第11話 相談
「それで、相談って何?」
14時50分、俺たちは神社の境内の中にある社務所、そこに辿り着く。
今日は日曜日。豊神祭の設営があったのだが、俺は出席をしなかった。で、昨日指定された時間よりも少し早めに行くと、彼女がいたのだ。
彼女は結局何も言わず、こんな日が通らない、ジメジメとしたところに案内した。
一応もう村人たちは清掃を終え帰宅したはずだが、念の為だと思う。
ここには来たく無かった。ここに来たということは、俺が血迷ってしまった証拠だからだ。
「?」
俺の横で、杏が首を傾げている。何故ここに連れてこられたのか? と疑問に思っているのだろう。本来は家に置くべきなんだろうが、何か、少しでも目を離すと消えてしまいそうな気がして、とても目が離せない。
俺は本来、ここに来るべきでは無かった。昨日の内に祓い、早急に事を済ませるべきだった。
だけど俺は、自分の感情に負けた。
今日の目的は一つだ、彼女に、俺の背中を押してもらう。
「まず、昨日の真実に関して話しましょう。実は……」
「霊斗は昨日、あそこで霊を見かけた。そして私を面倒事から避けるため、あんなことを言った。で、結局除霊は失敗、私に相談をしに来た」
やはり、彼女にはお見通しか。
私を面倒事から避けるため、性格には俺自身を白銀菫という厄介者から遠ざけるための行動だが、まぁそこは良いだろう。
分かっているのなら話は早い。
「はい、その通りです。今日は貴方に、俺を説得してくれ、と頼みに来ました」
親父に相談すれば簡単だろう。あいつの声を聞いた瞬間、俺のスイッチは押される。だけど、それは最終手段だ。俺の勇気が無く、除霊を失敗したなんて、とてもじゃ無いが言えない。
「オジサンは?」
もしかしたら、叔父も関係者だと直感が働いたのかもしれない。確かによっぽど毛嫌いをしていなければ、身近にいる親戚にこのことを相談しないのは不自然だ。
「相談、しました。そしたら、好きにしろ、と」
叔父はこの事情を深く理解している。俺にとっても、心の許せる相手だ。だから、思い切って相談した。そしたらこの回答だ。
恐らく、叔父が命令してくれれば、俺はやれていた。何でそれをしてくれなかったのか、皆目見当もつかない。
彼女はしばらく考える動作をして、やっと口を開いた。
「私も、オジサンと同じ様な考え。霊斗の好きにしたら良いと思ってる。でも、その顔は、答えを求めている顔だね?」
彼女の言葉に落胆していたところ、見事俺の顔から思考が読まれる。彼女は指をビシッと立てた後、求めている解答はこれだろ?とでも言わんばかりに堂々と口にした。
「ズバリ、霊の未練を消化する! ほら、良く漫画とかで、霊が現世に残した未練を消化することで、見事成仏ってのあるじゃん! それをすれば、スッキリ終われるんじゃ無いの?」
──再び、落胆する。
俺はあからさまにデカいため息をつき、言った。
「白銀さん、現実とフィクションは切り離して考えて下さい。この世界の霊は、そんな生半可な手で成仏させられるほど甘くは無いですよ」
一応俺は、霊に関しての資料は一通り目を通している。その中の一つで、こんなのがあった。昔、心優しい霊媒師が、霊の未練を消化して回っていたという。しかし、それで霊は成仏なんてしない。しかも現世に蘇る奴なんて、生への執着が激しい者ばかりだ。だから霊媒師には、礼儀なんかよりも、多少粗雑でも突き進む強引さが必要なのだ。だが、その霊媒師は霊との親睦を深めた結果ほとんど霊を祓うことができなかった。
その霊媒師を産んだ家庭では、その者が家系唯一の汚点として、反面教師にされているらしい。
まぁ、杏の件で全く同じことをしてしまった俺には、そいつに何も言うことはできんがな。
「チェッ、折角提案してあげたのに」
「白銀さんは、おすすめのゲームを聞いて架空の商品名を出す奴を信用するんですか?」
「そ、それとこれとは違うじゃん。そもそも、私は霊のことについて何も知らないし、てか、私が言ってるのはちゃんと年上には敬意を払えってことで……」
「はいはい。ありがとうございます」
適当にあしらう。
まぁ、彼女の言うことには一理あるが、白銀さんにはこれぐらいの対応で十分だ。
その後もブーブーと文句を垂れ続ける彼女を横目に、俺は先ほどから全く口を開かない杏を見下ろす。緊張しているのだろう。
「ちょっと待ってて。すぐ終わらせるから」
そう言って俺は杏の頭をクシャッと撫でる。
そんな善意100%でやった行動に対し、杏は不機嫌そうな顔を覗かせた。
「やめて、髪型崩れる」
「……え?」
予想外だった。
だが、言われてみれば確かにそうだ。
女は髪が命という。その髪を乱されたのだから、不愉快なはずだ。
だがちょっと待て、昨日見た漫画では、主人公が少女の髪を撫でていて、少女は嬉しそうにしていたぞ!?
──────うん
「現実とフィクションを切り離せて無かったのは、俺の方だったのか」
俺はその恥ずかしさを誤魔化す様に、上空を見上げた。あれ、何でだろう? 視界が霞んでいる。
ああ、そうか。これが"涙"、か。
「グスン」
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とまぁ、それは置いといて。てか、こんな小ボケを挟んでいる余裕は無かったな。
「とりま、やっぱ名前はマストでしょ。その霊は誰? 性別は? 年齢は? 経験人数は?」
おい、最後めっちゃ失礼な質問挟んできたな。
正直この子の前ではそういう話はしないでほしいのだが……
「杏、女の子、8歳。今目の前にいるので、下ネタは厳禁で」
「オッホッ! マジか、今ここにいんのかよ、そのロリが」
ロリっていうのもできればやめてほしい……いや、当然俺が言えたことでは無いんだが。
そして何か急に鼻息が荒くなった!? ちょっと、危ないかもな、油断したらお持ち帰りされるかも。まぁ流石にネタだろう、俺も少しはノッてやるか。
「くれぐれも、お持ち帰りはしないで下さいよ」
「分かってる分かってる」
全く分かって無さそうだ。やっぱこいつ、胡散臭い。
て、いかんいかん。また彼女のペースに呑まれている。ここで方向修正しなければ。
俺は一気に顔を引き締める。それと同時に、彼女も薄ら笑いをやめた。
「──まずは、杏ちゃんの未練を聞き出す。それが一番だと思うな」
いつになく真剣な、お硬いトーンで話を切り出す。彼女が本気でノリを切り替えたことを確認し、俺もまた冷静に反論する。
「白銀さん。御言葉ですが、俺はあくまでも背中を押してほしいと言いました」
「霊斗の願いを聞く義理は、こっちには無い。私は無理に杏ちゃんを祓うべきという判断が間違いだと思った、だから反論させてもらう」
「貴方に何が分かるんですか?」
俺だって、できることなら祓いたくは無い。そもそもとして、彼女にこんな重たい話をしたくは無い、白銀さんには笑っていてほしい。
俺としても、苦渋の決断なんだ。それを彼女に否定される筋合いは無い。
「じゃあ霊斗は、杏ちゃんの何が分かるの?」
「!?」
彼女はまるでスナイパーの様に、俺の弱点を的確についてきた。
言われてみれば、俺は彼女の何を知っている?
名前、性別、年齢、性格。いや、性格すら、俺は彼女の一面しか見れていない。そんな俺に、杏の何が分かるって言うんだ。
「二人とも、怖い」
豪雨の中捨てられた猫の様に、杏が鳴く。
俺は心の中ですまんと言って、杏に目もくれず話を進めた。
「確かに彼女の意見は尊重されるべきです。ただ、そんな丁寧にやってたら、この仕事は務まらないんですよ。貴方には分からないでしょうけどね」
俺には経験がある。そうやって、霊を人間として見てしまい、最後まで祓えなかった経験が。
霊媒師にとって、最も重要なのは祓うこと。祓わないということは、その霊の尊厳を踏み躙ることにもなるのだ。それだけは、絶対にしたく無い、二度とあんな悲劇を起こしたくは無い。
「霊媒師、ね。でもそれは、霊媒師としての意見であって、貴方の意見では無い。そこまで自分の身を引き裂いてまで、やる必要はあるの?」
次の瞬間、彼女は顔を一気に曇らせた。まるで仕事と私どっちが大事なの?とでも言うように。いや、正確には今、彼女はこう問い掛けている。
仕事と自分、どっちが大事なの?
そんなの、仕事に決まっている。それだけが俺の、存在意義なのだ。それが無くなれば、俺は親父から、見捨てられてしまう。それだけは、嫌だ。でも……
「ふぅ」
俺は深く息を吐き、両手を上げた。お手上げのポーズだ。
「降参です」
彼女にあんな顔をさせてまで、俺は意地を張ることができなかった。いや、それは、理由の半分に過ぎない。俺は杏を祓いたくない、そう思っていながら、俺は白銀さんにあんなことを言った。俺は正当な理由無しに、降りることはできない。それは俺という人間が、曽我霊斗に勝ってしまった証拠だから。
ただ、他の人間に言い負かされたことを免罪符にすることで、俺は自分に負けたことを認めずに済むのだ。
彼女はその瞬間、これまでの陰険な雰囲気をぶち壊すかの様にニカッと笑い、小走りで杏の元に寄ってきた。
杏が反応するよりも早く、その頭をナデナデする彼女。何故か、杏の位置を正確に捕らえていた。
俺が丁度、杏と手を繋いでいたからか。まぁしかし、本当に良かった。これでまた、あの明るい彼女が見れる。
「ね、どう? どう?」
高速でナデナデしながら、俺を見据える白銀さん。恐らく、杏の反応を教えろ、という意味だろう。俺は杏を一目見る。
「……は?」
満面の笑みだった。
は? ちょっと待て、おかしいだろ。何で俺の時はあんな不機嫌そうだったのに……
「お姉ちゃん大好き!」
「……………………」
クソ、何で白銀さんだけ。ズルい、非常にズルいぞ。
「白銀さん! その手をどけて下さい! 杏は嫌がっています!」
決まった! 迫真の演技だ。これで白銀さんはその手をどけるはず…!
「じゃあ、なんでさっきから杏ちゃんは私の手を退けないの?」
「…」
しまった、盲点だった。
「嘘は、良くない!」
「あべし!」
次の瞬間、俺の顔面に彼女の鉄拳がクリーンヒットした。俺は大きくふっ飛ばされる。
「つつ…!」
痛てぇ。クソ、何だよこのゴリラ女。
「あ、そいえばさ、今日って、日曜だよね?霊について教えるって言ってたのは、先週の土曜日。一週間後に教えると言ってた。つまり、もう期限は過ぎてるよね?」
「あ」
そう言えばそうだった。先週の日曜は温情で見逃してもらったが、流石にもう逃れられない。
「──分かりましたよ」
俺は後頭部をかき、面倒臭そうに呟く。
彼女の顔が、太陽の様に明るく笑った。
この笑顔を、日常を守りたいと思った。
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