海辺の村
大学4年の冬休みの話。2月の中旬だっただろうか。4月から就職を控えた俺は、車でちょっとした旅に出た。目的地は特に決めず、面白そうなところを回って、ネットカフェで泊まるか、空いている駐車場で車中泊をするような旅だ。当時はアルバイトもロクにしていなかったので、高速は使わずにすべて下道の旅にした。その時に体験した不思議な出来事である。
夜明け前に自宅を出て、ラジオを流し続けながら、のんびりと車を走らせる。山道では道の駅のソフトクリームを食べたり、山菜うどんを食べたりして楽しんだ。やがて山道を抜けると、海岸線に入った。
海沿いの崖にへばりつくようにして建設された道路を進んでいく。ちょうど夕暮れ時になり、美しい夕焼けが海を照らす。こんなきれいな景色を、ゆったりと眺められる幸せを噛み締めながら、進んでいく。
時刻は20時過ぎ頃。路肩にコンビニがあったので車を止めて少し休憩する。おにぎりと飲み物を買って、今日宿泊できそうなところを地図アプリで探した。もちろんこんな地域にはネットカフェはないだろう。24時間開いている道の駅の駐車場で宿泊しようか。そんなことを考えていたら、20㎞ほど先に大きな駐車スペースがある公園を発見した。海沿いの公園で、岸壁にある堤防まで歩いて行けるようなので、日中は釣り客が訪れるのだろう。
コンビニから出て30分ほど車を走らせるとその駐車場に到着した。駐車場は少し高台にあり、下を眺めると古い家屋の屋根が見えた。どうやら下に小さな集落があるようだ。まだ21時ごろだというのに公園の駐車場や集落は真っ暗だ。しかし、駐車場が開いてくれているだけありがたい。少し不気味さを感じながらも、車の後部座席に積んでおいたライトを持って外に出る。
月明かりに照らされた海がきれいだ。動画でも撮っておこう。岸壁の防波堤まで行けるようなので、海の写真や動画を取りながら歩いていく。「あの・・・何されているんですか」後ろから声がする。驚きすぎて俺はスマホを落としそうになったが、何とかこらえて後ろを振り向く。
中年の女性が立っていた。
駐車場に他に車はなかったような気がするが・・・集落の人だろうか。こんな夜に一人で動画を撮っている俺の行動が怪しまれている可能性がある。
俺は「あ、すみません。ドライブで来ていまして。月がきれいだったので、写真を撮っていたんです。もしまずかったらすぐに出ていきます」と返した。
すると女性は「今日は…の日なので(よく聞き取れなかった)、あまりここにいると…ですよ(ここもよく聞き取れず)」とぼそぼそ何か言っていた。
何かやばそうな感じがしたので、とっさに俺は謝って車に早足で戻った。
すると、駐車場の別の入り口から複数人の男性がふらふらと入ってくる。手には何かクワやナタのようなものを持っている。
全員、満面の笑顔だった。俺はパニックに陥った。なんだこの人たちは・・・・。
俺はすぐに自分の車に乗り込んで、駐車場から出ようとした。ハンドルを持つ手が震えている。急いで車をバックさせていると、男たちは俺の車の50m手前くらいまで来ていた。そのうちの一人が、ニヤニヤしたまま何かクワのようなものをこちらに投げてきた。クワはギリギリ車をそれて横の地面に刺さる。やばい、これは本当にやばい。アクセルを踏み込み、男たちが入ってきた方とは別の入口からものすごい勢いで出た。
ふと、集落の方を眺めると、先ほどまで真っ暗だったはずなのにすべての家の明かりがついている。泣きそうになりながら急いで来た道を戻り、近くの街まで走った。結局その日は、ネットカフェで宿泊することにした。
先ほどの村について地図アプリで調べてみる。あの広い駐車場はヒットするのだが、そこに集落は存在していない。正確には、住宅はいくつかあるようなのだが、ストリートビューを見る限り朽ち果てていて人が住んでいるようには思えない・・・。俺がみた人々や集落の明かりは何だったんだ・・・?
そういえば、動画を撮っていたことを思い出した。その動画を再生してみると、俺が会話したはずの女性は映っておらず、俺の声だけが聞こえる。しかし、よく聞くと、低い男性の声で何か聞こえる。声をかけてきたのは女性じゃなかったか…。「…。...! コイ…! こっちに来い!!!」
俺はそれから、ひとりで車の旅をするのはやめた。なお、あの駐車場の近辺では、釣り人の行方不明が多発しているらしい。それが何を意味するのか、もう考えたくもない。
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