赤と黒ーSinー

弱音

 血が流れ黒く手が染まる。


 赤に濡れた手を見つめ心が闇に染まる。


 重ねていく度にそれは濃さを増していく、元の色が見えない程に。


 どうすれば元の色を見つけられるのか、どうすれば戻せるのか。


 その答えは何処にあるのか、未だ贖罪の答えは誰一人として提示できぬまま。



ーー


 月がよく輝く夜の下、静寂に包まれ眠りにつくは火の国サラマンカのエカンの街。その宿の一つに泊まっているエルクリッドは、浴衣姿で一人宿の渡り廊下で夜風にあたり息をつく。


(昼は大変だったけど、何とか勝てたなぁ……これで、五人……)


 そう思い返しながらエルクリッドはカード入れを手にし、参加証を抜いて見つめた。輝く五つの星は試練を乗り越えた証、リオとシリウスが十二星召イスカとの戦いを終えてから三日後にシェダと共に挑戦し、戦いを制した。


 イスカの繰り出す機巧人形はリオとシリウスの時とは異なる仕掛けや新たな演目を駆使し、エルクリッドもその身に秘めた力を使いシェダの協力もあって辛くも勝利する。

 相応に傷も負ったものの既に痛みはなく傷もほぼ消えており、以前よりも治癒力が増してることは自覚があった。同様に深手を負ったシェダが二日は休みが必要なのを考えると、その回復力は明らかに差が合った。


 火の夢エルドリックの力は制御ができてるとはいえ本当にそうなのかとたまに思う。自分の中にいるアスタルテの意思も、本当に制御の為だけかと。


(ま、考えちゃうよね。色々あったし……一応、危険なのに変わりはないし)


 半年前の事件以前は目覚めつつあった力に翻弄された事もあった、思いを強くもって何とかできた。これから先もそうできるのか、エルクリッドの心は少しの不安を懐く。


 そんなエルクリッドの所へ静かにやって来るのは穏やかに微笑むタラゼドであった。いつものように優しく包み込むような彼にエルクリッドも微笑み返し、隣にやって来るのも特に気にせず少し寄る。


「そういえば……前から聞こうって思ってて、結局聞けずじまいだったんですけど……あの……」


「わたくしがクロスの依頼であなたを監視する役目について、ですね?」


 内容を伝える前に見透かすようにタラゼドがエルクリッドの問いを口にし、やや驚きつつもそうですと少し控えめに答えカード入れを握りながら見つめ、思いを明かす。


「あたし、やっぱり危ない存在……なんですよね? タラゼドさんなら、何かあっても対処できるって事でいるのかなぁって、なんとなくわかります」


 世界でも有数の魔法使いであるタラゼドの実力ならば大抵の事に対処できる。エルクリッドの力が暴走するような事になったとしても、殺す選択肢以外を可能とし万が一があればそれも辞さない。


 少し気弱に話すエルクリッドは小さくため息をつきつつごめんなさいと述べてからタラゼドに背を向け、しかし彼が見守る視線の温かさを感じ静かに背を寄せ目を瞑る。


「ねぇタラゼドさんは、あたしの事……どう、思いますか? 危険っていうならそれでもいいんです、そうじゃなくても、なんていうか……」


 問いかけながらエルクリッドは胸の高鳴りと、内に秘めた衝動が強くなるのを悟りぐっと胸に手を当て握り締めながら深呼吸を繰り返す。

 旅を一度終えた半年はタラゼドと共にいたのもあるのや、彼が仲間では最も達観していること、そして、アスタルテや火の夢エルドリックの何かがタラゼドを求めてる事が自覚としてあるから。


 上手く言葉をまとめられないでいるエルクリッドに、タラゼドは無理なさらずといつもと変わらぬ穏やかな声をかけ、そっとエルクリッドを撫でてやる。


「あなたに秘められたものは未知のもの、それは知らぬものに恐怖心を与えたり、知るものにも疑心暗鬼の思いを招くもの……ですがそうした側面だけではないのもまた事実、わたくしやクロスはそれを信じて見守ってきました。今もそれに変わりはなく、あなたならば、運命を乗り越え己の目指すものの先に新たな答えを出すと」


「それは……ありがたいですけど、そんなじゃないですよ、あたしは……そんなに思われるほど、強くも、ないです」


 撫でる手を握りながらエルクリッドが答えつつタラゼドから離れ、目を逸らしつつ軽く歯を食いしばる。だがすぐにすみませんと言って深呼吸をし、手を離しつつパンっと両頬を叩いて廊下の柱に寄りかかってタラゼドの目を見て話す。


「普段はノヴァの手前ちょっと背伸びしちゃうから、ちょっと今は弱音吐いてます」


「構いませんよ。無理をさせてしまっているのもわたくしの責任ですからね」


「うぅん、タラゼドさんは悪くないよ。あたしがもう少し、強ければなって……力はあるかもだけど、気持ちを強く維持するのって難しいなぁって……」


 月を見上げながらエルクリッドは手を伸ばし、そして握り締めると共に目を瞑る。単純な実力は格段に上がっているが心はそこまでではない、常に強く保ち続けることが難しく時に休むのは大切とわかっていても、己の目指す先にいる相手がそうだからと思うと弱さを感じてしまう。


 同時にそれだけ己を貫き通せてる存在、バエルというリスナーがいかに強く誇り高く、同時に彼が持つ人間味や秘めた思いなどが何かと考える。

 少しずつ距離は近づけている、同時により道が厳しくなる事も、己の内と向き合う事や考えねばならない事も増えていく。それらを乗り越えてはじめて、自分の目指すものとノヴァの示すリスナーの在り方、タラゼド達の期待に応えられるとエルクリッドはわかっていた。だからこそ、少し支えも欲しくなる。


 何も言わずにタラゼドがエルクリッドの肩に手を置いて振り向く彼女に微笑みながら頷き、共に月を眺めた。

 燦々と輝く月は変わらず在り続ける。静かに見守るように、静かに誓いや弱音、思いを受け入れるかのように。


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