攻撃パターンがなくなり、この層から逃げるはずと考える。

 ルラとネフュラは元々恋人同士だったのでは?

 この三つの仮定を作戦に取り込み、賭けた。

 見事に成功し、今、『魔力刃』の爆発で頭部しか残っていないルラに向けて、『闘争の刃』の切先を落とす。

 地面まで突き刺さり、しばらく痙攣を起こしていた。

 それがゆっくりと止まり、塵になっていき、空へ舞っていった。

 俺は、ネフュラの方へ顔を向ける。

 視線の先の彼女は、膝から崩れ落ちる様にその場に座り込んだ。

 表情があるわけではない、しかし、黒一色のネフュラの顔には絶望に満ちていた。

 ゆっくりと後ろから近づくエル。逆十字の銃器が後頭部に狙いを定める。

 警戒を緩めないまま二人に近づいていく。

 空気が一変する。

 今までに一度も感じたことがない凄まじいに魔力に身体が押しつぶされそうになる。

 歪む空間に見つめる。次の瞬間、周辺の物を全て吹き飛ばす勢いで魔力が放出され、俺達は吹き飛ばされた。

 転がりながらも、突如現れた存在から意識を離さない。

 身体の勢いが止まり、視線を向ける。


「何だ、アレは……?」

 隣で同じモノを見ているエルは言葉を失っている。


 空から生える様に存在している、巨大な真紅の鎧。

 その腕部分が圧倒的な魔力を放出しながらゆっくりと手を開閉している。まるで、これから殺戮を始める準備運動の様に。

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