第23話 勝敗の行方

 水曜日。体育祭の喧騒が学校を包む中、第二体育館に千葉蒼真ちば/そうまは佇んでいた。


 目の前のバドミントンコートを隔てるネットの向こうには、副生徒会長の内山櫂やまうち/かいが悠然と立っている。その自信に満ちた笑みに、蒼真の心は燃え上がっていた。

 この試合は、ただの体育祭の競技ではない。

 蒼真にとっては、櫂の裏の顔を暴くための絶対に譲れない戦いであった。


 ラケットを握る手に力がこもり、蒼真は頭の中で戦術を組み立てていく。

 櫂のあの余裕たっぷりの態度は、まるで全てを見透かしているかのようだ。

 そんな挑発的な態度こそが、蒼真の闘志に火をつけた。


 絶対に勝ちたい。

 あんな約束破ってやるから。


 蒼真は心の中で誓い、コートの空気を全身で感じ取った。

 観戦スペースからのざわめきが響き渡る中、蒼真の集中力は一点に絞られていたのだ。


「さあ、始めようか、千葉蒼真」


 バトミントンネットの向こうから、櫂が軽やかな声で呼びかけてくる。

 その笑顔には、どこか相手を小馬鹿にしたような余裕が漂っていたが、蒼真はそんな挑発に動じなかった。

 背後からは、クラスメイトの大橋紅葉おおはし/くれは奈波ななみの応援の声が響く。


「蒼真くん、絶対負けないで!」

「あいつなんかにやられるな! 絶対に勝ってよね」


 その彼女らの声に背中を押され、蒼真の手に握られたラケットがさらに熱を帯びる。


「両者とも準備をしてください」


 審判の声がその場に響き渡った瞬間、コートは一気に戦場と化した。

 櫂を応援する生徒たちの声援が、波のように蒼真を押し潰そうとする。


 人気者の副生徒会長を支持する声は大きく、耳をつんざくほどだった。

 しかし、蒼真は動じる事はせず、今までの練習の成果を見せようと、一度深呼吸をする。


 今回の試合は、櫂の裏の顔を暴くこと。それがこの試合の真の目的であり、負けられない理由の一つだった。


「では、試合開始!」


 簡単な審判からの説明があった後で、先行を取った櫂が初球を放つ。


 シャトルが鋭い弧を描き、風を切る音とともに蒼真がいるコートに飛び込んできた。

 蒼真は瞬時に反応し、ラケットを振り抜く。

 バチンと力強い打球音が響き、シャトルが櫂のコートへ突き刺さる。


 観客スペースからの歓声が沸き上がり、試合は一気に白熱した。

 櫂は軽快に動きを見せ、計算された正確なショットで応戦する。

 その動きには無駄がなく、コートを支配する王者のようだった。


「さすがだね。千葉蒼真。俺も本気に行くよ」


 櫂の声には、どこか楽しげな響きがあった。だが、蒼真はその言葉に惑わされない。


 内心、櫂の強さに一瞬焦りが走ったが、蒼真は冷静さを取り戻す。

 シャトルの軌道を追い、相手の動きを観察する。

 櫂のプレイは隙がなく、挑発的で正確だ。


「蒼真くん、焦らないで! 自分のリズムで戦ってね!」


 観客スペースから紅葉の声が飛んできた。

 その言葉に、蒼真は深く息を吸い、集中力を研ぎ澄ます。


 櫂の次のスマッシュが飛んできた瞬間、蒼真は体をひねり、ギリギリでシャトルを拾い上げる。

 観客スペースから声援が飛び交う中、蒼真は一瞬の隙を見逃さず、鋭いカウンターショットを放つ。

 バチンと、シャトルが櫂のコートに突き刺さり、得点が確定した。


「やった! 蒼真くん!」

「その調子だよ! そのままぶっ倒しちゃえ!」


 紅葉と奈波の弾けるような歓声が、蒼真の心をさらに熱くする。

 櫂は一瞬、眉をわずかに動かし、笑みを深くした。


「へえ、なかなかやるね。面白いよ」


 櫂の言葉に惑わされないように、蒼真は集中し、唇を噛みしめる。

 冷静な心で、自分の戦いを貫く。蒼真はそう心に言い聞かせ、ラケットを構え直したのだ。

 この試合はまだ始まったばかり。どんなに有利な状況でも、気を抜くわけにはいかなかった。




 体育館の空気は、熱と興奮で煮えたぎっていた。

 蒼真は汗に濡れたコートで、ラケットを握りしめ、目の前のシャトルに全神経を集中させていた。


 試合は大分進み、白熱の展開を迎え、蒼真と櫂のラリーは観客を魅了していた。


 櫂もまた、本気で立ち向かってきている。その動きには、さすが副生徒会長と言わんばかりの堂々とした風格があった。

 だが、今、櫂の表情にはわずかな動揺が浮かんでいる。

 試合は互角、いや、ほんのわずか蒼真がリードしていたからだ。


 後もう少しで勝てるんだ。

 ここからは慎重に……


 蒼真の心臓は高鳴り、勝利への執念が全身を駆け巡る。

 実は、この試合には裏の約束があった。

 櫂との事前の取り決めで、蒼真がわざと負ける事になっていた。

 それが二人の間で交わした当初の計画だったのだ。


 今の蒼真はそんな約束を無視して、ただひたすらに勝利を目指していた。

 シャトルを打ち返すたび、クラスメイトと真剣に練習と向き合った事を思い出し、絶対に負けたくない感情が高ぶる。


 バトミントンネットの先にいる櫂は、約束と全然違うじゃないかといった表情を見せており、顔色は困惑の色で染まっていく。


 蒼真がここまで本気で挑んでくるとは、さすがの彼も予想していなかったのだろう。


 負けじと鋭いスマッシュを繰り出す櫂の動きには、確かに力強さがあった。だが、蒼真は一歩も引かない。

 シャトルを追い、ネット際に滑り込み、角度をつけたドロップショットで応戦する。


「くそっ……! 何だよ、あいつは!」


 櫂が小さくはき出した言葉は、体育館の喧騒にかき消された。だが、その視線には苛立ちと不満が滲んでいる。

 そして、決定的な瞬間が訪れた。


 蒼真が放った鋭いスマッシュが、櫂のコートに突き刺さる。

 審判の笛が鳴り響き、最後の得点が入り、蒼真の勝利が確定した瞬間、第二体育館は歓声に包まれたのだ。


「やった! 蒼真くん、すごい!」

「これって、千葉君の勝ちだよね!」


 紅葉と奈波の声が、勝利のファンファーレのように響く。

 櫂の顔は一瞬、絶望に染まった。

 信じられないといった表情で蒼真を睨みつけると、衝動的にラケットを床に叩きつけた。


 バキッと壊れるような音が第二体育館に小さく響き渡る。


 蒼真は息を整えながら、櫂の反応を横目で捉えた。


 確かに、約束を破ったのは自分だ。けれども、蒼真の心に後悔はなかった。


 この試合は、ただの競技ではない。櫂の裏の顔を暴くためであり、蒼真の信念を賭けた戦いでもあったのだ。

 櫂を感情的にさせ、周りの人らに、彼の悪い部分を晒すこと。

 一応、その目的は果たせたはずだ。


 櫂はコートかた立ち去る際に、蒼真の事を睨む。


 蒼真はラケットを握り直すだけで、櫂には軽く頭を下げて、何事もなかったかのように、コートから立ち去る。

 背後からは殺気ともとれるオーラを感じられたが、振り返る事はしなかったのだ。


 他の観客スペースからは、副生徒会長って、あんなに感情的になる人だったのねといった声が聞こえ、優秀という櫂のイメージが崩れ始めていたのだった。

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