第16話 発案
俺はその夜、布団の中で考えを巡らせていた。
俺のせいでオジャンになった悟への接触。あの後俺たちは解散し、それぞれ次の案を考えることになった。
まず、これまでの経緯をまとめよう。
流れはこうだ
目的→杏の未練を消化する
↓
杏の言動からそれは家族絡みだと推測
杏の父である天海悟からそれを聞き出す、もしくは父との交流で杏の記憶が呼び起こされるのを期待し、天海家へ
↓
俺が暴走←(何らかの外的要因が関与)
↓
振り出しに戻る
といった感じだ。
俺がやらかしてしまった以上、もう天海家には近づけない。つまりは、杏の記憶を呼び起こすしか、手は無いということ。
だとすると、打てる手は一つだけだ。
それはそれとして、問題は俺の暴走だ。再三言うが、あれば故意では無い。
では何なのかというと……認めたくは無いが、俺が、悪霊に乗っ取られていたのだ。
悪霊は実体が無く、理性を失い凶暴性が前面に出ていて、主に人へ憑依し人間に危害を加える。だから、あんな風になったのだろう。
だがそれは、俺が悪霊に気がつかず、人を一人殺しかけたということ。だから、認めたくは無い。
でも、それが事実だと考えないと辻褄が合わないのだ。
……もう、油断はしない。その悪霊を見つけ、絶対に祓ってやる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日の昼間、俺たちは用水路の石段に腰掛けていた。セミの声に混じって、水の流れる音も聞こえ、それが心地良い。しかし、それはセミの鬱陶しさを打ち消すには至らなかった。
「本当に、昨日はすみませんでした」
俺は白銀さんに頭を下げる。
こうしなければ、俺のプライドが余計に傷つくのだ。謝罪自体は昨日しているし、その制裁も受けている。つまりは、形だけの謝罪、やめろと言われれば素直にやめられる様な、薄っぺらいものだ。そんな薄っぺらいものに俺のプライドが守られているというのに少し腹がたつ、しかし事実は事実だ。
「もう良いって、その話はお終い」
それを知ってか知らずか、キッパリと言い切る彼女。俺としてもこんな形だけの謝罪を続けるつもりは毛頭無く、すぐに頭を上げた。
それにもう、事の顛末も告げてある。やはり散々叱られることにはなったが、悟とはあの口約束で済ませる他無かったことは彼女なりに理解しているのか、それ以降話してくることは無くなった。
俺を信用してくれているのか、悪霊の話も信じてくれたしな。
「で、何か考えてきた?」
彼女は半笑いになりながら言う。
その顔は、答えは一つしか無いよね、と俺に最終確認をしている様だ。
確かに、答えは一つしか無い。だから俺たちは息を合わせ、言った。
「思い出巡り」
「思い出巡り」
「やっぱりか」
言葉が重なり、白銀さんはニヤリと笑った。
「まぁ、それしか答えは無いですよね」
俺も少し微笑む。
記憶を思い出すには、過去を思い出す様な刺激が必要だ。その結論は、思い出の地を巡るというもの。
「話は既につけてきました。4日後、叔父が車を出してくれます。それまでは、この村の中に絞ってやっていきましょう」
元々天海悟とその家族は、隣町に住んでいたらしい。その後、奥さんが出ていってから二年後、つまりあの姉妹が事故死する一年前まではそこに住んでいたと言う。
その隣町は、ここからかなり遠い。だからこの四日で村、その後街を巡る、という流れだ。
「──霊斗の叔父さんって、優しいんだね」
「……はい、まぁ」
白銀さんが言っているのは、叔父が曽我家の教えに背いている、という点だろう。
叔父は親父とは違い、教育を受けていないためその意識は少ないが、それでもそういう価値観自体は植え付けられているはずだ。それでも、何故か俺の意思を尊重してくれる。彼が優しいのは、この一週間で良く伝わった。
「でも、正直分からないんです。叔父の行動が、全く」
だからこそ、分からない。叔父のあの行動は優しいというだけで済まされるほど、簡単なものでは無い。しかし、そんな俺とは反対に白銀さんは、優しく微笑んでいた。
「私には、分かるけど?」
「じゃあ教えて下さいよ」
「ヤダ」
「……嘘は良くないですよ」
「嘘じゃ無い!」
「じゃあそれを証明して下さい」
「──それじゃあ、意味が無い」
「言い訳は結構です」
嘘かどうかは分からないが、どっちみち言う気が無いのなら別に気にすることでは無いだろう。
「そういえばさ、霊って食事できるの?」
そんな限定的な質問をしてくる白銀さん。
日曜にほぼ全てを赤裸々に話してしまった今、隠す意味は無い。俺は淡々と答える。
「はい、できますよ。霊と人間の主な違いは互いに干渉できないことです。排泄や食事の必要はありませんが、食事をすること自体はできます。人に干渉できないだけで、それ以外の生物、現世そのものに干渉できないわけでは無いので」
「そう。じゃあ、杏ちゃんも?」
「はい、一応」
別に食べさせる必要は無いが、今はできるだけ人として扱ってあげたい。
「ならさ、今日霊斗ん家に行っても良い? 弁当でも買ってきてさ。私も、折角だし杏ちゃんと一緒に食事を取りたい」
「すみません白銀さん。今日の昼飯は三人用なんです。今頃、叔父が昼飯を作ってますよ」
「じゃあ、弁当を私の分だけ持ってきて……」
「家のダイニングテーブルも三人用です」
「じゃあ床で……」
「家も三人用です」
「ブーブー」
昔は単純に空気が読めないのかと思っていたが、今なら分かる。彼女は分かっていて、こんなことを言っているのだ。俺がただ叔父の昼飯という免罪符を使っていると分かっていながら。
流石に、家に彼女を招くことはできない。
「別に良いじゃ〜ん! もう今更でしょ、どっちにしろ、私はもう霊について色々と知ってるんだから、他人では無い! むしろ家族!」
「お〜い霊斗〜!さっさと戻ってこんか〜い!」
俺の頭上から、その声は聞こえた。最初は白銀さんの声とも重なるが、後半からは完全に彼女単独の声。つまり、白銀さんの後半部分の話全ては……
「!?」
まさかな……と現実逃避をしながら、俺は振り返る。……叔父だ。眼前に広がるのは、叔父のペニスだ。
いや違う、見間違いだ。
目を思いっきり擦る。
首を真上に傾けてから、一気に下まで下ろす。
髪の毛の先から靴底まで完全に叔父だ。
自分の頬をつねる。
……叔父だ。彼は魔法でもかけられたかの様に固まっている。
首を振ってみ……
いや、こんなことをしても意味は無い。
現実は目の前にあるのだ。
目を背けようと思っても、それがすぐ真後ろにあるのなら、逃げようが無い。
「あ、その………………悪い悪い」
白銀さんは呑気に苦笑いを浮かべ、後頭部を掻いている。
「すーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
深呼吸をする。
深呼吸をして何になる。
何にもならない。
でも続ける。
「すーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
はぁ〜〜〜〜〜」
「霊斗、来い」
その人のものとは思えないほどの低音は、俺の深呼吸を中断し、むしろ息を詰まらせた。
その日、俺の世界は色を失った。
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