第13話 土曜日の朝は心に余裕を持って

 千葉蒼真ちば/そうまの家のリビングに、土曜日の朝日が柔らかく差し込んでいた。

 カーテンの隙間からこぼれる光が、部屋を穏やかな温もりで包み込む。


 昨日はクラスメイトの大橋紅葉おおはし/くれはやその友人たちと放課後を賑やかに過ごし、蒼真の気分は上々だった。そして今日、蒼真を待っていたのは特別な予定――紅葉との二人きりのデートだ。

 恋愛に関してはまだまだ疎い蒼真にとって、休日のデートは心躍る一大イベントだった。


 ダイニングテーブルで朝食をとっている際、蒼真の胸の高鳴りは高まっていく。


 メニューはシンプルなトーストとベーコンエッグ。

 トーストにたっぷり塗られたブルーベリージャムの甘酸っぱさが口に広がり、眠気まじりの目を覚ます助けになる。

 シンプルなスクランブルエッグも、いつもより少し美味しく感じられた。


 食事を終えると、蒼真は軽やかな足取りで階段を上り、自室へ向かった。

 時間にはまだ余裕がある。それでも、紅葉とのデートを思うと、自然と動きが弾む。


 クローゼットから普段から着ている白いシャツとデニムを選び、さっと着替えた。

 ポケットにはスマホと財布を放り込み、再びリビングに戻ると、そこには妹の凛音りんねがいた。


 凛音はクロワッサンをお供にコーンスープを飲んでいて、蒼真の気配に気づくとテーブルの上にスプーンを置いた。

 妹は無言で兄である蒼真を見つめて尋ねる。


「兄さん、今日はどこ行くの?」


 凛音からの問いかけに、蒼真は少し気恥ずかしそうに笑った。


「街の方だよ」


 蒼真は軽く答え、髪をかき上げる。


「……ひょっとしてデート的な?」


 凛音の鋭い一撃に、蒼真の頬がわずかに赤らんだ。それでも、平静を装って肩をすくめる。


「まぁ、そんな感じかな」

「へえー」


 凛音は少々驚きの顔を浮かべる。


「頑張って来てね」


 妹は簡単に話すと、スプーンを手に食事に戻る。


「夕方には帰ると思うから」


 蒼真は話し終わった後、ふと気になって、妹の予定を尋ねる。


「そういや、凛音は今日なにするんだ?」

「んー、勉強かな。夏休みの補習とか面倒だし、早めに宿題やっとこうと思って」


 凛音のきっぱりした答えに、蒼真は感心したように目を細めた。


「でも、まだ一ヶ月くらいあるんじゃないか?」

「いいの! 早めに行動した方が後々良くなるし」


 凛音はスープを飲みながら自信たっぷりに胸を張った。

 その真面目さに、蒼真は思わず笑みをこぼす。


「さすが凛音、しっかりしてるな。じゃ、俺行ってくるから」

「うん、いってらっしゃい」


 クロワッサンを頬張る凛音に見送られ、蒼真はリビングを後にした。

 その後、洗面所で鏡を覗き、乱れた前髪を指で整える。


 これで大丈夫だと鏡の前で軽く頷き、満足して玄関へと向かう。

 いつものスニーカーを履き、ドアを開けると夏の風がふわりと頬を撫でた。


 草木の香りが漂い、どこか懐かしい夏の空気が胸を満たす。

 蒼真は深呼吸し、バス停へ向かって歩き出した。


 住宅街の道は、夏の陽光にキラキラと輝いている。

 そよ風に揺れる木々の葉、遠くで響く雀の囀り。すべてが今日という日を特別なものに感じさせた。


 紅葉とのデートは、いつも蒼真に新しいドキドキをくれる。

 今日はどんな話をしようか。彼女のどんな笑顔が見られるのか。

 そういう事を想像するだけでも、心が軽やかに跳ねる。


 期待と少しの緊張感を胸に、蒼真はバス停までの道のりを軽快な足取りで進むのだった。

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